第319話

 自分も生き残り、女店主イザベラと共にリーフェンシュタールたち弟子たちと、新しい時代を迎えるためには何をすればいいか?


 学者モンテサンドは、ターレン王国の歴史から、護国卿ガーディアンナイトという忘れ去られかけていた称号を掲げて、各地の統治者は護国のための騎士であるという考え方を広めることを思いついた。


 この護国卿という称号を与えられた人物たちが、まず拠点となるパルタの都を建造して、その後、新天地としてパルタの都から先の土地の開拓を開始――ターレン王国の領土拡大の侵略戦であることを隠し、それまで王を最高権力者とする考え方を持たない人々を、王の下では平等な王国の民であるということを指導するという建前で、武力制圧ではないことを主張した。

 当時の四代目ターレン国王モーリッツは、護国卿たちに伯爵という地位と自治権を与え、身分階級の制度を確立させ、食糧生産の耕作地を確保した。


 実はこの護国卿という称号の名残りが、伯爵個人が絶対的な権力者ではなく、政務を行う元老院の四卿と権力は同等であることにして、伯爵が反乱の標的にされないように、実際は伯爵が最高権力者であるが建前として、五人の協議によって統治されていることになっているフェルベーク伯爵領に残されている。


 パルタの都の執政官マジャールも、バーデルの都の執政官ギレスも、伯爵たちも全員、護国卿ガーディアンナイトであり、宮廷議会の上層幹部で王の側近の法務官レギーネとゴーディエ男爵も二人の護国卿であるため同等の地位で評議会のメンバーとすれば、王を選出する必要はない。

 学者モンテサンドはターレン王国は、ゼルキス王国に合併するのてはなく、エルフェン帝国に帰順することで、最高権力者の王が主権を有する政治制度を改革して、合議制の政治制度を確立する方針を思い浮かべた。


 このアイデアを学者モンテサンドが思いついた時、マキシミリアン公爵、将軍クリトリフ、神聖騎士団長ミレイユのメンバーとレアンドロ王が、対等の権力を持つメンバーとして、宮廷会議を行う合議制がゼルキス王国では採用されているというエリザからの情報から、王国ではなく初めはゼルキス自治領とターレン自治領として、いずれは二つの自治領をエルフェン帝国との同盟を結んだ一つの自治領にまとめる構想を、聖騎士ミレイユに提案した。


 エルフェン帝国には、古都ハユウ、ルヒャンの街、シャーアンの都、クフサールの都という四つの自治領がある。


「ゼルキス王国の神聖騎士団長の聖騎士ミレイユは、女神ノクティスの加護を受けていて、普通の人間よりもずっと長い寿命を持っています。彼女こそ聖女というべき存在でしょう」


 エリザが学者モンテサンドに語ったこの聖騎士ミレイユの情報が確かならば、この構想を誰に受け継いでもらえばいいかと学者モンテサンドか考えた時、適任者はミレイユしかいないと判断した。


「たしかに、私は女神ノクティスという神の加護を受けている。私が老いて世を去るのかは、女神ノクティスのお考え次第だと思っているが……女神の加護を授かった代償として女性でありながら子を身に宿すことも許されず、老いることもない人間がこの世界にいると、貴殿はその話をお信じになられるのか?」


 聖騎士ミレイユは、父親のマキシミリアン、母親のセレスティーヌ、叔父のレアンドロ王、そして参謀官マルティナしか知らぬはずの秘密を異国の学者モンテサンドが知っているだけでも驚きだが、この学者が異国のゼルキス王国の行く末まで心配して構想を提案してきたことに驚かされた。


 レアンドロ王からは自分には世継ぎの子はおらず、自分の次はマキシミリアン公爵夫妻、さらにその次はミレイユが女王となって欲しいと彼女は言われていて、遺言書まで用意されていると聞かされていた。


 ミレイユは、ターレン王国をレアンドロ王の治めている時代のうちに武力制圧して統治しておいたほうが無難だと参謀官マルティナだけには語っている。

 レアンドロ王が崩御なされても父親のマキシミリアンと母親のセレスティーヌがゼルキス王国の統治者となってくれるかは半信半疑なのである。


 長兄であるマキシミリアンが本来であれば、英雄ゼルキスから続く王の地位を受け継ぐのが慣例なのだが、現在のゼルキス王国の国主の地位は、次弟のレアンドロが受け継いでいる。

 不承不承ながら公爵の地位に就いているが、王族であることを放り出して世界の謎ばかり追っている父親のマキシミリアンは、一人娘のミレイユと参謀官マルティナにゼルキス王国の政治を押しつけて、死ぬまで夫婦で大陸各地を探検し続けていると思われる。


 参謀官マルティナには、魔力結晶の魔石が融合させられている人造人間ホムンクルスであるという秘密があり、ミレイユほどではないにしても魔力が尽きない限り、かなりの長寿である可能性だってある。マキシミリアン公爵夫妻だけでなく、ミレイユもそれを望んでいる。

 もしもミレイユが女王として戴冠する時には、マルティナには、今と変わらずそばにいて欲しいと思っている。


 エルフ族のセレスティーヌが亡くなったあと、世界樹から転生してきて成長して大人になれば、ミレイユは元母親のセレスティーヌに大陸の西域の統治を頼み、気ままに各地を旅をしたいと思っているのは、父親の賢者マキシミリアンゆずりの性格といえるだろう。


護国卿ガーディアンナイトという考え方なら、マルティナのように政治にも関心があり、冷静沈着な神聖騎士団の仲間が見つかれば、私に代わって政務を任せられるかもしれぬ)


 ミレイユが、ゼルキス王国の女王になりたがっていないのを、参謀官マルティナは知っている。

 学者モンテサンドの提案を利用して、気ままに自由に暮らすことを今、ミレイユが想像しているだろうことを、マルティナは察している。


(ミレイユ様の秘密を、よりによって隣国のターレン王国で言いふらしているのが、エルフェン帝国の聖女様というのは大問題です。これは、このターレン王国の視察が終わったら、神聖教団に苦情を申し立てる必要がありそうです)


 マルティナが中指と人差し指で眼鏡をスッと上げると、レンズが反射して白く光った。


 マルティナは、神聖教団の神官として認可を受けている人物である。エルフェン帝国でエリザか宰相に就任する時には、神聖教団の宣伝活動や支援した件についての情報を、ある程度までは把握はあくしていた。

 

(なぜ、エルフェン帝国の聖女様がターレン王国に来訪しているのでしょうか……王都トルネリカでルーク男爵はそれに関して何も話さなかった。

口止めされていたのか、知らなかったのか、さて、どちらなのでしょう?)


 マルティナは賢者マキシミリアンが、クリトリフの息子で、神聖教団の協力者である案内人ガイドの冒険者レナードを、ターレン王国で発見してエルフの王国に保護している情報を知っている。


 エルフェン帝国の聖女様を帝都からターレン王国へ連れ出せるとすれば、神聖騎士団の総帥である賢者マキシミリアンか、神聖教団の幹部しかいない。

 瞬間移動ワープの魔法陣を使わなければ、大陸の中原の帝都から、ターレン王国へ来るのは難しい。

 マキシミリアンはターレン王国のストラウク伯爵領というところに、ニアキス丘陵のダンジョンから、ミミック娘に頼んで瞬間移動ワープするしかないとセレスティーヌに話している。

 マルティナは、セレスティーヌが障気対策の魔法障壁の結界を定期的に確認に来た時に会って、情報を聞き出している。


(神聖教団の古都ハユウの瞬間移動ワープの魔法陣で、ストラウク伯爵領以外の移動先へ渡って来ることができるならば、エルフェン帝国の宰相エリザは、ニアキス丘陵のダンジョンから来たのではなく、古都ハユウの魔法障から瞬間移動ワープしてきたのだろうか?)


 聖騎士ミレイユも、モンテサンドの提案とは別に、頭の片隅でそう考えている。


 賢者マキシミリアンが、ターレン王国の政治に干渉するとは、父親の性格や考え方をよく知る一人娘のミレイユとしては考えにくいので、宰相エリザをターレン王国に訪れさせたのは神聖教団の何かしらの陰謀ではないかという考えが脳裏をかすめた。


 たしかに、ターレン王国に教祖ヴァルハザードの転生者ランベールを、星詠みの占術で特定して神聖教団へ迎えようと、神聖騎士団が王都トルネリカにゼルキス王国の大使として訪れる前に、神聖教団の幹部アゼルローゼとアデラは来訪していた。


 学者モンテサンド、聖騎士ミレイユ、参謀官マルティナの三人は教祖ヴァルハザードの転生者がターレン王国に誕生していたこと、呪術師シャンリーの暗躍、魔導書グリモワールがこの時代に存在していることなどの怪異にまつわる情報が不足している。


 呪術師シャンリーの亡霊が、憑依する適合者を探し求めていることも、パルタの都にいるエリザたちも知らない。

 呪術師シャンリーの亡霊は、蛇神祭祀書ならば憑依する適合者を探し出せるとわかっている。


 ゼルキス王国とターレン王国の改革後の未来予想図――学者モンテサンドの提案を実現するには、エルフェン帝国の宰相エリザが、評議会メンバーとして加わるエルフの王国の女王を盟主とする同盟に同意する代表者を認定しなければならない。


「えっ、モンテサンド殿、今、このパルタの都に聖女様がおられるのですか?」


 参謀官マルティナに、学者モンテサンドはうなずいた。




+++++++++++++++++


お読みくださりありがとうございます。

「面白かった」

「続きが気になる」

「更新頑張れ!」


と思っていただけましたら、★をつけて評価いただけると励みになります。

 

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る