第315話

 邪神ナーガの世界では、古代の神話の物語を題材にした絵画が人気となっている。

 理由は単純な話で、絵画は肖像画、静物画、風景画などが主流だったので、想像したものを描くのは嘘つきか三流と言われていた。


 もちろん、肖像画なら特に依頼主がお気に召すように画家の商売っ気……もとい絵心を加えて、実際よりも定番の見栄えのするおすましの表情や顔の小じわなどは描かない配慮などはされている。

 建前たてまえとしては、画家は見たままを忠実に描いてますっ、ということで折り合いがついている。


 最近、裕福な貴族たちのあいだでは、神話や物語のシーンを画家に描いてもらうのが密かに流行している。


 肖像画は来客が邸宅に入ってすぐ目立つところに、静物画と風景画は、応接間に飾る。

 来客に見せびらかすための装飾品で、画家に大金を払って描かせる財力があるんですと来客にアピールするためである。


 来客を入れない邸宅の寝室や個人の書斎などに、神話や物語を題材にした絵画は個人的な趣味として飾られる。


 肖像画を全裸で描いてくれと画家に依頼する人はいない。

 静物画や風景画が人気があるのは、人物が描かれていないから上品という考え方らしい。


 しかし、神話や吟遊詩人の語る物語のシーンを描いた絵画では、描かれる人物の衣装によっては体の線や肌があらわであったり、少しなまめかしいポーズやしぐさであったりしても、抱擁し合う恋人たちを描かれていても、これは再会の場面だからとかいやらしい想像をするのは、その絵画を見る人の品性の問題であって、美しい絵画として感動するべきだと、建前としては依頼したほうは開き直ることができた。


 画家たちは知っている。

 気になる美人や憧れの紳士に似た顔立ちで、これこれの物語のシーンを描いて欲しいと特別注文されることがあるからである。

 寝室や個人の書斎に飾る絵であると依頼主から言われたら、上品な来客に見せびらかす絵画ではなく、少しは割り増しで制作の報酬の交渉をしてもいいと画家たちも気がつく。


 腰のあたりまで湖のような水に入り、濡れた長い髪をしぼっている胸のあたりは髪で隠れていないあたりは露わになっていて、沐浴の気持ち良さから微笑している美少女や美女の背景に、黒い梟や一角獣の白馬のユニコーンがあまり目立たなく添えられていれば、これは森の泉の精霊族の絵画と言い張ることもできた。


 また下半身が魚の胴体と尾びれのマーメイドの後ろ姿で、ちょっと振り返りそうな目線で、背中がきれいな絵画なども好まれる。


 男性が上半身は裸で片手に剣を持ち、闘志を握りしめた何も持たない手で示して闘技場で立つ戦士の青年の絵画なども人気がある。

 剣がやたらと大きく描かれがちなのは、人物を強そうに見せるだけでなく隠れているところも立派な感じに想像させる演出の意味が隠されていた。


 肖像画では描かれない表情、それはにっこりとした笑顔や泣き出しそうな顔、何かにうっとりとしたような表情などを、たとえば食事のシーンだとわかるようにテーブルについている美少女の姿を描いた絵画なども、これこれの物語の食事をしている人の絵だよと、誘惑したい相手を書斎に招いて見せたりする。


 背中が大きく開いてあったり、脇腹や丈の長いスカートにスリットが入っていてちらりと美脚や脇腹の一部を見せるが、胸元はあまり開いていない工夫のあるデザインのドレスも流行している。

 

 絵画から流行したのは、ドレープ感が美しいゆったりとした一枚布の両肩留めのペプロスや肩から腕に隙間をつくり留めるキトン風の衣装や、男性も同じ一枚布で腰は帯を巻いているけれど、体の逞しさを自慢したい人は、左肩で一枚布を留めて、右肩と右の胸板を出して「肩を出す」という意味のエクソミスという着かたをしていた。

 女性が寝室で、エクソミスの着かたをして恋人や伴侶を誘うこともあった。これは獣人族の美しい女戦士の絵画で、よく描かれることがある。


 日除けのつばの広い帽子ペタトスに鳥の羽飾りをつけるのも絵画から流行ったものである。


 色の流行も、絵画から流行ったところがある。

 落ち着いた色合いのブルーは、男性女性どちらからも、髪の色や年齢も選ばず理性的に見えると言われ、さらに肌の色が白いと良い組み合わせだと称賛されていて、スタンダードといえる。

 絵画の流行によって、淡いピンクの衣装は白と同じように他の色と組合せないほうが良く金髪と組合せが良いとされた。

 赤と黒の組合せの引き締まった印象が良いとされ、黄色と淡いグリーンは昼間の光のように柔らかい印象や鮮やかさが良いが赤髪とは似合わないとされた。

 オレンジ色や茶色は着こなすのが黒よりも着こなすのが難しい。淡い紫色は良いが濃い紫色は喪服の色に適している……というのも絵画で描かれた人物の印象から囁かれ広まった流行である。


 旗袍チイパオは、エリザが見たらチャイナドレスだと思うだろう。女神ラーナの加護する世界の千年王朝ては、礼服のような扱いの衣装で、これも吟遊詩人の物語を画家たちが題材にした絵画から流行している。

 スレンダーなすっきりとした体型の若い女性から、落ち着いた色合いであれば男性も旗袍チイパオ着ることがある。

 庶民のズボンやシャツほどではないが、丈の長めのドレスよりも動きやすい。

 旗袍の上から、長衣ロープを羽織っている絵画を、神聖教団の幹部のアゼルローゼやアデラが見れば懐かしさを感じるだろう。


 で、下着は?

……というと、眠る時は全裸の習慣の世界なのはナーガの世界とラーナの世界はなぜか共通で、どちらも衣服の下には、性別は関係なく下着を着用していない。


 だが、蛇神祭祀書に下着について問い合わせてみたり、ゼルキス丘陵のダンジョンのアラクネ娘やミミック娘に下着について問い合わせる人がいれば、パンツやパンティ、ブラジャーについて教えてもらうことができるだろう。

 古代のハイエルフ族は、下着の着用や靴擦れしないように靴下を履く習慣まであった。


 そして、女神ノクティスはパンティを着用している。

 ストッキングやガーターベルトまで、夢の中で人に姿を見せる時には、気分に合わせた衣装を着用している。

 また、その髪色から髪型、肌の色のまで気分次第なのである。

 

 夢の領域の守護女神ノクティスに、もしもエリザが夢の中で会ったのを起床して覚えていられたら「あっ、可愛い、それ、どこの学校の制服ですか?」というような服装をしていることもある。

 スニーカーだって、靴紐の色を器用に組合せてはいていることもある。女神ラーナの加護する世界にないものまで、女神ノクティスは知っている。

 

 女神ラーナの加護する世界が、他の神々の世界を知れば、質素で地味に思えるかもしれない。




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