grimoire(グリモワール)編 2

第259話

 エリザがパルタの都へ向かって旅を続けているのは、神聖騎士団がターレン王国へ、ヴァンパイアロードのランベールやヴァンピールと対決するために、王都トルネリカに訪れているはずと考えてのことだった。


 神聖騎士団は、王都トルネリカの旧モルガン男爵邸にて、私情を書き記した日記を発見し、伯爵領で怪異が起きていないか視察したいと、ターレン王国の宮廷議会へ申し込んだ。


 書斎に隠されていたその日記には、宮廷議会の重鎮モルガン男爵の悪事についての詳細を暴露した内容が記されていた。


 モルガン男爵が、どうやって宮廷議会の重鎮の地位を築くことになったのか?


 聖騎士ミレイユが手記に興味を持った。参謀官マルティナがモルガン男爵の露骨な悪事の内容に、悪趣味だと感想を、ミレイユに述べている。


 権威というものについて、ミレイユは、モルガン男爵の日記を一読して改めて考えさせられた。


 現在のゼルキス王国レアンドロ王は、ミレイユにとって叔父にあたり、ミレイユは聖騎士であるだけでなく、王家の中では一番若い王位継承者でもある。


 参謀官マルティナは、人前で語るには性的に露骨すぎるモルガン男爵の手記の内容――とりわけ、養女ソフィアに対してのモルガン男爵の執着と虐待の隠された私情に、強い不快感を感じた。


 保護者のモルガン男爵と養女ソフィアの立場の力関係で、保護者のモルガン男爵の立場上の悪い権威の使い方として、養女ソフィアに強要した卑劣な行為を口止めさせた隠蔽工作がどうして可能になったのかを、聖騎士ミレイユは熟考して、参謀官マルティナにモルガン男爵の日記帳を手渡した。


 養女ソフィアがのちに、養父のモルガン男爵が実は本当の父親であり、自分の顔立ちに母親のフィオレの面影があったことから執着して、卑劣な行為へ走ったことをやはり、この手記を見つけて密かに一読したことで理解した。

 ソフィアは乙女の年齢になると女騎士として遠征軍に参加して親元から離れた。

 だが、どうしても父親のモルガン男爵を許せずに、しかし、殺害したところで心の傷は癒されないとわかっていても、そうしなければモルガン男爵との関係を断てないと決断し、パルタ事変で復讐を果たしている。


 まだ親元から独立して生活するために、成長過程の未成熟な大人よりも劣る体力と、職を得るための信用が子供のうちには与えられていない。

 そのために子供は親に保護されて大切に育てられ、また子供も自立できる社会的信用が得られるまでは、親に頼らざるえない。


 まだ幼い子供にとって親とは、権威的な立場の存在であり、親は子供に愛情を惜しみなく与える。


 子供は親から、自分の大切にしたい相手へ愛情を与えることを教えられて育つもので、また自分が親の立場になった時にやっと、親の苦労を実感する……それが、ターレン王国だけてはなく、ゼルキス王国でもまた同じ常識となっている。


 それを逆手に取ったようなモルガン男爵の行動は、卑劣な行動であり、弱い立場にある人間を権威で服従させ、自らの欲望のはけ口として利用したものだった。


 恩をあだで返さないことが常識としての人の美徳であるという考え方は、恩恵を与える神を崇拝してうやまう考え方にまで通じている。


 聖騎士ミレイユは、女神であるノクティスに聖騎士の試練で、夢幻の領域での魔獣レッドドラゴンとの死闘のあと発見され、救助されて一命を取り止めている。


 それが女神ノクティスにとって特別なことであることを、その後に、何度も女神の化身である魔剣ノクティスと共闘して、危険な怪異に挑むたびに、聖騎士ミレイユは感じた。

 神とは、全ての人間を加護するような存在ではない。

 常識的に、神が怪異に対して非力な存在である人間を救うものと考えられがちだが、実際は、愛したものしか加護しないものだと、聖騎士ミレイユは理解している。


 聖騎士ミレイユが、辺境の村を襲撃して焼き討ちをかける盗賊団を討伐のために探索中、宿泊した村で満月の夜に発生した怪異で、蛇神ナーガの特殊な夢幻の領域から、獄卒である触手獣が剥い出して来てミレイユに危害を加え殺害して、触手獣のいる領域へ遺体ごと引きずり込もうとしたことがあった。


 この時、村人たちや同行していた僧侶リーナには、魔剣ノクティスはミレイユを守るために戦ったように加護しなかった。


 僧侶リーナ――女神ラーナの化身である転生者は、蛇神の錫杖を先祖代々、親から引き継いでいる神聖な神の加護を得るための法具だと思い込んでいた。

 たしかに蛇神の錫杖が強力な呪物であったのと、彼女が自分は女神ラーナの化身であることに自覚がなかったが、この世界にとって特別な存在だったので、殺害されずに生きたまま触手獣に、蛇神ナーガの姿の魔獣が待つ夢幻の領域へ拉致され、神隠しにあった。


 たとえ神であれ、人は何も考えずに全てを甘えてすがることはできない。

 親であれ、子供を世界に存在している危険や苦難の全てから、時には身代わりにさえなってもかまわないとさえ考えて、保護することは限界がある。

 また、子供も親の保護が完璧なものではないとただ甘えてすがることではなく、時には親を守りたいと思い協力しなければ、やはり限界がある。


 モルガン男爵が、宮廷議会の貴族議員として権威をふるう立場を得ていくまでの過程も、手記には記されていた。

 ローマン王に仕え、ローマン王の崩御後は、その子の皇子ランベールを強行採決で、新たなターレン王国の国主にすることで、モルガン男爵は、宮廷議会での王の代行者のごとく振る舞う悪い権威を維持し続けた。


 ターレン王国に伝統的に続く王の絶対的な権威を、モルガン男爵は、新たな王が恩を感じさせるようにして、彼に見返りを与えなければ面目が立たように誘導した。


 呪術師シャンリーは、呪術の力で、新たな王の命の生殺与奪を握ることで新たな王を脅迫して利用していた。


 立場の上下は、人間関係を個人的な感情を抑制して、協力し合うために人間が単独行動がほとんどの暮らしから、集団行動をするようになって試行錯誤から見つけ出した方法だった。

 しかし、自己責任を放棄して服従することに甘える者や、逆に自己責任の範囲を、集団の中で立場の上の者と同じだと感じさせるように行動することで権威を悪用する卑劣さを持つ者も、個人の保身や欲望を満たすことを考える者もあらわれた。


 聖騎士ミレイユは、ターレン王国で立場の上下の関係で作られる権威を利用して、卑劣な行為に走る人間が多い状況があれば、人の恨みや憎しみ、そして悲しみから怪異が発生する可能性があると、モルガン男爵の手記を一読して熟考して判断したのだった。


 モルガン男爵が暗殺されたあとに、マジャールとレギーネという婚姻後三年目の若い夫婦が、新たな王――皇子ランベールに憑依した先代のローマン王の亡霊が行った卑劣な行為によって、夫婦の間の不満の小さな隙の穴から、薄布を引き裂くように別れさせられたことを、モルガン男爵の手記からターレン王国の宮廷議会の内情の情報を得た神聖騎士団のメンバーたちは知らない。


「ミレイユ様、パルタの都の執政官マジャールとは、どのような人なのでしょうか?」

「先任者のベルマー男爵と同じ行為を引き継いで行っている人物なら、パルタの都の状況は、怪異が起きても不思議はない危ういものになっているだろう」


 王都トルネリカから、神聖騎士団の戦乙女たちは、ミレイユとマルティナの会話に夜になり、野営をして焚き火を囲みながら耳を傾けている。


 ロンダール伯爵であれば、歪められている人間関係の軋轢あつれきが、いずれ凶運の運命の惨事を生じさせると言うところだろう。

 聖騎士ミレイユは、予知夢をみる少女たちのような力ではないけれど、女神ノクティスの加護を受けていて怖いほどの戦闘力があるだけの人物ではない。


 人の心の想像力が、どれだけ世界に強い影響を与えるのかを知っている人物なのだった。


 

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