第249話

「アルテリスがエリザ様と?」

「十日前にドレチ村から旅立たれました。一足遅れでしたね」


 テスティーノ伯爵が、フィーガルの街にあるロンダール伯爵の邸宅へ訪れている。


 ロンダール伯爵からテスティーノ伯爵へ密書を、メイドのアナベルが届けた。

 メイドのアナベルはロンダール伯爵とは腹違いの妹で、一族の優秀な術者でもある。そして、ロンダール伯爵の伴侶でもある。


 密偵ソラナとゴーディエ男爵を逃がすために、ロンダール伯爵はエリザの占いのあとで、急ぎでフィーガルの街に戻り、テスティーノ伯爵へ密書をしたためた。


「今、ソラナとゴーディエ男爵はドレチの村で潜伏中ですが、フェルベーク伯爵領の都ルゥラからの追っ手から追われている状況。なぜ、テスティーノ伯爵にゴーディエ男爵の逃亡を助けていただきたいと私が連絡したのか、お分かりになられますか?」


 ゴーディエ男爵が、闘技場の罪人闘士の追っ手たちに殺害される惨事によって、次に凶運が巡るのがテスティーノ伯爵だと占術によって判明したからである。


「テスティーノ伯爵、今、貴殿は伴侶のアルテリス婦人と離ればなれとなっておられる。これがいけません」


 ロンダール伯爵は、エリザからのゲームエピソードの情報を踏まえて伯爵たちに降りかかった凶運をまとめて説明した。


・リヒター伯爵/呪物の人骨の欠片で呪詛される。子爵リーフェンシュタール婦人ヘレーネによる呪詛返しにより回避。

・ベルツ伯爵/身代わりで長男の子爵メルケルが落馬事故で死亡。

・執政官ベルマー男爵/遠征軍の将軍ガルドが反旗を翻し、パルタの都に遠征軍を潜伏させ、ベルマー男爵をパルタの都にて処刑。

・モルガン男爵/宮廷議会でローマン王からランベール王と二代に渡り仕え権威を握るが、パルタ事変により、養女の女騎士ソフィアにより暗殺された。

・ブラウエル伯爵/身代わりに、母親のジャクリーヌ婦人が暴漢に襲われる。未然にロンダール伯爵による予知により回避。

・女伯爵シャンリー/現在の執政官ギレスにより王都トルネリカに更迭され、火炙りの刑にて死亡。

・フェルベーク伯爵/ゴーディエ男爵の情報により、刺殺されて死亡が確認されている。

・ストラウク伯爵/スヤブ湖の怪異によって出現した異形のものに襲撃されるが、法術の儀式により祓い回避。


「あとはテスティーノ伯爵と私だけというわけです」


 なぜ、こうした惨事が引き起こされているのか?

 それは呪術師シャンリーが、先住民を虐殺して土地を奪って支配した先祖たちの因果の祟りの力を呼び覚まし自らの呪術の力とするために暗躍したからだと、ロンダール伯爵は説明した。


「さらに辺境地帯で傭兵団に小村を焼き討ちさせたのも、彼女の企みだったことが判明しています」

「女伯爵シャンリーは処刑されたのではないのですか?」

「彼女は貴族令嬢のエステルという少女を養女にして、バーデルの都では連れ歩いていました。

このエステルという少女は、術者となり得る才能を秘めていた人物だったのです。

術者の才能を持つ者は、短命で二十歳まで生きられない者がほとんどです。

私とアナベルは、女伯爵シャンリーが王都トルネリカに更迭されたあと、保護するため行方を探していましたが、消息がつかめませんでした。

しかし、エステルの消息が占術でもつかめない理由がようやく判明したのです」


 密偵ソラナをロンダール伯爵がフェルベーク伯爵領へ潜入させたのは、美少女エステルがフェルベーク伯爵領へ落ちのびている可能性を考えてのことであった。


・女伯爵シャンリーは捕縛される直前に、呪術を少女エステルに施し、肉体を強制的に交換した。


「肉体を交換?」

「貴殿には信じられないことかもしれませんが、バーデルの都の支配者になったことで身に降りかかる祟りを、呪術によりエステルの肉体を奪うことで、シャンリーは回避したのです」


 エステルの肉体を奪った呪術師シャンリーが、男装してルゥラの都の邸宅に潜入して、フェルベーク伯爵を刺殺した。


「これは、ギレスと裏取引をして女伯爵シャンリーを排斥したあとで、バーデルの都の奴隷市場などの利権を彼らで分け合うつもりだったので、シャンリーが恨んで復讐したのでしょう。

シャンリーの処刑のあと地震で奴隷市場、賭博場は倒壊、遊郭は焼け落ちてしまいましたから、フェルベーク伯爵が生きていたとしても利権を握ることはできなかったといえるでしょう」


 テスティーノ伯爵は、ストラウク伯爵領で祓いの儀式を妨害にあらわれたのが、異形のカエル人を引き連れた美少女だったことを、撃退のために戦ったレナードから聞いている。


 レナードは、ゼルギス王国の将軍クリフトフの子である。賢者マキシミリアンがクリフトフの若い頃からの親友であり、レナードはダンジョンで鍛え上げられて育っている。


 ストラウク伯爵の屋敷に襲撃をかけて来た美少女が、エステルの肉体を奪取した呪術師シャンリーだったことに、テスティーノ伯爵は気づいた。


「襲撃者はかなりの深手の傷を負って逃亡しました。しかし、レナードも追跡する余力がないほど、その少女は手強い相手だったそうです」


(エリザ様が、私に話したことが事実だとテスティーノ伯爵によって証明されてしまった。

エリザ様は、少しちがっているかもしれないし、同じとは限りませんと言っていたが……やれるだけのことはしなければなるまい)


 ゴーディエ男爵を探して魔族ヴァンピールになった踊り子アルバータが、すでに王都トルネリカから旅立っている。

 それをロンダール伯爵とテスティーノ伯爵は知らない。


 エリザが知っているゲーム版の聖戦シャングリ・ラにはない物語の展開が起きている。

 そして、ロンダール伯爵とテスティーノ伯爵が、呪術師シャンリーに対して共闘する物語の展開もまた、ゲーム版ではなかった展開なのだった。


「もし、呪術師シャンリーが生きているとすれば、私を始末しておこうと考えるでしょう。

シャンリーが、これほどこの国全体の因果を凶運へ導く者だとは想定外でした」


 ロンダール伯爵が、夕陽の差し込む窓辺に立って外を見つめながら言った声は、かなり重い。


「ゴーディエ男爵はストラウク伯爵領へ逃がし、私はここに戻りましょう。呪術師シャンリー、私の手助けが役立つかはわかりませんが、助太刀させていただく」


 テスティーノ伯爵はロンダール伯爵の肩に軽く手を乗せ、隣に立つ。

 二人は夕陽のまぶしさに目を細めるのだった。





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