大陸中原編

第89話 

 ハイエルフの残した魔法技術のなかで、生活していて身近に見ることができるものといえばゴーレム馬だろう。


 ゴーレム馬というのは、石像を生物のように魔法で動かしているもの。乗馬するなら、しっかりとした丈夫な鞍をつけて乗らなければならない。

 この世界で旅をしようと思えば最も主流の移動手段は、ゴーレム馬への乗馬ではなく徒歩である。


「アルテリスさん、ゴーレム馬の乗馬って難しいですか?」

「難しくないけど、馬に乗ってみたいの?」

「はい、歩くより楽かなと思ったんですけど」

「エリザ、馬に乗るよりも、歩くほうが楽かもしれないよ」


 下半身は、両脚を使って馬体を挟み込むような形をとる。膝でおさえる感じである。

 大腿筋(内腿)大臀筋(お尻)が継続的に刺激を受ける。

 また馬上で、安定した姿勢を保つために、鞍の上で座骨を立て、腹筋に力を入れる必要がある。

 走り出したらお尻は浮かしていて、反動で当たっているだけ。

 慣れないうちは、体全体に力が入りがちで、あとで筋肉痛になることも。


 体重が軽い子供が乗ると、背中の上で跳ねてしまうぐらい反動がある。

 座って膝立ちを、テンポ良く繰り返している。あぶみにしっかり足をかけておく。


 落ちた時には手綱たずなを離してはいけない。離してしまうと、頭から落馬することがあり、とても危険である。


「暴れたりするんですかっ?」

「馬の真後ろに立つのは、蹴られにいくようなもんだよ」


 ゴーレム馬の乗馬をアルテリスが習ったのは、テスティーノ伯爵と出会ってからである。

 アルテリスは姿勢や少しのコツを教えられると、すぐに乗馬できるようになった。

 もともとアルテリスは、ゴーレム馬の幌馬車の馭者ぎょしゃをしていたからである。

 ターレン王国を旅するために、ゴーレム馬の幌馬車を購入。操縦そうじゅうは、乗馬を習う前からコツがわかっていた。


 アルテリスの運動神経が抜群だが、乗馬したり馭者として操縦ができるのとは、運動神経はあまり関係ない。

 それ以上に、アルテリスは魔力への感応力が強い。

 

「ほら、エリザ、あたしと手を重ねてみて……何かわかる?」


 エリザは手のひらを、アルテリスと重ねてみる。アルテリスの手のぬくもりはわかる。特に変わった感じはしない。


「エリザは、乗馬や馭者はちょっと難しいかもね」


 ゴーレム馬の操縦には、魔力が必要になる。エリザはアルテリスと手のひらを重ねてみても、彼女の伝えようとしている魔力を感じることができなかった。


 ゴーレム馬の操縦は、操縦者の魔力をゴーレム馬に同調させる。

 学院へ通っていたエリザお嬢様のために、執事のトービス男爵は馬車で送迎をしていた。

 乗馬や馭者として手綱を握ってゴーレム馬を操縦するには、たとえば浮遊帆船の船乗りをしているエルヴィス提督ほど、強い魔力を伝えたり感じる必要はない。

 

 トービス男爵は、お嬢様の馬車を牽引するゴーレム馬をとても大切にしていて、拭き掃除などは他人に任せず自分で行っていた。


「大樹海まで、帝都から出て旅をしたいのです」

「それでエリザは、ゴーレム馬に乗りたいって言い出したのか……エリザ、伯爵様がいいって言ったらだけど、あたしと大樹海まで幌馬車に乗って旅をしてみるか?」


 耳をピクッと動かして、窓辺で居眠りをしていた聖獣シン・リーが、薄目で興味のないふりをしながら、エリザとアルテリスをながめていた。


 エリザがエルフの王国に里帰りするのは、女神ラーナの化身である僧侶リーナに「ステイタスオープン」を誰でも使えるように頼むためである。

 瞬間移動の魔法陣でのハイエルフの結界内へ侵入は、世界樹から許可されない。

 だから、大樹海までゴーレム馬で乗馬してエリザは旅をしてみたかった。


(いろいろなゲームで、馬に乗っている登場人物はたくさんいるので、簡単に私も乗れると思ったのですが……でも、アルテリスさんと旅するのもおもしろそうです)


 その夜、ベッドの上でテスティーノ伯爵は、エリザの里帰りにアルテリスがついて行きたいと相談された。


「僧侶リーナと再会したいと君はずっと言っていたから、ちょうどいい話じゃないか。行ってくればいい」

「伯爵様は、あたしたちと一緒について来ないのか?」


 アルテリスは、テスティーノ伯爵が幌馬車のわきを伴走して、一緒に旅についてくるものと思いこんでいた。

 

「マキシミリアン公爵夫妻が、神聖教団の本拠地ハユウに行って調査後、帝都に戻ってくることになっている。私は公爵夫妻とゼルキス王国のレアンドロ王と今後の対策を協議するつもりだからね」

「伯爵様は、あたしと一緒でなくて平気なのか?」


 平気ではないのは、テスティーノ伯爵が大好きなアルテリスのほうなのだけれど、テスティーノ伯爵は彼女のふさふさのしっぽを撫でて、キスをしたあとで言った。


「悪いが、私もしなければならないことがたくさんあるんだよ。でも、アルテリスと、こうやって一緒に寝られないのは、私もさみしいのはわかるだろう?」

「うん……じゃあ、あたしはエリザと一緒にリーナに会ってくる」


 そう言ってから、テスティーノ伯爵に甘えて、アルテリスはかばっと抱きついた。


 テスティーノ伯爵は、賢者マキシミリアンや剣術の兄弟子のストラウク伯爵と同じように、強い魔力を持つ人物で、魔力の感応力の強いアルテリスとは相性は抜群である。

 獣人族のアルテリスは、この時代の人たちよりも大胆で積極的なところはある。それでも、テスティーノ伯爵が本気で彼女に夢中になると、アルテリスのほうが、テスティーノ伯爵よりも、くたくたになってしまう。 


 エリザは恋人やパートナーがいないので、肌を重ねて、心をふるわせながら、心がひとつになってしまったような同調の極みの幸せな感じを知らない。

 

 かくして、世間知らずの王宮暮らしのエリザは、旅好きなアルテリスと、エリザと一緒にいたい神獣シン・リーを連れて、帝都からエルフの王国を目指して幌馬車の旅をすることになった。

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