クラスメイトってだけ

「ごめん」


 朝のホームルームが終わって、おそらく俺と彼女が人目を気にせず話すことができるのはあそこしかないだろうと思いそこに行ってドアをガタガタと引いてみれば、やはりそこには月輝がいた。


 そして俺がドアを開くなり、こちらに気付いた彼女がそう頭を下げたのだ。


「はぁ、やっぱりここにいたんだ。なんで? 俺、君に謝られるようなことされた覚えないんだけど」


 言うと、月輝は顔を上げて俺の目を見た。いつもより影を落とした、くすんだ目の色だった。


「その、噂、立っちゃった」


「噂?」


 朝、クラスメイトにジロジロ見られたことはそれと関係しているのか。それにしても俺に関する噂なんてどんなものが立つんだろう。


「聞いてない? その……見られたの。クラスの子に、私と海都が一緒にいるところ。それで──」


 で? と目だけで問いかけると、彼女は視線をチラチラと泳がせた後に言った。


「私と海都が、付き合ってるみたいな話が広がってて……」


 俺の思考は、一瞬停止を余儀なくされた。


「は?」


 俺はコンマ一秒にも満たない音を発し、月輝はただ伏し目がちにきまり悪いような表情をしている。


「もしかして、朝クラスの奴らが俺を見てきたのって」


「うん、私と付き合ってるみたいな噂が広まったからだと思う。ごめんね、迷惑かけて」


 月輝はひたすら、申し訳なさそうに謝った。なんで。


「なんで?」


 月輝は顔を上げて俺を見返す。なんで? という問いに首を傾げている。


「なんで、月輝が謝るんだ? 悪いことしてないのに」


「そうだけど、でも、私のせいで変な噂たっちゃって……」


「……堂々としてればいいだろ」


 クラスメイトはきっと、人気者と目立たない者が一緒にいたという事実を物珍しそうに眺めているだけだ。

 付き合っているなんていうのも、誰かがおもしろおかしく脚色したたかが噂であり、それは事実ではない。


「気にしなくていいよ。言いたい奴らには好き勝手言わせておこう。事実、俺と月輝は付き合ってないし。ただちょっと、仲良くなったクラスメイトってだけで」


「……ありがとう。そう、だよね。なんか私ばっかり過剰に反応して、馬鹿みたいだ」


 月輝は自嘲気味に笑った。別に嘲るほどのことでもないのにな、と思ったが言わなかった。


「海都って、なんか大人だよね。いつも冷静で、わたし海都と話してると年上の人と喋ってるみたいな気分になるの」


 それはきっと。


「あ、ごめんねこんなことで呼び出しちゃって。早く教室戻ろう?」


 きっと、そうすることによってしか、自分を守ることができなかったからだ。


「うん」


 俺は小さく独りごちて、音楽室を出ていく月輝の背中を追いかけた。

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