力になりたいって思ってる
三人で談笑しながらカレーを食べ終え、気づけば時刻は九時に差し掛かっていた。
「もう九時か。帰れるか?」
俺が問うと、月輝は少し寂しそうな顔をしたけどすぐに笑って返す。
「うん。大丈夫」
俺も、分かる。
急に一人になることの寂しさは、よく分かっている。
だから少し胸が痛んだけれど、さすがにクラスメイトの女子を家に泊めることなんていくらなんでもできない。
「海都、白石さんを家に送って行ってやれ」
先生は皿を片付けながら俺に言った。俺は頷き、「行くか」と月輝に向き直る。月輝も荷物を手に、俺のあとに続こうとする。が、ふと思い立ったように先生の方を見た。
「あの、今日はわがまま言って押しかけてしまって、本当にごめんなさい」
先生は微笑をたたえ、月輝に言う。
「いいや。いつもは男二人のつまらない食卓だから、新鮮だったよ。また来るといい。大したものは用意できないけど、お茶と時間なら提供できる。それと──」
先生は一瞬だけど言葉を詰まらせた。その理由は、分からない。
「海都は僕のことを先生と呼ぶけど、僕の名前は紅井宗一だ。名乗るのが遅くなってごめん。好きに呼んでくれたらいい」
「あ、は、はい……! ありがとうございます」
月輝は頭を二、三下げ、お邪魔しましたとつぶやいた。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
俺が先生に告げると、彼は笑って「気をつけて」と見送った。
外はすっかり誰かの瞳の色みたいな濃紺に包まれていた。
「星、あんまり見えないね」
月輝は歩きながら空を見上げて、そんなことを言った。
「冬に比べたら、春はぜんぜん見えないな」
「なんか、海都って星好きそう」
月輝が急に言う。俺は少なからず戸惑いながら彼女を見た。
「どんな偏見だよ。嫌いじゃないけど」
「偏見かぁ……」
月輝は形容し難い真顔に近い表情で藍色の空を眺めたまま立ち止まる。
「ん、どうかした?」
「わたしって、どんな人間なんだろう」
ああ、また。
「……」
また、さっきの。
「あのさ、月輝」
彼女は俺の顔を見て、首を傾げた。言葉は吐かなくても、「なに?」と目で訴えてくる。
本当は、さっき家で話されるのだと思っていた。というか、てっきりそのことを話すのだと思ったし、父親の件もそれに関連があるのだと思っていた。
だけどまだ、どうやらそのことを話すには俺と言う存在は彼女にとって軽いらしかった。それは仕方のないことだ。なんせ、まだ話し始めて二日なのだから。
だからせめて、彼女が話したいと思った時に。その時のために、今の俺ができること。
「俺は……あぁ、いやごめん。そうじゃなくて」
口ごもる俺を、月輝は黙ってずっと見ていた。静かに待ってくれていた。
「……また来いよ。俺、力にはなれないかもしれないけど……。力になりたいって思ってるし、それに」
もしそばにいて、それだけで彼女の心が少しでも軽くなるなら、それなら俺には、迷う理由などなかった。
「頼りないかもしれない。でも、月輝が心を許せる場所と時間は、共有したいんだ」
「……」
月輝は黙っていた。俺は言い終わってから後悔する。今のはさすがに──キモい。
「……うん」
淡い月の光がさしこんで彼女の顔を照らした。ほのかに笑っている。
「ありがとう、海都。わたし──」
その瞬間になにが始まったのか、俺はなにも知らなかった。
──君に出会えてよかったよ。
……うん。
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