気になるでしょ?
おもしろいこと、という言葉は、なぜか俺の背筋を凍りつかせた。
「おい……何を考えてるのか知らないけど、俺を巻き込むなよ」
白石は不敵な笑みを貼り付けたままおどけた調子で言う。
「ねえ、でも気になるでしょ? この音楽室のヒミツ」
実を言うと、俺は内心気が気じゃなかった。だって、自分は本当に幽霊とやらを見てしまったかもしれなかったから。
そして気づけば、俺は彼女の言葉に頷いてしまっていたのだ。
「でしょ? じゃあもう、私たちがこのヒミツを解き明かすしかないよね?」
そんなことはないはずだ。そう思いながら、俺はなぜだか白石の提案に少しだけ乗り気でいた。この先なにか、よろしくないことが起きる予感も同時に覚えながら。
「決まりっ! これからよろしくね、黒木くん」
「よろしくって、具体的に何をするんだ?」
一人はしゃいでいる白石に向かって、俺は尋ねた。彼女は一瞬考えてから、ハッと閃いたように右手の人差し指を流れる動作でたてる。
「私が思うに、黒木くんには霊感がある。今まで私がピアノを弾いたときも、もしかしたら幽霊がいたのかもしれない。てことで……」
俺はやはり、彼女の提案に首を振るべきだったのだろうか。そんなことを考えていると、彼女はこう言った。
「放課後にここでピアノを弾いて、現れた幽霊と黒木くんが会話するの。そして、成仏してもらう。未練とか聞いてさ。ね、どうかな?」
やっぱり、俺は間違えた。彼女の提案に、のるんじゃなかった。
「な、ちょっと待って。幽霊と会話? 無理だよそんなの。だいたい成仏って、そんなに容易くできるものでもないだろ」
俺の反論に、白石は即座に返答する。
「でも、やってみないとわからないじゃん?」
「マジかよ……」
白石の表情からは、彼女がかなり高揚しているのだろうことが読みとれる。幽霊とか、オカルトが好きなのだろうか。
「はぁ、分かったよ。俺もやれるだけのことはしてみる」
「ホント!? やった、言ったからね?」
彼女の笑顔がよりいっそう輝いた。俺はそこで、気になっていたあることを口に出す。
「なあ、ひとつ聞いていいか?」
「ん?」
「白石は、どうして音楽室の噂を流したんだ? それもかなり誇張して」
ある程度考えてみたが、どうしても彼女に噂を流すメリットがあるようには思えなかった。
「……ここに、誰もきてほしくなかったんだよね」
彼女の表情は相変わらず笑顔のままで、だけど心はそのように見えない。
「ピアノの練習、学校でやりたかったんだけど人がきたら面倒じゃない? だから、生徒が怖がって近づかなさそうな噂を作って流したの。まさか幽霊がホントにいるとは、思わなかったんだけどね」
「なるほどな……なんか、ごめん。来ちゃって」
だけど、そうしたら彼女はなぜ俺にわざわざ音楽室の謎を解き明かすことを持ちかけたんだろう。彼女は人払いをしたくて噂を流したなら、俺という存在も同様に邪魔だろう。
「い、いやいいの! むしろ、君みたいな人なら歓迎だよ」
「歓迎? なんで」
「ピアノがわかる人だから」
そう、イタズラっぽく彼女は笑う。俺はなぜかそこに懐かしさを覚えた。
「今日はありがと、黒木くん。幽霊が出るのはホントってことも分かったし、もう帰ろ」
「ああ、うん」
スタスタと音楽室を去ろうとする白石の背中を追いかけようとして、ふと振り返る。
やはり、音楽室のどこにも先ほどの少女の姿は見当たらなかった。
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