エッセイ・マッサージについて
柴田 康美
第1話 マッサージについて
「もしもしマッサージですか」「はい。ボディケアです」「ですから、マッサージですよね」「はいそうです。マッサージです」最初からそう言えばいいんじゃん「きょうやってますか?」「ですからこうしてデンワにでてるんです」ややこしいな。ケンカ売ってんの。
「あの、女のひといますか」これがちょっと言い出しにくい。ヘンに勘ぐられそうだ。当店はほとんど男でまわしてますといわれそうだな。どうして男じゃいけない、みたいな。「いますよぉ。いくにんかぁ。うふん」どうも勘違いしているなあー。「このあいだ女のひとにやってもらってとてもキ×チがよかったもんですから、それで」やはりヘンな話しになりそうだな。
年末から年始にかけていろいろいそがしかったのでマッサージへいった。
券を買って受付の女のひとに渡すとそのひとはイスからスッと立ち上がってバレリーナのようにクルッと回り後ろのマッサージルームの前に着地した。すなわち受付とバレリーナと揉むひとは同一人物なのです。そんなこと説明するまでもないんですが。ウマイ!といって拍手したかったがひとがいっぱいいていい年をして恥ずかしいのでやめた。「イラッシャイ」と中国人?らしい口調で言った。わりあいによくきく語調なのでわかります。国籍確認は日中の平和と安全のためあえて聞かない。それからバレリーナはめがねとマスクを入れてくれとザルを差しだした。いつもとおなじ肩だけ揉むコースでけっこうですが、左右の肩20分ずつで合計40分おねがいします。聞いているのかいないのか分からない。バタバタしていて返事はない。もしかすると会話ができないのか。そりゃぼくだって日本語の会話がそんなに得意ではない。買い物にいって店員にいったいなに言ってんのという顔をされることがある。揉むまえにいちおうお伝えしてみただけさ。まあいいけどさ。すぐにベッドへ横になってくださいといって奥の方を指した。指されたところのベッドには窓みたいに穴が開いている。うつむきに寝て顔をそこにいれる仕組みだ。窓には薄い紙が敷いてあり息ができるように紙は中央で十文字にきられている。息ができなかったら窒息なんだね。下向きなので呼吸は少し窮屈で言葉は頻繁には交わせない。ふだん生活していてこんな姿勢で話はしないよ。「ダイジョウブカイ」と聞かれるがぜんぜんダイジョウブでなくても手でいいねと合図するしかない。
「ハジメル」。バレリーナは短くいうと手であちこち背中の周りをさわりはかるようにして揉みはじめた。その正確なこと小刻みに背中を「イチ、二、サン」3拍子の指先が正確に押してくる。背中を盤上にした指先のワルツ。こういう細やかさを要求される仕事は女のひとでなければできないのだ。何回ももみもみすると背中が指先の感触を記憶するようになる。指先の記憶というとなにか俄然官能的になってきます。反応しすぎ。国旗掲揚台にムうっとなにか日の丸でも揚がったようです。フランス映画に黒白のキリッとした映像で白い肌のうえをピアノを弾くように細い指が滑ってくる作品をみたことがあります。想い出すなあ。背中のきれいな女優さんがいましたね。だれだったけかな。ほら、あのひと。名前がでてきません。映画の題名もすっかり忘れました。ほらほらいって題名も出演者も分からなくてどうするのかい。そんな背中のきれいな銭湯の宣伝にうってつけみたいな映画あったっけ?
そういえば、これまでの人生で背中にはあまり関心がなかった。前をみて走るだけだった。あまり後ろは見ようとしても見れませんから。首が1ヶ月に1回くらい伸びて後ろに回るといいのだけれど。風呂へ入って背中へタオルを回して洗うことなんか盆と正月しかなくて。たまにザラザラナイロンタオルで洗うと赤くなって痛いんですよね。背中を洗うと風邪をひくぞと友達におどかされたせいもある。そんなのぜんぜん関係はないとおもいますよ。だまされやすい性質でね。風呂に入るとお化けが覗く話はしょっちゅう聞かされてました。夜おそく入るときはほんとにこわかった。風呂桶の外へでて身体を洗えないんです。よく温泉なんかで背中を洗いっこしている親子がいますがぼくには経験なかったなあ。お互い忙しかったからね。ぼくも父親も。酒が好きで糖尿病で早く死にましたね。無口なひとだったからはなしはあまりしなかった。唯一の楽しみは酒飲むことだったんですね。いま考えるととにかく酒だけだったんです。その酒で死んだらそれは幸福なことだったといえるのかどうか。自分のことはやらず黙って他人のことだけやって死んでいったひとが昔は多かったのかな。
さて、これはウソですが。揉み終わってシャツに腕を通してルームから出ようとすると奥の暗闇でふたりの客がむっくり起き上がってこちらを見ていた。その眼はらんらんと金色に輝いていた。帰ってきてからそれを友人に話すとそれはスパイだと言った。そういえばバレリーナもいたしなあ。スパイがいてもおかしくない。でも銭湯にスパイがいても真っ裸じゃないか。なにも隠せない。なぜマッサージルームにスパイがいたのかいまでも謎のままだ。これほんとに絶対ウソですから。
(了)
エッセイ・マッサージについて 柴田 康美 @x28wwscw
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