第44話 もう一つの仕事
最初の厳しい授業を終え、疲れた気分で夕食を食べてから、食堂でもらったお茶を飲みながら部屋でくつろいでいると、初日俺を捕らえた隠密の一人がそっと入ってきた。
ちょうどソファーでゴロゴロしている所だったので、慌てて姿勢を正す。隠密が苦笑した。正直恥ずかしい。
「魔王陛下がお呼びだ」
「私、何かいたしましたか?」
思わずそう聞いてしまう。本当に心当たりがない。今日ヘマしたつもりはないんだけど。いや、気づかないうちに何かしたのかもしれない。知らぬ間に王妃殿下を怒らせてたり? そうだったらやばい。
にしてもわざわざこっそり隠密を使って呼びに来る所が怪しい。
何故か隠密に連れられて隠し通路から魔王陛下の執務室に連れて行かれる。なんで隠し通路から行かなければならないのだろう。意味が分からない。
そこには魔王陛下が一人で俺を待っていた。おまけになぜか魔術で防音の結界が張ってある。
「お呼びでしょうか? 国王陛下」
あえて、公式の『国王陛下』という言葉を使いしっかりと礼を取った。礼儀正しすぎて罰せられる事はないはずだ。
「ウティレ、お前はヴィシュで隠密仕事もしていたのだったな?」
「はい」
これは嘘ではないので素直に答える。
「陛下が欲しいのはヴィシュの情報でしょうか?」
とりあえず思いついた事を聞いて見る。魔王陛下はそれを聞いて苦笑した。
「まあ、それも欲しいが、今の主な要件はそれではない」
でも、と言い添える。
「お前がどこの隠し通路を知っているのかは教えて欲しい」
これはつまり、プロテルス公爵にどれだけ隠し通路が知られているか知りたいんだな。
紙とペンを渡されるのでさらさらと簡単な地図を書いて渡す。今日通った道もきちんと含めておいた。命令は『俺がどこの隠し通路を知っているか魔王に伝える事』だ。
それは当然先ほど知ったものも含まれてるに決まっている。そうやって俺を試しているのだろう。信用出来るのかどうか。
だからあえてさっき隠し通路を通ったのだという事も、今、分かった。
「陛下、差し出がましいようですが、プロテルス邸を確認すればよろしかったのでは?」
「この男に渡したであろう情報は残っていない。誰かさんがきちんと丸暗記した上で火魔術で証拠隠滅したからな」
隠密のごもっともな指摘に、魔王は俺の方を見ながらそんな事を言った。つい顔が引きつる。
な、何でバレて……。いや、それくらいは調べてあるか。
でも、『火魔術で証拠隠滅した』事が魔王側に知られているという事は、俺には魔術の痕跡がしっかりと消しきれなかったということだ。これは俺のミスだ。
それとも、相当の腕前の魔術師に調べさせたのだろうか。俺が使える程度の術なら、ラヒカイネン男爵や大魔導師デイヴィス様にはしっかりと調べ上げられるだろう。
それに、魔族の中には魔術を操る者もいるという噂がある。その魔族に調べさせたのだろうか。魔族は長寿だからきっとかなりの実力をつけているはずだ。
それでも悔しいには変わりないが。
「用意周到ですね」
「私が関与した証拠は最小限にしておきたかったものですから」
心臓がばくばくいっているけど、あえてすまして答える。魔王はそれを見て楽しそうに笑った。やっぱり全部読まれている。
おまけにじっくりと俺の書いた地図を読んでいる。
「入る所と出る所は別にするつもりだったようだな」
「それは当然の事です。侵入が知れた場合、捕らえるために、侵入したであろう場所で待ち伏せるでしょうから」
実際には出口に行くどころか、入り口に入る直前にとっ捕まったから間抜けなのだけど、まあ、それはここでは言わないことにしておく。
「それで? 何を企んでいらっしゃるのでしょう? 魔王陛下」
大体、今までのやり取りで魔王が何を言いたいのかは分かる。その証拠に言ってみろとばかりに魔王が促す。
「私を隠密の補助に入れようとしているのですか? 元刺客である私を。魔王陛下は随分思い切った事をなさるのですね」
あえて皮肉げに言ってみる。ま、拒否権はないけど。
「大したことではない。隠密の活動に魔術の補助が必要な時はお前の手を借りたい。それだけだ」
「私でよろしいのですか?」
「お前しかいないだろう」
そう言われて王宮魔術師の顔ぶれを考える。確かにあの中で誰が最適かと言えば、俺だ。
俺が来る前は緊急時の時だけラヒカイネン男爵に頼んでいたようだ。それなら仕事を教えてもらう過程でそういう事も教わるのだろう。
「もしも、裏切ったらどうなるか分かっているだろう?」
しっかりと念を押してきた。それは当然分かっている。なので素直に『はい、陛下』と言って膝をつく。
魔王は俺をとことん使うつもりのようだ。別に悪い事ではないけど。
それに、下手に『お前を信用している』とか『お前は気の毒だから』なんて事を言わないのはありがたい。
変な優しい言葉をかけられるよりは脅された方がまだいいのだ。
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