第29話 親友組は娯楽施設を満喫する

「うーん」


 ケーキを食べ終え、某娯楽施設のバッティングセンターのエリアで私は唸っていた。


「どうか……ふんっ!しました……せいっ!か?」


「いやぁ、なんだかなぁ」


 私はバットを素振りする牡丹と話しながら違和感を感じる方を向く。すると、視線を向けた先のすぐ側の柱に隠れる影が見える。


(さっきは気のせいだと思ってたけど、やっぱり見られてる……というかつけられてるよね?)


 一度視線を外しもう一度向けると、柱からはみ出していた頭が再び引っ込む。随分と爪の甘いストーカーだ。


(でも、見てるだけで何もしてこないんだよなぁ)


 これまでもずっと物陰に隠れながらこっちを伺っていたが、直接的に手を出してくることはないし私たちにバレそうになるとすぐに隠れてしまう。


「愛純さん!見ててください!」


「あっ、うん!今行く!」


 牡丹は牡丹で初めてのバッティングセンターで興奮していてストーカーの存在に全く気づいていない。今も、何回もバットを空振りながら飛んでくるボールに合わせようと集中している。ケーキ屋の時もケーキの味に集中していてしばらくは声をかけても反応がなかった。


(対処したほうがいいんだろうけど、近づいたら逃げちゃうし。それに、牡丹も楽しんでるしなぁ)


 どうするか悩んでいると、カキーン!という甲高い音がすぐ側から鳴る。ついで、『ホームラン!』と言う機械音声が場内に鳴り響く。


「愛純さん!あれってホームランですか!?」


「あのボードに当てたんだよね?じゃあホームランだよ」


「やりました!私、人生初ホームランです!」


「すごいじゃん」


 ホームランを打ち喜んでいる牡丹にそう言葉をかける。これがいわゆるビギナーズと言うものなのだろうか?それ以前にあの細腕のどこにボールを飛ばす力があるのだろうか?私だって打ったことないのに。


「そういえば愛純さん、私がホームランか確認した時、ボードに当てたのかって聞いてきましたよね?」


「?うん、聞いたね」


「それってちゃんと見てなかったってことですか?」


「……イイフォームダッタネ」


「やっぱり見てないじゃないですか!」


 私が目線を逸らしながら誤魔化すも、牡丹にはバレてしまったようだ。牡丹はバッターボックスから出ると、私の背中をぐいぐいと押してバッターボックスへと押し込む。


「次は愛純さんの番です!」


「え、私はいいよ」


「ダメです!私のホームランを見てなかった罰です!」


「ええー」


 私は文句を言いながらも牡丹からバットやヘルメットを受け取りバッターボックスに入る。あまり気乗りはしないが、罰なら仕方がない。

 スクリーンに映る投手の動きに合わせて放たれたボールにバットを振る。予想通り、私のバットはボールにかするだけに終わる。


「ああ、惜しい!」


 後ろの方から牡丹の悲鳴が聞こえてくる。その後も、かすったり当たったりするもののなかなか長打にはならずに私の番は終わってしまった。


「どれも惜しかったですね」


「まあ、こんなもんでしょ。何年もやってなかったし、筋力も昔より落ちてるし」


 昔たまたまバッティングセンターに行く機会があったが、その時はホームランのボードに当てれずとも奥のネットまでは飛ばせていた。長期間やっておらず、三年もまともに運動してなかったら昔のように飛ぶわけがない。


「逆に、牡丹は結構飛んでたね」


「お菓子作りに筋力は不可欠ですから」


 そう言って腕まくりをしてガッツポーズをとる牡丹。確かに生地をこねたりで筋力はいるのだろう。思っていたよりも意外と逞しいようだ。

 そういえば牡丹の家で捕まった、結構な強さで抱きしめられてた気がする。朝真恋に押し倒されたことしかり、私は周りと比べても結構筋力がないのかもしれない。


「それはそうと、バッティングでは愛純さんが楽しめなさそうですね。他のものにしましょうか」


「いいよいいよ、牡丹がやりたいものやりな」


「それなら尚更です。私は愛純さんと一緒に楽しみたいんですから」


 私のことを聞いた牡丹は私の手を握ってそう言ってくる。私は子供みたいにはしゃいでいる牡丹を見ているだけでも結構楽しいのだが、牡丹は私と一緒に遊べるものがいいようだ。


「そうですね……ボウリングとかどうですか?私、ボウリングもやったことないんです」


「ボウリングなら私もできるよ」


「それじゃあ行きましょう!」


 私の答えを聞いて牡丹は私を引っ張りながら移動する。牡丹の足は少し駆け足で本当に楽しんでいることがわかる。私も牡丹と一緒に楽しみたいが、ストーカーの心配がある。そう考え私は再びストーカーの隠れた柱の方へ視線をやるも、そこには例の影はなかった。


(あれ?もう帰ったのかな?)


「牡丹、ちょっとトイレ行ってくるね」


「わかりました。それじゃあここで待ってますね」


 私は一度牡丹に断りを入れてそこから離れる。トイレに行くふりをしながら周囲を見渡すも、ストーカーの影は見当たらなかった。


(まあ、何もしてこないならストーカーは今はいいかな。牡丹が楽しめるのが最優先)


 そう考えて私はもういなくなったストーカーに対処することは後回しにすることにした。一応警戒は続けるけど、それ以上こっちからは何もしない。

 そう結論づけ、私は牡丹の元へ戻る。


「あれ?早いですね。トイレに行ったのではなかったのですか?」


「ん?言ったけど?」


「そうですか?なら早く行きましょう!」


 早すぎる私の帰りに牡丹は疑問を感じていたが、楽しみが優ったのかそのことはすぐに流された。私たちはその後色々な施設を回り楽しむことができた。


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