第10話 シスコン姉妹は度が過ぎる
私は少し長めにシャワーに当たり、心臓と心を落ち着かせてからリビングへと戻ってきた。
「あ、上がったよ真恋」
「朝ご飯準備できたから、座って待ってて」
「うん……」
真恋にそう言われ、私はリビングのテーブルに着く。今の所匂いについて何か言及されそうな気配はない。アレだけ深呼吸をしてから出てきたというのに、私の心拍数はすでに上昇気味だった。
「はい、お姉ちゃんどうぞ」
「あ、ありがとう」
なるべく平常心を保ちながら待っていると、真恋が朝食を持ってくる。お皿の上に載っていたのは、ウインナー、スクランブルエッグ、サラダ、トーストと洋風なラインナップで、テーブルにはジャムやバターが置かれていた。
「お姉ちゃん飲み物どうする?」
「それじゃあ、ブラックで」
「じゃあ私はカフェオレかな」
そういうと真恋は戸棚からインスタントコーヒーを取り出しマグカップとビーカーにそれぞれ入れると、あらかじめ電気ケトルで沸かしていたのであろうお湯を注ぎビーカーの方に牛乳を混ぜた。
「あ、ごめん真恋、家のマグカップ一個しかなくって」
「大丈夫だよ、それに今日はそういうのを買いに行くんでしょ?」
「そうだね、コーヒーありがとう」
「どういたしまして」
私はコーヒーを受け取り一口含む。コーヒーはいつも自分で作るカフェインを取るだけのものとは違い程よい苦みを含んでいる。そういえば昨日真恋に作ってあげたカフェオレは苦過ぎやしなかっただろうかと考えながら、続いてトーストへと手を伸ばす。トーストは程よい焼き加減に仕上がっており、一口齧るとサクッという小気味良い音がなる。ちなみに私はトーストにはバター派だ。
「!このトーストいい感じに焼き上がってるね!」
「でしょ?結構自信作なんだ♪」
そう言って真恋はたっぷりとりんごのジャムを塗ったトーストを口に含んだ。その様子を見ていると、私の視線に気づいた真恋がトーストを指差しながら聞いてくる。
「お姉ちゃんも食べてみる?」
「え?いいよ、私もトーストあるし」
「でもお姉ちゃんいつもバターじゃん、たまにはジャムで食べてみたら?」
そう言って真恋はトーストを差し出してくる。すでに昨日、ケーキにて同じ状況を体験していた私は、多少躊躇しながらも真恋の手からトーストを齧る。
「……美味しいけど、やっぱ甘いね」
「う、うん、確かに甘いかも」
「どうしたの、真恋?」
「いや……まさかそうくるとは思ってなかったから」
最初は真恋の言葉の意味がわからなかったがすぐにそれを理解し、私はすっトンような声を上げる。
「……え!?そういう流れじゃなかったの?」
「ち、違うよぉ」
「でも昨日はあーんって」
「それは私から仕掛けたからで、逆に仕掛けられるのは予想外で……うぅ」
どうやら私は知らず知らずのうちに反撃を仕掛けていたようだ。今の真恋は、昨日私が感じたような背徳感を感じているのだろう。予想外のラッキーに私は、見るからに狼狽している真恋へ追撃を仕掛けることにした。
「へぇ、昨日はあんなに積極的にしてきたのに、自分がされるとそんなになっちゃうんだ」
「っ!」
「真恋はお姉ちゃんに攻められてたじたじになっちゃうんだ。かわいいね♡」
私がそうやって攻めていると、真恋は吹っ切れたように大声を上げ、攻めに回る。
「そ、そこまでいうなら!お姉ちゃんはあーんしても照れたりしないんだよね!?」
「へ?ま、まあね」
嘘だ。つい昨日、真恋にあーんした際にドキドキしていた。虚勢を張っていると、真恋が先ほどのお返しとばかりに追撃を仕掛けてくる。
「じゃあお姉ちゃん、今からあーんしてよ」
「い、いいよ?」
「昨日みたいなのよりもっと攻めた感じじゃないとダメだからね!」
「攻めた感じって……」
真恋の言葉を聞き、どうしたものかと私は悩む。先ほど隙を突けたと思ったら、踏み込み過ぎてしまったのかすでに形勢は逆転している。もう一度覆すにも、昨日と同じあーんじゃ意味を成さないだろうし真恋の要求にもそぐわない。
「……じゃあ行くよ」
「……う、うん」
私は左手にトーストを持つと、半ばヤケクソで
「っ!」
真恋の体が強張るのが右手越しに伝わってくる。その感触に手応えを感じ、トーストを持った左手を真恋の口へと近づける。それと同時に、右手を使って真恋の口を開けさせる。
「はい、あーん♡」
「は、はへ」
私は真恋の目を見つめながら、なるべく優しく、それでいて妖艶さを醸し出しながら真恋に合図をする。真恋はそれに、惚けたような声で返す。素人の私が色仕掛けなんかして効果があったとは思えないので、私が口を開けさせているせいで声を出せないのだろう。
トーストが口の中へ入ったあたりで、私は右手の力を緩める。真恋はトーストを口に含むと、数噛みほど咀嚼しトーストを飲み込む。トーストを飲み込んだのを確認した私は、真恋の口を再び右手で開く。
「美味しかった?」
「ひゃい」
再び口を閉じるのを封じられた真恋は、その口を常に開いたまま私の方を向いている。私の視界からは、その小さな口の中までしっかり見え――
「ほへえひゃん、ほっほひょうはい」
「っ!」
私は真恋から飛び退いた。一見すれば私が一方的に真恋を攻めていたように見えただろうが、実際にはそうではない。真恋がトーストを咀嚼したり飲み込んだりした時、右手へ伝わってきた感触が私の理性をすり減らしていった。そんな中、トドメの一撃とばかりに視界に飛び込んできた真恋の口により、私のギリギリで繋がれていた理性が吹き飛ばされそうになったのだ。私はすんでのところで真恋から飛び退き、なんとか理性を保ったが、もしあのまま離れなかったら――
一度深く深呼吸をし真恋の方を見ると、真恋は口を開けたまま目を潤ませ、名残惜しそうな表情をしながらこちらを見ていたが、しばらくしてからハッとしたように表情を取り繕った。
「……ねえ、真恋」
「何、お姉ちゃん?」
「今の、なかったことにしない?」
「……うん、そうだね」
「ご飯、食べよっか」
今の私たちは、明らかに姉妹としておかしかった。だから私は、今の出来事に蓋をすることにした。
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