エドワード探偵事務所とカニバリズムの少女

埴輪メロン

第一話

『エドワード探偵事務所』

 そう安っぽい看板で飾られた小さなレンガ造りの小さな家。

 その家を組んでるレンガは所々かけており、その壁には大量のツタが覆い茂っているため、一見するとただの廃墟で、そこが未だに探偵事務所として機能していることを知っているのはごく一部だけである。


 そんな廃墟...探偵事務所の中で優雅に煙草をふかしながら新聞を広げる一人の若い男がいた。

 その男は名探偵気取りか常にスーツを着ており、外見とは180°違い埃一つない整った部屋ではとても絵になっていた。


 まぁ、その男がスーツを着崩していなければ、の話だが...


 男の名前はエドワード・ジャック。しがない個人経営の探偵である。

 性格以外は世界有数の腕前と揶揄されるほど、数多の事件、依頼を解決してきたのだが、最初にも書いた通り性格には難があり、本人も紳士なんてクソッタレな言葉はママの腹の中に置いてきた、と自負しているほどである。

 

 そんな彼には洞察力も、推理力もない。

 しかし、その代わりものすごく腕っぷしが立つのである。

 だからどの事件も力技で解決することがほとんどで、次第に力でしか解決できないような事象ばかりが舞い込んでくるので、それ故数多の事件を解決した功績を得られたのである。


「...なんだか誰かに俺の悪口を言われた気がするが」


 そう言ってジャックは新聞から顔を離す。

 流石ゴリラ。勘だけは侮れないのである。


「ぶえっくしょい!!...寒いからか?最近はどうにも冷え込むのが畜生に早い」


 ジャックは新聞を置き、煙草を灰皿に置くと着崩したスーツを着なおした。

 ――これで少しは寒さもましになるだろう。


 瞬間、玄関のベルがカランカランと乾いた音を鳴らし、来客を知らせる。


「エドワードさんはおるかい?」

「ああ、いるぞ。入りな」


 そういうとゆっくり玄関の方から気弱そうな老人がゆっくりと顔を出した。


「ほら、水の一つも出せねぇが座りな」


 そう言ってジャックから机をはさんで前にある革の名がソファを顎で指すと老人はゆっくり腰かけた。


「で、用件はなんだ?老い先短いから人生相談か?生憎だがここは葬儀屋じゃねぇ。遺産をエドワード・ジャックに託すって話なら喜んで聞くがな」

「...エドワードさん、あんたは大層腕が立つと聞いてる」


 爺さんはジャックの軽口を無視すると無理矢理に要件に入り始めた。

 ジャックはつまらなさそうに「ジャックでいい」というと姿勢を直し、老人の話を聞く体制にする。


「ああそうだな。俺は腕には自信がある。その代わり推理なんて頭のいいことはできねぇがな」

「...」


 爺さんはためらうようなそぶりを見せ、口ごもる。


「なんだ?人殺しか?」

「あ、ああ。まぁそうかもな。いや、そうだ」


 爺さんは決まり悪そうに首肯して見せた。


「おいおい!!あんた目は見えるかい?字は読めるかい?ここは探偵事務所だ。マフィアのねぐらでもなければ殺し屋の隠れ家でもない!俺は腐っても探偵だ!」


 ジャックは苛立った声で老人に「もううんざりだ。帰りな!」というとくるりと踵を返し、台所の方へ珈琲を淹れる為向かった。

 というのも、ジャックが腕っぷし立つ、といううわさ話が流れたようになってから殺人の依頼というのは少なくなかった。その度に怒鳴り突っ返すのだが。

 ――俺は探偵だって言ってんだろ!!看板が読めないのかあの阿呆共は!!

 そう心の中で悪態をつきながら珈琲を淹れる準備をする。


「まってくれジャックさん!!これは真っ当な探偵への依頼だ!!」

「ああ!?うるせぇよ!俺は腐っても探偵!人殺しならそこらの殺し屋に大金払ってやってもらってこい!!」

「違うんだ、あんたにしかたのめない」

「あんましつこいとあんたを今ここでミンチにしてやってもいいんだぜ?無理だ。拒否!!帰んな」


「アルフェド家だ」


 老人がその名前を口にした瞬間、ジャックは怒鳴るのをすんっと止める。代わりに出たのは素っ頓狂な声だった。


「...へ?おい爺、何家だって?」

「アルフェド家だ。アルフェド家に...」


 ジャックは珈琲の準備を即座に止め、手早くティーカップに紅茶を淹れる。

 そのまま老人の前に紅茶が入ったティーカップを置き、机に手をついた。


「...詳しく聞こうじゃねぇか。砂糖は入れるか?」


 それはジャックなりの依頼承諾のサインだった。


 ――アルフェド家。それは堅気の、善良な市民なら生きてる間で耳にすることはほぼないだろうであろう完全に裏の家業の一家で、逆に裏の世界に足を少しでも踏み入れた人間なら知ってる、いや、知るべき存在だ。知っていないのならば必ず死ぬ。

 そういう存在だ。

 まぁ、簡単に言ってしまうのであれば縄張り意識が半端ではなく高い蜘蛛といったところか。何も知らずネットに侵入しようものならば命はもうない。


「...近頃、ここらで少女連続誘拐事件が起きてるってことは知ってますか?」

「ああ知ってる。近頃、ここらでド変態ロリコン野郎共が潜んでるって話だろ?この前俺のとこにも依頼が来た」


 ジャックはそう加えると、老人は驚いたようにジャックに迫っていった。


「そいつは捕まえたのですか!?」

「まぁな。ロリコン野郎の癖して手強かったが」

「それは当然です」

「...というと?」

「この一連の事件はアルフォド家の仕業なんです。多分、ジャックさんが捕まえたのもアルフォド家の下っ端でしょう」


 知ったように話を進める老人を脇目に、ジャックは即席で入れたインスタントの不味い珈琲を飲んでいた。


「そして、ここからが本題なんですが...」


 老人はそう言うと、懐から一枚の写真を取り出し、ジャックの前に差し出した。


「...アルフォド家の名前が出たあたりから碌な依頼じゃねぇってことは理解していたが」


 差し出された写真に写っていたのは金髪のキレイな10歳くらいの小さな女の子が綺麗な部屋で綺麗に着飾って取られた写真だった。


「この娘を殺してほしいのです」


 老人の写真の説明からは期待通りの言葉が帰って来たのだった。


 ジャックは珈琲を机に置き、腕を組むと「都合のいい人間ってことね...」とポツリと呟いた。


「もう一度言うが、うちは殺し屋じゃない。それはわかってるな?」

「...ええ」


 返事には間があったが、こいつ本当か?


「...で、なんでこの娘を殺んなきゃいけないの?」

「この娘が少女連続誘拐事件の鍵だからです」


 そう言うと老人は懐から一枚のメモを出してきた。


「『9月18日 それにしても彼女はよく食べる。あの可愛らしい見た目からは考えられないグロさだ。見ていて吐き気がしてきた...』...なんだこれ」

「今アルフォド家で秘密裏に進められていることの全貌とも言えるメモです」

「はぁ。俺の読解力が正常なら唯の食いしん坊の世話役の小言にしか見えねぇが」

「ここで喰われているのは

「...食人カニバリズム、ってことか」

「ジャックさんは誘拐された少女が世間一般へ...表向きではどうなるか知っていますか?」

「...ふーん、そういうことか。確かに...俺への依頼だな」


 ジャックは楽しそうに笑った。





 つまり、概要はこうだ。

 写真の少女に捧げるため、町から少女がアルフォド家によって無差別に連れ去られてる。だから、その大本、喰いしん坊の少女を抹消してしまえば少女を連れ去るのもやめるんじゃないか...って魂胆だ。

 何にせよ、なんのつもりかわからないが人間をよく喰う人間だ。そんなモンスター、消すのに越したことはない。


 ただ...一つ気になることがある。

 あの老人は何者か?

 そんな、食人なんて怪奇じみたことをアルフォド家がそう安々と公表することは人間としてないだろう。だってそれは神にまで背く行為なのだから。

 ...まぁ、別に今更だ。俺も探偵の端くれ、個人様の秘密は深掘りする気はないがな。



 ジャックは部屋の角に自然においてあった白いタンスを開けると、ハンガーに1着の冬用コートがかけてあり、その下にはロッカーの下4分の1は占領する、大きな鉄製の金庫が置いてあった。

 ジャックは手慣れた手つきで金庫のロックを解除し、ロッカーを開けると、そこには大量のナイフと銃、そしてその弾丸が置いてあった。

 金庫の壁にかけてあったホルスターを取り出すと、ジャケットを一旦ぬぎ、手早く装着する。そこに一丁のハンドガンを入れ、腰には普通のサバイバルナイフよりふた周りも長いナイフを腰に装着する。

 そして、もう一度ジャケットを羽織直すと、身につけた装備は全て隠され、またよく見る紳士の格好に戻った。




 準備は整った。

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