私は吸血鬼の牙を飲み込んだ

藤泉都理

私は吸血鬼の牙を一本飲み込んだ




 生え変わったので抜け落ちた古い牙を手渡されたのは、何年前だっただろうか。

 お守りだと、手渡されたのは、たったの一つ。

 牙がもう抜け落ちなくなったのか。

 一つだけ渡せば十分だと考えたのか。

 まあ、一つだけで十分だと思ったので、疑問も催促もあいつには言わなかった。




「なあ。これ。おまえが死んだらやっぱり灰塵となってすぐに消えるのか?」

「ええ。消えますね」

「そうか」


 人差し指と親指で挟んだ牙で満月を真っ二つに割りながら、人間は吸血鬼を一瞥した。

 いつもはすぐに回復する吸血鬼も今回はかなり苦戦していたので、治りが遅いのだろう。

 血や痣や腫れなどの戦いの痕が、まだ身体に色濃く残っていた。

 それが原因だろう。

 吸血鬼も死ぬ可能性があるのだと、初めて実感したのだ。

 人間の自分よりも早く死ぬ可能性があるのだと。

 初めて実感して、つい、惜しいと思ってしまったのだ。

 この牙が灰塵となって消えてしまうのが。


「常日頃肌に触れていたから、愛着を持ってしまったのかねえ」

「何て」


 言ったんですか。

 人間の呟きを聞き取れずに疑問を投げかけようとしたが、吸血鬼は目をむいて違う言葉を叫んでいた。


「っちょ!何をしてるんですか!?」

「あ。わりい。お守り喰った。けどまあ、身体の中に………いや。クソしたら身体の中から出てくるか………わりい。もう一つ、牙くれ」

「いやいやいや。え。あげるのはいいのですけど。どうして食べたんですか?」

「あ?ああ。まあ。食べたい気分だった?」

「首を傾げないでくださいよ。まったく。吸血鬼の牙を飲み込むなんて。心身に異常を来したらどうするんですか?」

「おまえと一緒に旅をしている時点で覚悟はしてるっつーの」

「………とにかく。もう牙は飲み込まないでください。いいですね?」

「ああ。わかった」

「………両の手を差し出されても困りますよ。自由自在に牙を抜け落とせないんですから」

「そうなのか。わかった。じゃあ、抜け落ちたらくれ。また首から下げておくから」

「わかりました。まったく驚きすぎて傷が消えましたよ」

「幸運だったな」

「そうですよ」

「あ?」

「幸運をもたらすあなたには長生きしてもらわないといけないので、変な事をしないでくださいね」

「………おまえの怪我も治ったみたいだし行くか」

「え?何ですか今の間は。え?まさか牙を飲み込む以外にも。もしや私が吸血鬼狩人と戦っている時に何かしでかしたんですか?」

「てへ」

「てへ。じゃありませんよ。あ。ちょっと!」


 てへてへてへと笑いながら身体を横に向けては両腕を大きく左右に振るという奇妙な姿勢で走る人間を、まだ癒えてない身体を押して追いながら、吸血鬼は心を飲み込めてよかったと思った。




(牙を飲み込んでもらえて嬉しかった。なんて、死んでも言えませんよ)











(2023.11.25)


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