うんこマンLv100

三二一色

第1話 亡国の英雄

この世の地獄というものを、経験したことはあるだろうか?




人間、生きていればつらいことはいくらでもある。

それは、生まれも性別も職業も何も関係ない。

平民であっても、騎士であっても、貴族であったとしても。

男であっても、女であっても。

人生の紆余を曲折を経験し、人生に折り合いをつけた老人であったとしても。

酸いも甘いも経験し、妥協を見出した中年であっても。

まだ生まれて間もない子供であっても、辛いと感じることなどいくらでもあった。

「まるで『地獄』だ」と考えたこともあるだろう。



そう。

この場にいる人間は、今等しく同じ思いを抱いていた。

これは『地獄』だと。






フンボルト王国は、この日。

滅亡の危機に瀕していた。



フンボルト王国 王都ウォシュレト

大陸の端にあるこの地は、ベンピン山脈が自然の防壁となり、他国との交流が乏しいが故に戦になったことは多くない。

由緒正しい華の都として栄え、その古くからの歴史を感じさせながらも美しい石畳の道が続き。

名のある老舗がいくつも店を構え、新旧様々な建物が所狭しと並んでいた。

観光のために訪れた他国の人間や旅人が、その年代の深さに思わずため息を漏らすほど。



が、それも随分と昔の話だ。



今は各都市や村の生き残りが路上で所狭しと転がり、半壊した家屋や店舗がそのまま放置されている。

比較的無事な建物の中は、病人や怪我人がすし詰めとなっており、しかし治療できる人間の絶対数が足りていない。

多少血が出ている程度ならば怪我人とはみなされず、身体のあちこちに血の滲んだ薄汚い包帯を巻いた兵士が、歯を食いしばり弓を握りしめる。

死体を荼毘にする暇すらなく、あちこちに放置されており、中には異臭を放っているものすらあった。


しかし、これですらまだマシなほうの光景だ。

地獄にはまだ、生ぬるい。

真の地獄は、兵士たちが詰めている王都の城壁、その向こうにある。

もはや負傷していない兵士のほうが少ない有様だが、彼らは一様に懸命に弓を引き、あるいは瓦礫や石ころを力の限り投擲する。



城壁の向こうには、夥しい数の魔物の姿があった。



魔物の種類は千差万別。

村の力自慢程度でも余裕を持って討伐できるような小鬼人ゴブリンたちもいれば。

騎士団でも上位の武勇を誇る者が、命を懸けて戦わねばならない悪魔人デーモンまで。

何の関連性もない彼らは、しかし一つだけ共通点を持っている。

彼らは全員、魔王軍の兵たちなのだ。



かねてよりこの世界では、人間と魔物が争っていた。

人間と魔物は言葉こそ通じるものの、風習や倫理観、価値観、宗教観、何もかもが違う者同士であり、決して相容れることはなかった。

生存圏が同じであることも災いし、衝突することもしばしばあったが、人間も魔物もそれぞれが一枚岩ではないこともあり、今までは小競り合いに毛が生えた程度で済んでいた。


しかし、魔王の登場により事態は急変する。


圧倒的な武勇と、そして主君としての風格カリスマを併せ持つ魔王は、その千差万別な魔物たちを纏め上げ、統一を成し遂げたのだ。

そして魔王軍を設立し、人間たちの国家群すべてに宣戦を布告。

人間と魔物の、全面的な戦争に突入する。


人間か魔物か、どちらが生き残るかの戦い。

終始、魔物が優勢であった。

そして数年以上続いた戦の結果、人間の国家は残すところ、屈強な騎士団を有する軍事国家ゲリデルン帝国と、大陸の端にあるフンボルト王国の2つのみとなっていた。



「がっ!」


城壁で弓を射っていた兵士の胸に、魔物の放ったクロスボウの太矢ボルトが突き刺さる。

なけなしの鎧を着こんでいたが貫通し、彼はそのまま城壁の後ろへと倒れ伏し、動かなくなる。

が、それでもまだマシなほうだ。

撃たれて魔物側に落ちた兵士は、怪魔人トロールがその身体を掴み、その剛腕をもってのだ。

城壁には無数の赤黒く悪臭を放つシミがいくつも出来上がっていた。




「くそっ!くそくそっ!」

「死にたくねえよぉ!」


兵士たちは泣きべそをかきながら、必死になって弓を射ち、石を投げる。

魔物の数は尋常ではない。

王都の城壁をぐるりと完全に包囲しており、鼠一匹逃げ出すことすら叶わない状況だ。


狙いをつけずに適当に弓を放っても当たりそうなほどの密度。

これだけの魔物に囲まれていながら、しかし王都はまだ陥落せずにいた。

だがそれは、王都の守りが頑強で、魔物が攻城に手を焼いているから、

末端の兵士たちですら、十分理解している。

魔物が本気で攻城するつもりなら、どれだけ必死に抵抗したとしても、半刻はもたないだろうと。

では何故、フンボルト王国は未だに攻め落とされていないのか。


単に魔物側のだ。

どうも魔物側の総大将に、魔王の娘がつくらしい。

このフンボルト王国の落城を娘の手柄にしたい、というだけの魔王の我儘だ。

ただそれだけの理由で、フンボルト王国は、生き永らえることを許されていた。


もはや魔王軍にとっては消化試合なのだ。

このフンボルト王国との戦など。





「勇者さま!こちらへ!」


半狂乱になっている兵士たちの耳に、老人の声が聞こえる。

振り返れば、そこに居るのはこの国の宮廷魔導士であるベンジャミン公爵。

フンボルト王国でも最上位の魔導士である彼は、豪奢な法衣ローブをしかし、今は血と煤で汚している。


そして彼に連れられているのは、見たこともない装いを身にまとった少年の姿だ。

腕は細く、爪は小ぎれいで、顔に傷の跡すらない。

今まで籠の中で保護されながら暮らしてきたような、あまりにも貧相な男。

それが勇者とは何の冗談だ、と毒づく兵士たちを尻目に、勇者と呼ばれた少年は城壁に立たされる。



「私は防御魔術を張ります、勇者さまは、攻撃を!」


ベンジャミン公爵が、叫ぶと同時に手にした杖を掲げる。




「“人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり”……【鋼要群貫プロテクション】!」



ヴン!という鈍い音と共に、目の前の空間が微かに歪む。

魔王軍から放たれたクロスボウの太矢が飛来するが、その空間にあたるとギンッ!と金属音をたてて弾かれた。

勇者と言われた男は悲鳴を上げるが、しかし太矢を数発弾く様子を見れば落ち着きを取り戻したようだった。



「勇者さま!長くはもちませぬ!どうか今のうちに、攻撃を……!」



杖を掲げるベンジャミン公爵が顔を歪める。

その言葉に、勇者はハッと表情を変えた。

何度も周囲を見渡す。

そして歯を食いしばり、カッと目を見開いた。



「わかりました、やります」


先ほどとは打って変わった、覚悟を決めたその顔つきに、思わず兵士らですらも息を呑む。

彼らのことなど気にも留めず、勇者は素早く自身の腰に手を当てる。

そして思い切り、一息に、自身のズボンをズリ下げた。




パンツごと。




あまりの出来事に、沈黙が周囲を支配した。

そして尻を向けられた魔王軍側さえも、笑い声の一つも上がることなく、ただ静寂に包まれた。

野次が飛んできたり、罵倒されるようなことすらない。

極限状態で頭が可笑しくなった、と言われれば何となく納得してしまいそうではあるが。

実際にそれを見せつけられても、困惑するしかなかったのだ。


だが、それも虚を突かれた一瞬だけのこと。


現実を脳が嫌々ながらも理解してきたころに、兵士からは罵倒が、魔王軍からは侮蔑と嘲笑が上がる。

だがそれが、勇者へとと毒よりも先に―――



「『糞射出ボッシュート』―――!!」



ズババババババババッ!


どこか小気味のいい音が、勇者の尻穴から響いた……と、思った瞬間。

そこから射出された細かな糞便が、眼下の魔王軍の魔物らへと、音よりも素早く到達する。

鎧を着ている者はその鎧ごと、鎧よりも頑強な皮膚や外骨格や鱗を持つものでも区別なく。

硬くはなくとも、一息で傷口が塞がれるほどの圧倒的な再生力を持つ魔物でも関係なく。

射出された糞便は魔物らの身体を貫き、魔物の身体を引き裂き破裂させる。

腐った果物のようにまき散らされる肉片や骨片がその周囲にいた魔物らに飛散し、さらなる被害を齎す。

一瞬遅れてやってきた衝撃波ソニックブームが、まだ生き残っていた魔物に止めを刺し、まだ無事だった魔物を吹き飛ばし切り裂き捻じ伏せる。


糞便の飛来は数秒間であっただろうか。

それが終わるころには、ただ肉と糞と血だまりだけが残った、それなりの広さの空間が、魔王軍の軍勢の中に出来上がっていた。




「は?」


それは罵倒しようと、なんなら手にした武器で殴打しようと身構えていた兵士らの声だったのか。

それとも、嘲笑の表情のまま、その光景を間近に見せつけられた魔王軍の魔物の声だったのか。

いやいや、防御魔術を張っていたベンジャミン公爵だったのか。



まさか、これを引き起こした勇者うんこマンのものだったのか。




「は?」


それが解る前に、静寂は、悲鳴と怒号と歓声に破られた。



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糞射出ボッシュート

糞便を固めたものを射出する。【うんこマン】の基本となる攻撃スキル。

スキルレベルが上がると威力、射程距離、連射性能、発射速度が上昇する。

なお、このスキルに限り、スキルレベルに上限が設定されていない。

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