第91話 青春二才 ーアオニサイー(1)

 地区大会1回戦。


 地区大会が行われる隣の県の競技場は内陸にあって肌寒い。その分、つんっと空が尖るように青い。遠くの山並みの上の方に低い雲が陣取っている。


 緑の芝生のピッチで、青い空の下、すずの朱色のユニフォームは目立っていた。

 敵のチームは、初めて試合をする相手で、ユニフォームは、赤地に青と白のストライプで、見慣れないトリコロールカラーだ。それに、ここは彼女たちの地元でもあって、父兄だけでなく学校から応援団が揃って来ていた。


 強そー


 涼は敵とその応援団からの圧力を感じる。

 しかし、いつも通り、程良い緊張感があるだけだ。

 両手を広げたり、高くジャンプしたりして、ゴールの大きさを確かめる。どのピッチでもゴールの大きさは変わらない。自分の守備範囲はいつだって同じ大きさだ。だから、必要以上に緊張する必要はない。そして、いつものルーティーンで、羽根のように両腕を広げてからパンっとグローブを付けた両手を打ち合わせた。


 それから、右前に立っているS Bサイドバックまさに目を向けた。

 すると、同じタイミングで雅も涼を振り返り、涼の視線に気付くと、ニコリと微笑んだ。半円の目。

 今は穏やかな、あの笑顔がキックオフと同時に獰猛になる。

 それが楽しみだ。



 高いホイッスルの音がして、ボールが動き始める。

 緩んでいた空気の糸がピンっと張った。




 _____




 チームの力は均衡している。

 どちらも県代表であることに変わりはない。

 一進一退、押したり引いたりだ。どちらもシュートを打つことができずにいる。


 前半の涼は、時々バックパスで戻されるボールを蹴るくらいしか仕事がないような状態だった。少し前なら、いつボールが来るか分からなくて、不安と緊張感で落ち着かなかった涼も今は少し変わった。


 ボールを目で追うだけじゃダメだ。目一杯視野を広げて、どの選手がどう動こうとしているか、目の前の敵味方20人をしっかりと見ていなければならない。


「今日は一段とすごいなあ、原先輩」

 涼が小さく呟く。

 チームの方向性を決めているのは原先輩だ。

 引くのか攻めるのか。

 飛び出そうとする後藤ゴトゥーを目と表情で抑え、目線と腕と短い声で雅たちを動かす。もちろん、原先輩自身もよく動いている。今まで見た中で一番よく動いているように見えた。


 頼りになる背番号10の背中。



 キャプテンマークこそ、次の主将の2年生に譲ったが、やっぱり3年生の主将が本当の主将で、それは原先輩しかいないと思った。




 今日、負けたら、あの背中も見納めだ。

 原先輩だけじゃない。3年生みんな。……やだな。


 涼の胸がキュッと締め付けられる。


 ダメだ、ちゃんと試合に集中しよう、


 涼は首をぶるんと首を振って、前を睨みつけた。そして、雅の背番号7を見付けて、頭の中のカメラでシャッターを切る。あの7番が涼の気持ちをリセットして程良く緊張させる目印になっているからだ。

 雅と一緒にピッチに立つこと、二人でサッカーをするということを思い起こす。



 C Bセンターバックの先輩からバックパスを受けると、敵のFWフォワードGKゴールキーパーの涼の前に走り込んできてプレッシャーを掛けてくるが、慌てずに右前にいる雅にボールを回す。

 そう簡単に敵にボールを渡すわけにはいかない。


 雅が右サイドを駆け上がり、サイドチェンジで左サイドにいる2年生にボールを回す。そこから出たパスを原先輩がもらってゴールに向かっていく。

 裏に入っていく後藤が見えているだろうと涼は思ったが、原先輩は後藤ではなく、あえて別の人にパスを回して、またパスを受け取り、そのワンツーから見事に敵を出し抜いてシュートする。


 お見事!


 反対側の涼から見ても、完璧なシュートからゴールが生まれた。

 後藤が何かを言いながら、原先輩に抱きつくのが見えた。




 _____




 後半も雅が起点となってチャンスを作る。


 雅がドリブルから前にいる後藤にパスする、のをやめて原先輩にヒールキックでボールを回す。

 原先輩が蹴ったミドルシュートはゴールポストに当たるが、そこに後藤が飛び込んでヘッドでボールをゴールに落とす。


 雅、後藤、それに原先輩のアイコンタクトが良すぎる、絶好調だと涼は感じた。

 

 残り30分は落ち着いて、前線を少し下げ、守備を固めた。

 そのせいで、涼の出番がほとんどない。


 キーパーの出番がないということは、それはそれで良いことだ。

 それでも油断は禁物だ。

 集中力を80分キープする。

 それが今日の涼の仕事ということになる。



 試合開始時には、ほとんど差がないと感じた1回戦だったが、蓋を開けてみれば、3ー0の完勝だった。


 全国大会まで、あと1勝。




 _____





「陽湘、1回戦で負けたって!」

 更衣室に2年生の声が響いた。


 陽湘大学附属高校。


 スポーツ名門校で、涼たちの県のあらゆるスポーツを牽引している。中でもサッカー部は全国大会の出場権を独占してきていた。

 その陽湘が早々に敗退した。


 さっきまで1回戦突破で盛り上がっていた更衣室がしんっと静まりかえった。


「ちょっと待った♪」「待って!」

 後藤と原先輩の声が揃ったので、みんなが二人を見る。

「お、ゴトゥー、私の言いたいこと代わりに言ってくれんの?」

 原先輩が後藤の頭を抱えた。

「あたしが言いたいのはぁ、陽湘はー関係ないってことー♪ 」

「お、珍しく気が合った、偉いぞ、ゴトゥー」

 原先輩はそう言って後藤を褒めて、なぜか頭頂部に拳骨を入れた。

「ぴぎゃ!」

「……ゴトゥーの言ったとーりだよ、みんな。うちら、初めての県大会代表で、初めての地区大会じゃん。陽湘の心配してる余裕なんてないよ」


 原先輩は一回だけ息を吐いて。


「私たち3年生に一試合でも長く、ユニフォーム着させて、下さい」


 そう言って、原先輩は、みんなに頭を下げた。

 その言葉で、浮つき掛けたチームの気持ちがストンと落ち着いた。

 大事なのは、目の前の一勝だ。




 _____





 2回戦


 涼たち南高は敗北した。




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