第79話 ルーキー・イヤー(1)

 据え膳食わぬは男の恥、という言葉を聞いたことがある。



 西澤雅にしざわまさ、15歳。女子。

 据え膳になってしまったカノジョを前に固まってます、今。


 誰か助けて。

 どしたらいいか分かんないん!




 _____




 ことの始まりは、私以外の家族がお父さんの実家に行ってしまい、私が一人で留守番をすることになったこと。お母さんは、簡単に、「すずちゃんに泊まってもらえば」なんで言ってたけど、そんなに簡単な話じゃないん。


 だって、最近の私、涼にヨクジョーしてしまう。

 そんなこと、お母さんにも、それこそ涼にだって言えない。


 涼が家に泊まる?

 二人きり?

 もう、自分がどうなるか、分かんない、分かんないけど。



 二人だけになりたい。


 最初は、一人で留守番しようと思っていたけれど、結局我慢できなくて、バスの中で涼を誘ってしまっていた。


「い、行くから! わたし、雅んち、行くから」

 バスの中で涼が大きな声を出すので私はびっくりしてしまう。でも、涼も私と一緒で、二人になりたいと思ってくれてるみたいだった。

 涼はダッシュで家に帰って荷物を持ってくるって言ってて、なんか鼻息荒くて、コーフンしてる感じがして、それはそれでちょっと笑えた。


 涼の家の最寄りバス停はまだ少し先だ。私はバスを先に降りて、涼は1回家に帰って支度してから、またバスに乗ってうちの近くのバス停まで戻ってくると言う。

 待ち合わせの約束をして、私はバスを降りると、急いで帰宅した。

 涼が来るまで1時間くらいしかない。

 目に付くとこをちょっとだけ片付けて、それから家の空気を入れ替える。

 涼ん家は大きいから、うちがフツーのマンションなのが恥ずかしいような気もする。それに、私の部屋なんて、涼の部屋の半分くらいのスペースしかない。でもま、涼はあんまり気にしなさそうだからいいかな。自分の部屋に涼が来ることを想像すると、顔がカーッとしてきたので、頭をぶるんと振った。

 落ち着け、自分。

 それから、リビングと自分の部屋を見渡して、変なトコがないか確認してから家を飛び出して、またバス停に向かった。



 涼が右足を少し引きずりながらも、跳ねるようにバスから降りてくる。

「来たねー」

「うん、ここで降りるの初めて」

 いつもなら、このバス停で一人でバスから降りて、バスの中に残る涼を見送るのに、今日はここで涼を出迎えている。違和感あるけど、ちょっと嬉しい。


「うち、二階だから」

 なんだか試合よりも緊張してる自分に、内心で苦笑しながら、涼を家に案内する。

 ポケットから鍵を取り出して鍵を開けて、涼に聞こえないように静かにふーっと息を吐いた。緊張してるの、涼にバレてないといいな。何も気にしてない風を装いながらドアを開けた。


「ここが、うち。あがってよ。涼んちと比べると全然狭くて、しかも散らかってるけど、気にしないで」

「お邪魔しまーす」

 涼が誰もいない居間に向かって頭を下げた。いつもの直角お辞儀じゃなくて、軽く頭を下げただけだった。私以外誰もいないって涼も感じてるんだね。


 涼が家にいる。

 バス停で感じたのよりも強い違和感。違和感どころか、ちょっと現実とは思えない感じ。涼がうちに遊びに来るなんて想定してなかったけど、これからは増えたりすんのかな。


 だって、私ら、オツキアイしてるわけだし……。


 サッカーしか知らなかった私には、オツキアイを想像する力が欠けている。なのに、もっとくっつきたいとか、二人になりたいとか、熱ばかりが暴走してして、思考が行動に付いてかない。

 ボールを追っかけて走ってる時に似てるかもしれない。

 考えるより先に体が動いちゃってる、みたいな。



 涼は、リビングでキョロキョロしてる。

 やっぱり落ち着かないみたいで、私と一緒だなと思うと安心した。




 ______




 お母さんが用意しておいてくれた夕飯を温めて食べて、涼がお風呂に入ってる間に食器とかを片付ける。普段なら面倒臭い洗い物も、涼がいると、ちゃんとやろうと思うから不思議だ。



 涼がお風呂場から戻ってきた。

 入れ替わるように、自分がお風呂に入る。


 洗い場に、1本だけ、長い栗色の髪が落ちてる。涼のだ。

 1本だけ、ってことは、床に落ちた髪をちゃんと捨ててくれたけど、1本だけ残っちゃったってことかな。その1本をゴミ箱に捨てようとして、勿体ないように思ってしまったけど、やっぱり捨てた。



 お風呂から上がって、脱衣所で鏡を見ながら髪を乾かした。

 さっきから、鏡に映る自分の顔の唇に目が行くのは、キスを意識しているからだ。



 涼のせいで、私は変になる。



 リビングに戻ると、涼はテレビも見ずに、ソファーの上で片方の膝を抱えて座り込んでいた。痛めている右足は緩く伸ばされている。白くて長い足は、いつ見てもカッコいい。

「どしたん?テレビ、好きじゃないんだっけ?」

 私は、緊張を隠しながら、涼に声を掛けた。


 パッと顔を上げた涼が、目を見開いて、そのまま止まった。

「なん?」


 尋ねても、反応がない。

 と、思ったらじわじわと涼の顔が赤くなって、

「ちょ、ヤバい……」

 って呟いた。

「何が?何がヤバいん? 」

 私は、そう尋ねながら涼の隣に腰掛ける。

「…そのカッコ、肌色、多すぎ」

 涼はそう言って、私から目を逸らして、テレビの方を見た。

「肌色?」

 消えているテレビの真っ黒な画面には、並んで座ってる自分たちが映ってる。

「涼? 」

 体をソファーから乗り出すようにして、涼の顔を見た。

 涼の顔はすっかり赤い。

「ああ、なんていうか……。雅の、その格好」

「いつも着てるパジャマだけど」

 なんか変だろうか、いつも家で寝る時に着るパジャマにしているキャミソールの裾を引っ張って、そこに目を落とした。



「可愛すぎる」


 

 ソファに並んで座ったまま、横からぎゅっと涼に抱きしめられた。














★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆

 いつも「あがれッ」を読んでくださる皆さまのおかげで、「あがれッ」はカクヨムコン9の中間選考に残ることができました。

 本当に、ありがとうございました。


うびぞお(2024年3月)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る