第79話 ルーキー・イヤー(1)
据え膳食わぬは男の恥、という言葉を聞いたことがある。
据え膳になってしまったカノジョを前に固まってます、今。
誰か助けて。
どしたらいいか分かんないん!
_____
ことの始まりは、私以外の家族がお父さんの実家に行ってしまい、私が一人で留守番をすることになったこと。お母さんは、簡単に、「
だって、最近の私、涼にヨクジョーしてしまう。
そんなこと、お母さんにも、それこそ涼にだって言えない。
涼が家に泊まる?
二人きり?
もう、自分がどうなるか、分かんない、分かんないけど。
二人だけになりたい。
最初は、一人で留守番しようと思っていたけれど、結局我慢できなくて、バスの中で涼を誘ってしまっていた。
「い、行くから! わたし、雅んち、行くから」
バスの中で涼が大きな声を出すので私はびっくりしてしまう。でも、涼も私と一緒で、二人になりたいと思ってくれてるみたいだった。
涼はダッシュで家に帰って荷物を持ってくるって言ってて、なんか鼻息荒くて、コーフンしてる感じがして、それはそれでちょっと笑えた。
涼の家の最寄りバス停はまだ少し先だ。私はバスを先に降りて、涼は1回家に帰って支度してから、またバスに乗ってうちの近くのバス停まで戻ってくると言う。
待ち合わせの約束をして、私はバスを降りると、急いで帰宅した。
涼が来るまで1時間くらいしかない。
目に付くとこをちょっとだけ片付けて、それから家の空気を入れ替える。
涼ん家は大きいから、
落ち着け、自分。
それから、リビングと自分の部屋を見渡して、変なトコがないか確認してから家を飛び出して、またバス停に向かった。
涼が右足を少し引きずりながらも、跳ねるようにバスから降りてくる。
「来たねー」
「うん、ここで降りるの初めて」
いつもなら、このバス停で一人でバスから降りて、バスの中に残る涼を見送るのに、今日はここで涼を出迎えている。違和感あるけど、ちょっと嬉しい。
「うち、二階だから」
なんだか試合よりも緊張してる自分に、内心で苦笑しながら、涼を家に案内する。
ポケットから鍵を取り出して鍵を開けて、涼に聞こえないように静かにふーっと息を吐いた。緊張してるの、涼にバレてないといいな。何も気にしてない風を装いながらドアを開けた。
「ここが、うち。あがってよ。涼んちと比べると全然狭くて、しかも散らかってるけど、気にしないで」
「お邪魔しまーす」
涼が誰もいない居間に向かって頭を下げた。いつもの直角お辞儀じゃなくて、軽く頭を下げただけだった。私以外誰もいないって涼も感じてるんだね。
涼が家にいる。
バス停で感じたのよりも強い違和感。違和感どころか、ちょっと現実とは思えない感じ。涼がうちに遊びに来るなんて想定してなかったけど、これからは増えたりすんのかな。
だって、私ら、オツキアイしてるわけだし……。
サッカーしか知らなかった私には、オツキアイを想像する力が欠けている。なのに、もっとくっつきたいとか、二人になりたいとか、熱ばかりが暴走してして、思考が行動に付いてかない。
ボールを追っかけて走ってる時に似てるかもしれない。
考えるより先に体が動いちゃってる、みたいな。
涼は、リビングでキョロキョロしてる。
やっぱり落ち着かないみたいで、私と一緒だなと思うと安心した。
______
お母さんが用意しておいてくれた夕飯を温めて食べて、涼がお風呂に入ってる間に食器とかを片付ける。普段なら面倒臭い洗い物も、涼がいると、ちゃんとやろうと思うから不思議だ。
涼がお風呂場から戻ってきた。
入れ替わるように、自分がお風呂に入る。
洗い場に、1本だけ、長い栗色の髪が落ちてる。涼のだ。
1本だけ、ってことは、床に落ちた髪をちゃんと捨ててくれたけど、1本だけ残っちゃったってことかな。その1本をゴミ箱に捨てようとして、勿体ないように思ってしまったけど、やっぱり捨てた。
お風呂から上がって、脱衣所で鏡を見ながら髪を乾かした。
さっきから、鏡に映る自分の顔の唇に目が行くのは、キスを意識しているからだ。
涼のせいで、私は変になる。
リビングに戻ると、涼はテレビも見ずに、ソファーの上で片方の膝を抱えて座り込んでいた。痛めている右足は緩く伸ばされている。白くて長い足は、いつ見てもカッコいい。
「どしたん?テレビ、好きじゃないんだっけ?」
私は、緊張を隠しながら、涼に声を掛けた。
パッと顔を上げた涼が、目を見開いて、そのまま止まった。
「なん?」
尋ねても、反応がない。
と、思ったらじわじわと涼の顔が赤くなって、
「ちょ、ヤバい……」
って呟いた。
「何が?何がヤバいん? 」
私は、そう尋ねながら涼の隣に腰掛ける。
「…そのカッコ、肌色、多すぎ」
涼はそう言って、私から目を逸らして、テレビの方を見た。
「肌色?」
消えているテレビの真っ黒な画面には、並んで座ってる自分たちが映ってる。
「涼? 」
体をソファーから乗り出すようにして、涼の顔を見た。
涼の顔はすっかり赤い。
「ああ、なんていうか……。雅の、その格好」
「いつも着てるパジャマだけど」
なんか変だろうか、いつも家で寝る時に着るパジャマにしているキャミソールの裾を引っ張って、そこに目を落とした。
「可愛すぎる」
ソファに並んで座ったまま、横からぎゅっと涼に抱きしめられた。
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いつも「あがれッ」を読んでくださる皆さまのおかげで、「あがれッ」はカクヨムコン9の中間選考に残ることができました。
本当に、ありがとうございました。
うびぞお(2024年3月)
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