第44話 アンカー

「どうかしたの?ニシザー」


「……負けたら、ハセガーがサッカー部やめちゃうんじゃないかって思うと、怖かったん」


 準決勝進出。念願のベスト4進出が決まった日の帰り。

 負傷した宮本先輩の頭のけがも軽くて、あと2回勝てば、というところまで来たのに、私の気持ちはすっきりとしない。

 帰りのバスの中で、その理由を正直にハセガーに伝える。

「私が、ハセガーをサッカー部に入れちゃったのに。たまたま今日は、勝てたからいいけど、キーパーって負けると一番自分の責任みたいに感じる、しんどいポジションだってこと、私、忘れてた。もちろん、今日、負けたとしても、それがハセガーの責任だなんて誰も思わないけど」

「ニシザー」

「ハセガーがサッカーで嫌な気持ちになったら、それは、私が悪いん」


「違うよ、ニシザー」

 いつの間にか、私はハセガーの手を握っていて、それを握り返されて、自分で自分のしていたことにちょっと驚く。

「わたし、自分でサッカーやるって決めたから、今日、負けていたら、きっと滅茶苦茶きつかったと思うけど、そりゃあ自分のせいだって思って落ち込んだと思うけど、ニシザーは絶対に何にも悪くないよ」

 ハセガーは私の目を見てから、ちょっとだけ頭を下げた。

「……どっちかっていうと、ありがとう。試合の、なんだっけ、こうよ……かん?」

「高揚感?」

「そう、それ。バスケ辞めて、もうそういうの感じられないと思ってたから。あの、緊張した感じ、お腹から持ち上がってくる熱い感じ。わたし、試合が好きなんだなあ、って今日改めて思った」

 

 ハセガーはバスの背もたれに体を預けて、

「ありがとう、ニシザー。今日、すごく怖かったけど、勝ったから言えるけど」


 ハセガーが目を閉じた。

「楽しかった」


 胸ん中がフワッとした。

 楽しかったと言ってもらえて、一緒に試合に出れて楽しくて、良かった。本当に良かった。


 今日のハセガーは突然の抜擢だったけど、いつか、ちゃんと二人ともレギュラーになって試合に出よう。


 いつか




_____




 ……いつかは、まさかの1週間後だったん!


 前日の準々決勝で頭を負傷した宮本先輩は、ドクターストップのため、1週間後の準決勝には出場できなくなった。その前に足を負傷した林先輩はまだ練習すらできない。

 だから、準決勝は、ハセガーがスターティングメンバーで出場することになってしまった。全然「いつか」じゃなかったよ。

 うちのチームは原先輩とゴトゥーのツートップが突っ込んでく攻撃的サッカーだったけど、ゴトゥーをワントップに配置したカウンターサッカーに仕様変更して、守備を固めることになった。

 次の試合での私のポジションはアンカー。MFミッドフィルダーの一番後ろだ。ボランチよりも下で、DFディフェンスに近いかもしれない。基本ハセガーを守りつつ、隙あらば守備から攻撃に切り替える、みたいな。

 戦略を変えるのって大変なんだけど、変えてみようとしてみたら、意外にうちのチームは守備型の陣形が向いていることに気付くのだから不思議。先輩たち、監督の大久保先生の基礎トレ地獄を乗り越えてるから、平均より体力と根性はついてるし、マーク付いたらしつこいし。ゴトゥーと自分とで攻撃の不足分を補えたので、その分、守備に力入れられるとか話してる。うちの先輩たちのすごいところは柔軟なところだ。チームが勝てる戦略のためであれば1年生が中心メンバーに来ることに躊躇がない。



 私もゴトゥーへのロングフィードの精度を上げれば、カウンターのチャンスが増えるって考えてた。

 ゴトゥーを走らせて、そこにパスを出して、その速さとボールを受けやすい位置を研究する。逆パターンもあるだろうと、私も走らされてゴトゥーのパスを受ける。二人ともピッチを何往復もさせられて、瀕死状態に到達する。週末の試合までに体力が尽きてしまいそうだ。


「にっ、ニシザー、あっちにも、シカバネがいる」

 ピッチサイドでゴロンと横になっていたゴトゥーの指差す先には、ネットの前で這いつくばっているハセガーがいた。原先輩と宮本先輩から、「千本ノック」ならぬ「千本シュート」、そんなんあるんか、の訓練を受けさせられていた。シュートを取るんじゃなくて、ボール捌きとか、タイミングとか、バックパスの処理とか、付け焼き刃にしてはハードな練習を受けさせられてるように見える。

 生きろ、ハセガー。


 そうして、日曜日の準決勝に向けて、私ら試合に出してもらえる1年生3人は、月曜日から早速1週間分の体力を失うこととなった。

 ハセガーと一緒のピッチに立てたらうれしーな、なんて能天気なことを言ってた昨日までの余裕は、河川敷グラウンドから海に向かって川を流れてっちゃったん…。



 どんなにどんなに走っても練習しても、時間も実力も何もかもが足りない。所詮は付け焼き刃だ。

 準決勝の相手は、去年のインターハイと選手権に連続で出場した、スポーツの名門校だ。めちゃくちゃ攻撃型で、準決勝まで全試合大差で勝ってる。せっかくベスト4まで来たけれど、最大の壁にぶち当たることになっている。

 そして、その高校は、ハセガーがバスケの特待生で進学するはずだった高校だ。ハセガーはどう思っているんだろう…。


「へえ、サッカーも強かったんだねえ。そういえば、サッカー部の子、同じクラスにいたわ」

 バス停の前、ハセガーはスポーツドリンクを飲みながら言った。

 準決勝の相手がどこの高校なのか、興味がなかったらしい。

「…あー、バレーも、ソフトボールも、柔道も、あと他になんかが全国大会に行ってたような…」

 ハセガーは、自分の中学校時代のことを「閉じていた」と言っていた。友達も少なかったし、卒業してまだ3ヶ月なのに、中学校時代の知り合いと連絡を取ることもないみたい。


「ハセガーは、人に対して淡白過ぎて、時々怖くなるよ」


 私がそうぼやくと、ぎくっとした顔をしてハセガーが私を見る。

「い、今は違うよ!」

「そうかなあ」

「だって、わたし、ニシザーには興味ツンツンだよ!!タンパクになんてしていられないよっ」

「……興味津々だよね」

「う」


 ハセガーは拗ねた顔をして、数秒間黙り込む。

 スポーツドリンクを一口飲んでから言う。

「ホントだよ、ニシザーは、わたしのこと一杯知ってるけど、わたしはニシザーのこと、あんまり知らないんだもん」


 言われてみれば、バランスを欠いている。とはいえ、私はハセガーのような話せる過去はない気がするけど。


「分かった。今度また、ハセガーのおうちに泊めてもらえたら、そん時に私のこと話すよ」


 軽い気持ちでそう言った。

 どうせ話すことなんてないと思ってたから。

「約束してくれる?」

「はいはい」


 この約束のことは、この日の練習で疲れ切ってたこともあって、すぐに忘れてしまった。

 でも、次にハセガーの家に泊まりに行ったとき、私は予想もしていなかった話をすることになる。




 それは、準決勝の日のこと。

 その日は、朝から雨が降り続いていた。










『アンカー』 

 ボランチよりも守備を重視した役割ポジション

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