第46話 Go雨 ーごううー (2)

 初めての失点に愕然とする。

 練習では何度もゴールを決められているけれど、試合で決められたのは初めてで、悔しさがすずの下腹から熱く持ち上がってきた。

 涼の左後ろをボールが転がっている。左前では、敵の選手数人が抱き合って得点を喜んでいた。


「今のは、しかたないよ」

「大丈夫、まだ1点」

「ハセガー、行くよ」


 先輩たちが次々と涼に声を掛けていく。

 そうは言われても、最後を守るのはゴールキーパーだ。

 グローブの着いた手で顔をはたいて、涼はまた、そこに立つ。立つしかない。


 次のシュートは防いだ。


 その次のシュートは拳で弾いたが、それをタイミング良く、ヘディングされてしまい、また、涼はそれに反応できず、ゴールネットが揺れて雨粒を落とした。


 涼は悔しくて、地面を叩いた。


 前半31分 0対2


 厳しいスコアになった。

 涼は得点ボードを睨む。その目に雨粒が入って、目をしばたいた。


 ピッチ中央のセンターサークルから先輩が軽くボールを蹴る。

 それを受けたキャプテンの原先輩が、前にいる後藤にパスを回す振りをして、斜め後ろに蹴った。

 それを受け取ったのはまさだった。

 雅はそのままドリブルで走り出す。


 ニシザー!


 涼のためにゴール寄りを守っていた雅だったが、2点差を受けて、攻撃に転じた。

 雅が上がっていく。

 敵のDFディフェンスが雅に向かっていこうとした瞬間に雅がボールを低く素早く蹴る。

 その鋭いパスが後藤の足元に届いた。すぐさま、後藤がそれをゴールネットに叩き込む。


 前半32分 1ー2


 雅と後藤のコンビプレイが決まった。

 ゴールの前で涼はよっしゃとガッツポーズを取る。

 これで1点差。

 100m向こうから雅が涼に向かって手を振り、そのまま、もといたポジションまで戻ってきた。

 雅は涼に親指を立ててから、背中を向けた。

 21番。

 細身の背中が涼には大きく見えた。

 


 残り3分。


 涼たちは1点の差を広げることはなかったが、また、縮めることもできず、1ー2で前半を終了した。

 

 

 気が付くと、雨は止んでいた。



 ベンチに戻った涼を迎えたのは大久保先生だった。

「長谷川、よくやった」

 涼はビシッと姿勢を整えて、ぶんと音がするくらい、90度腰を曲げた。

「すみません!!2点も取られました」

 涼の髪から水滴が飛んで来て、「わっ」と大久保先生が顔をしかめたが、すぐに笑って顔を袖で拭うと、涼の肩を叩いた。

「長谷川、上出来だよ。あれだけシュートうたれて、よく2点で抑えてる。5点取られてもおかしくなかったくらい」

「…でも」

「上出来だよ、本当に」


「ずーるーいー、ハセガーばっかり褒められてるー」

 タオルで髪を拭きながら、後藤が涼に文句を言う。

「ゴトゥーは得点して当たり前だから、褒められるわけないじゃん」

 口を挟むキャプテンの原先輩は後藤には厳しい。

「でも、あのニシザーのロングフィードは良かった」

「あざっす」

 原先輩は雅にも優しい笑顔を見せる。

「ひーどーいー、あたしも褒めてくださいよー」

 後藤が嘆くと、ベンチに笑いが転がった。


「さあ、後半で逆転するよ!」

 原先輩がみんなに檄を飛ばした。




 涼のからだを緊張感が包む。

 さあ、後半40分だ。


 雨が止んだので、視界が良くなった。

 前半よりもボールがよく見える気がした。

 それは敵も自分達もお互い様だ。


 芝生の上にはあちこちに水溜まりができている。

 湿ったボールは重いし、スパイクは滑るし、コンディションは悪い。

 すずは、ジャンプするように大きく一歩足を踏み出して、次の一歩は敢えて水溜まりを踏む。

 ばしゃっと水が跳ねた。


「アウトドアスポーツって凄いな。こんなコンディションでも試合しちゃうんだ」

 そう言いながら、もう一歩、水を跳ねさせた。


「何してんの?ハセガー」

 雅がそんな涼に声を掛けた。

「何って、水溜まりで遊んでただけ」

 深く考えずに涼は答える。

「…ハセガーって、変なことしてるときも様になるよね」

「変なことなんかしてないし、様にもなってないよ」

「緊張してないん?」

「してるよ、勿論。多分、ニシザーと同じくらいは」

「あはは、それじゃ緊張感が足りないわけだ」

 実際、涼は、試合前に比べたら、もう緊張していなかった。もともと試合という雰囲気に慣れているというのもあるが、もう2点も取られてしまい、0点に押さえなければという気負いがなくなっているところが大きい。勿論、悔しいことは悔しいので、もうこれ以上は相手に点を取られたくはないが。

 涼と雅は、二人は笑って水溜まりでぴょんぴょん跳ねながらフィールドに戻っていく。

 その後ろで後藤がやはり水溜まりでくるくる回っていた。

 3人ともハーフタイムでせっかく乾いたユニフォームがまたびしょ濡れになっていることが気にならない。小学生に戻ったような気分だった。


「今年の1年、特にあの3人は大物だね」

 キャプテンの原先輩が、水滴を跳ね上げている3人を呆れ顔で見ながら、ベンチに座っている3年生キーパーの宮本先輩にそう言ってピッチに出ていく。

「全く。あの3人がなんだかんだで一番落ち着いてるわ」

 そんな原先輩と宮本先輩の会話を涼たちは知らない。


 キックオフ。

 後半が始まった。


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