第31話

「それで、話を戻すけど絃葉ちゃんは、ボクの一人称をとどう思う?」


「どうって言われても、僕って一人称も可愛いから良いと思うよ。」


侑季の質問に、特段考えることもせずに即答した。


「ありがとう。だけど、絃葉ちゃんの周りに一人称が私とかウチ以外の子って見たことある?」


「それは...無いね。小学校から大体は私とかウチでそれ以外だと自分の名前だったね。中学校に上がったら九割方私だったよ。」


絃葉も侑季が何を言いたいのか大方察しがついているので、慎重に言葉を選んでいる。


「そう。それくらいボクって一人称は当時の小学生には特殊...もっと言えば異質なものだったんだと思うよ。」


侑季が言うと二人の間に重い沈黙が続いた。絃葉はそれに対する解答を考え、侑季は絃葉の回答を待っていた。


「ごめんね。なんて言えばいいか私には分からないや。」


そのいい頭をフル回転させ考えたが結局何も思い浮かばなかったので絃葉は素直に答えた。


「大丈夫だよ。何も絃葉ちゃんに慰めて欲しかった訳じゃないからね。この事に関してはもう吹っ切れてるし、気にも掛けてないもんね。有翔のおかげで。」


「有翔のおかげってことはもしかして...」


侑季の言葉を聞いている間、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた絃葉も最後の部分に反応を示した。


「そう。この話の本題はそこなんだよ。なんというかすっごいベタなんだけどね。有翔が助けてくれたんだ。」


「いいね!塩野くんかっこいいじゃん!」


あまりした事の無い同年代の恋バナにテンションが上がっているようで、目を輝かせて侑季の話に食いついている。


「ちょっと、絃葉ちゃん落ち着いてよ。」


「え?ああ、ごめん。」


侑季が慌てて制止すると絃葉が身を乗り出していたことに気づいて居住まいを正した。


「でも、なんか以外だね。」


「どうしたの?」


「塩野くんに助けられた身で言うのは可笑しいけど、人助けとかせるようなタイプには見えないもん。」


それには侑季も納得の表情を浮かべる。


「そうなんだよ。だからボクも花凜ちゃんの迷子を助けたって聞いて余計にびっくりしちゃったんだよね。」


「そうだよね。塩野くん他人に興味無さそうだもんね。」


「あはは、そうなんだよ。他人に興味無いような感じなのにボクのこと助けてくれちゃってさ。参ったよね。おかげでボクもコロッといっちゃったよ。ほんとにかっこよかったんだから。」


嬉しそうに話す侑季の顔は、決して有翔には見せないであろう恋する乙女の顔そのものだった。


そこに、なんとも間の悪い有翔が花凜と一緒に戻って来た。そのせいで侑季が咄嗟に表情を引き締めてしまったのだ。絃葉はその緩んだ可愛い顔を眺めていたかった。


「塩野くん。どうして今、このタイミングで戻ってきたの?」


有翔は何も悪くはないのだが、絃葉は呆れて言った。


「え...どうしてって言われても疲れたから休憩に来たんだけど...」


「流石に間が悪すぎるよ。今、いい所だったんだよ。」


「そんなこと言われても、休憩はやっぱり必要でしょ。」


どうして絃葉が呆れているのか何も理解できない有翔は混乱するばかりだ。


「おにーちゃん。いつまで休憩するつもりなの?」


花凜はまだまだ元気で遊び足りないと有翔の服の裾を引っ張る。


「ほら、花凜はまだ遊びたいって言ってるよ。」


恋バナの邪魔だと有翔を追い払おうとする絃葉。しかし、絃葉の思いとは裏腹に侑季が反応を示した。


「じゃあ、ボクと遊ぼうか。」


そのまま、侑季と花凜はその場を走って離れていった。そして、侑季と入れ替わりで有翔がベンチに座った。


「楽しそうに何の話をしてたんだ?」


「間の悪い塩野くんには教えてあげないもんね。」


有翔が取り付く島もなくそのことについては固く口を閉ざした。そして、有翔は体力が回復するまで絃葉と適当に会話を楽しんでまた、花凛の元へ走っていった。




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