多様性の科学
今回取り上げるのは『多様性の科学』だ。本書はとても示唆に富んでおり、非常にためになった。
さて、『ふわっとした読書感想文』を読んできた人は気づいたかもしれないが、今回に限り硬めの文体で書きたい。なぜか。『多様性の科学』はビジネス書であると同時に、多種多様な論文を引用し、論理的に多様性の大事さを説いており、その文章の硬さの影響が大きいからだ。
さて、感想に入る前に一つ注意事項を。今回の感想の中では私個人の考えも織り交ぜるのだが、一つの例として政治の話をしたいと考えている。与野党どちらかを批判するわけではない。政治家の在り方についてである。
しかし、私自身に無意識のバイアスがないとも言い切れない。よく政治・野球・宗教の話はよくない、とされている。読み進める方は政治の話が出てくることを念頭において欲しい。
さて、本書の内容だがざっくりとまとめると次のようになる。
「いくら優秀な人材を集めても、みなが同じ手法・考え方では画一的になり、盲点が生じる。盲点を防ぐためには優秀さと同時に多様性が大事である」。大事なのは多様性があれば良いのではなく、前提条件として優秀である必要があることだ。
本書の中から一つ分かりやすい例を引用しよう。「CIAは9.11を防ぐことができた」という話だ。決して結果論ではない。
オサマ・ビンラディンがアメリカに対するジハード(聖戦)を宣言した際、彼は洞窟から情報発信を行なった。なぜ洞窟だったのか? それは「預言者ムハンマドはイスラム教を説いたが、多神教からの迫害を受けて洞窟に逃れた」からだ。また「ムハンマドが神の啓示を受けたのも山の中の洞窟だった」。
つまり、洞窟からジハードを宣言したのは戦略的であり、アメリカに対して不満を持つイスラム教徒に対して自分をムハンマドの再来と思わせる意図があったのだ。
当時、CIAの構成員はほとんどが白人男性・プロテスタント・中流階級出身だった。そのため、ビンラディンの意図を察することができなかった。イスラム教徒の分析官がいれば、ビンラディンの危険性に気づき悲劇を招くことはなかった。
この例を通して筆者が言いたいことは「CIAは選りすぐりのエリート集団だったが、画一的であったためにテロを未然に防げなかった」ということだ。
このような例は日本にもある。現在の国会議員はほとんどが有名大学出身者だ。頭脳明晰なのは間違いない。しかし、多様性に欠けているがために国民からかけ離れた政策を提言するのだ。これは与野党を問わない。
また、世襲議員が多くなっていることも多様性が欠ける原因だ。なぜなら、小さい頃から親の影響で、ある考え方が絶対に正しいと思い込んでいるからだ。
本書の中でこのようなエピソードがある。「(ある心理学実験によれば)人身攻撃を受けた者は、物証を持って異論を唱えられたときと同じくらい、自身の主張に自信をなくす。つまり、論点ではなく論者を攻めても効くのだ。(中略)たとえば政治家と選挙区民の間は信用で成り立つ。しかし政治家はときにライバルを中傷し、相手の信用を落とすことで自分の信用を高めにかかる。結果、その政治家自身は当選という利益を得る」。
このエピソードは何も政治だけの話ではない。現在、SNS上で誰かが情報発信をすると、反対派は直ちにその人を攻撃する。論点ではなく人格否定によって勝とうとするのだ。ある人物の意見が正しくても、人格否定で攻めようとする人ならば距離を取るべきだろう。
ここまで、かなり暗い話が続いた。なにしろ本書は盲点をつく話が盛りだくさんのため、自然と失敗例をとりあげ、その盲点を論理的に指摘するのだからしかたあるまい。しかし、失敗例だけでなく成功例も取り上げられていることを強調したい。
最後は皆さんのためになるであろうエピソードで締めたい。本書はイノベーションに関する研究でノーベル賞を受賞したアメリカの経済学者、ポール・ローマーの言葉を引用している。
「アイデアはおのずと新たなアイデアを誘発する。(中略)アイデアが共有されると、その可能性はただの足し算ではなく何倍にも膨れ上がる」。
重要なのは「アイデアの共有」である。もちろん、書き手の方は作品を書き上げるまで、アイデアを公にすべきではない。しかし、書き手ではない親や友人に共有し、アドバイスをもらうのは有効的だろう。自分が思いもしなかったアイデアが出てくるかもしれない。
本書の感想文はかなりの長文になった。それだけ中身が濃密であったことの証左だ。この感想文で触れたエピソードはあくまでも全体の一部に過ぎない。本書はビジネス書だが、ビジネスに限らず色々な発見を与えてくれる。ぜひ、手に取って読んでいただきたい。
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