平民聖女は婚約破棄されても全然動じない
uribou
第1話
聖邦教会に伝わる古き預言は語るのだった。
『彼の少女、聖女たるべし。王妃となる時、王国に空前の繁栄をもたらさん』
もちろん聖邦教会幹部の間でその預言は絶対的に信じられていたが、さほど一般に流布している話ではなかった。
預言は王家に伝えられ、彼の少女は王太子妃となった。
もっとも王家はどれほど預言を信じていたか、定かではない。
◇
「聖女ハルカ! 私はそなたとの婚約を破棄する!」
「りょーかいでーす!」
「理由は……えっ?」
王立学院の期末パーティーで、あたしの婚約者エイドリアン王太子が何か言ってた。
王族のゆーことには基本逆らうなって言われてる。
つまり聞いてなくても、適当にオーケーと返事しとけばいいのだ。
あたし頭いい。
そんなことよりパーティーは戦場だ。
美味しい料理をたらふくお腹に収めなければならん。
「聖女ハルカ。よいのか?」
「何が?」
「私はそなたを婚約破棄すると言っているのだが」
「婚約破棄だったのか。いいよ」
婚約破棄だったらしい。
まーちっちゃい時にあたしが聖女だからって決められた婚約だ。
別にエイドリアン殿下に思い入れがあるわけじゃない。
「何故だ!」
「何が?」
「王太子たる私が婚約破棄するといっているのだぞ!」
「えーと、せっかくパーティーの公開婚約破棄なんだから、盛り上がりを考えろってこと?」
「そうだ!」
おお、こりゃあたしとしたことが。
空腹だったからってエンタメをスルーしてたよ。
ならば……。
「質問ターイム! ただ今の婚約破棄について、答えられる限りは答えるよ。皆さん質問はないかな?」
「はい! ハルカ様は婚約破棄される理由は心当たりないですか?」
「ないなあ。でも殿下に好かれてた気はしないから、順当なんじゃないの?」
「そなたは無礼過ぎるではないか!」
「あたしは平民だから難しい敬語は知らんもん。聖邦教会の聖女は制度上、王族にへりくだらなくていいことになってるし」
平民は敬語使う機会がないってことはないけど、あたし聖女だから言葉遣いが悪くても何にも言われないし。
「聖女様即答で婚約破棄を了承したじゃないですか。何故ですか?」
「うむ、私も知りたい」
「何故って言われても、あたしは孤児だから親に許可取らなきゃいけない立場じゃないじゃん?」
「質問の意図はそういうことではなかったですが、要するに自分で決められるということですね? エイドリアン殿下は陛下に話を通しておられるのですか?」
「……」
えっ? 許可取ってないの?
しーらないっと。
「エイドリアン殿下の婚約者の座に未練はないのですか?」
「特には。べつにいいことなかったし」
「将来の王妃ではないか!」
「王妃ってそんなにいいものかな? 王妃様いつも頭悩ませてるじゃん。出来の悪い息子で困ったわーって」
「ぶ、無礼ではないか!」
「ごめんね。あたしは正直だから」
おお、爆発的にウケてるわけじゃないけど、クスクス笑ってる人が多いわ。
注目を浴びてることは事実だし、パーティーの余興としては合格点じゃないかな?
「ハルカ様は婚約破棄されて寂しくはないですか?」
「んー? 殿下に優しくしてもらったことなんかないから特には。婚約中もプレゼントの一つももらったことないしな?」
ハハッ、殿下よ。
非難の視線を浴びてろ。
プレゼントなんか欲しくはないけど、あたしを蔑ろにした罰だ。
いや、聖女のお給料は高いので、必要なものは自分で買える。
趣味の合わんプレゼントなんかもらっても困るってのは本音ではある。
殿下が一回でも屋台の食べ歩きに付き合ってくれていれば、こんな仕返しをするつもりはなかった。
「今のお気持ちは?」
「婚約破棄されてせいせいしたわ」
「ぶ、無礼であろう!」
「今日何度目の無礼だったかな? そんなこと言われても、政略で決められた婚約だもん。あたしの方から断るなんてできないじゃん?」
頷いてる人多数。
貴族の婚約なんて家同士の契約だからね。
あたしは貴族じゃないけど。
「殿下から断わってくれたことには感謝するよ」
「本当は私の婚約者の座が惜しいのだろう?」
「ただの罰ゲームみたいなもんだとゆーのに」
何だろうな?
あの自信の根拠は。
殿下は人生幸せだろうなあ。
再びエイドリアン殿下が声を張り上げる。
「私はこれなるリンジー・カーソン男爵令嬢を新たなる婚約者とする!」
「おめでとうございまーす」
リンジーちゃんはふわっふわのピンクブロンドの髪が可愛い子だけど、それだけだぞ?
ドジっ娘ってレベルを超えて致命的にそそっかしいし、殿下の婚約者には向かないと思うがなあ?
大体殿下とあたしとの婚約が実現したのだって、王権が弱まったから聖邦教会の協力が必要だってことだったんじゃないの?
男爵令嬢じゃ、そもそも後ろ盾としての力が足りてない。
「何か意見はあるか? 聖女ハルカよ」
「特には」
まあ他人の恋路をとやかく言うのは野暮だしな。
リンジーちゃんも幸せそーな……勝ち誇った顔してるからいいんじゃないかな。
あたしには関係ないわ。
「聖女ハルカよ。そなたが婚約破棄を承知しない場合に備えて、仕込みがしてあったのだ」
「仕込み? へー、どんな?」
「そなた私に愛されるリンジーに嫉妬していただろう!」
「えっ?」
嫉妬?
殿下との婚約は罰ゲームみたいなもんだったと言っとろーが。
あえて観客と言うけど、観客の皆さん目が点になってるからね?
空気読まずにぶっ込んでくる殿下はすごいなあ。
えーと、これはあれか。
あたしの方が空気を読まなきゃいけないシーンか。
面倒な仕込みだな。
「……殿下と仲良くできたらいいなあと思ってました」
「だからリンジーに嫌がらせをしていたのだな?」
「嫌がらせをした記憶はないなあ」
「火の玉をぶつけたり召喚獣に齧らせたり凍らせて腕をちょん切ったりしただろうが!」
「それについてはマジでごめん」
いや、言い訳するわけじゃないけど、魔道実験中にリンジーちゃんが突っ込んで来るんだもん。
先生も学生も唖然としてたからね?
あたしだってリンジーちゃんが消し炭になりかけた時はビックリしたわ。
「ウソです! 聖女様はわたしが妬ましくて事故のふりをしていたのです!」
「事故でなければハプニングだとゆーのに。ちゃんと魔法で癒しただろーが」
「ではわたしがわざとやったとでも仰るのですか!」
「わざとだとは思わんけど」
誰が好き好んでドラゴンの幼生に頭ぱくっと齧られたりするだろーか?
リンジーちゃんが致命的にそそっかしいトラブルメーカーである所以。
逆に言うと目を離せない個性で、殿下がハートを奪われた理由も何となくわかる。
あたしもエンターテイナーとして身体を張るリンジーちゃんを嫌いになれない。
「わたしとエイドリアン様の邪魔をしないでください!」
「金輪際邪魔しないと誓おうじゃないか」
「まあ、強がりは結構ですのよ」
「は?」
強がりって何だ。
うわあ、リンジーちゃんの目を通して脳内のお花畑が見えるわ。
何言ってるかわかんないけど、こっちの言い分も聞いてもらえそうにないからいいや。
お幸せにどーぞ。
「ハハッ、聖女ハルカよ。惨めだな!」
「そうよ。凛々しいエイドリアン様に婚約破棄された傷物聖女のクセに!」
「そなたはもう負け犬に過ぎぬ!」
「すっこんでいればよろしいのですわ!」
「おーおー、言いたい放題だなあ。ちなみにあたしと結婚したい人、手を挙げて!」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
結構おるやん。
とゆーか、婚約者の決まってない令息全部かな?
愕然とするエイドリアン殿下とリンジーちゃん。
「な、何故そなたが引く手数多なのだ! 傷物聖女であろうが!」
「そりゃあたしは途轍もなく可愛いから」
「「「「「「「「世界唯一の聖女だからだよ!」」」」」」」」
総ツッコミだ。
聖女だからだったか。
まあしかしあたしがすぐ次の婚約者を決めないといけないことはわかってる。
同年代のまだ婚約者のいない令嬢に恨まれてしまうわ。
「じゃ、あたしと婚約を希望する人は、三日後までに聖邦教会に申し込んでね。厳正なる審査をさせていただきまーす!」
実際に審査するのは聖邦教会の幹部連中だけど。
お腹も一杯になったし、あたしは退場だ!
◇
――――――――――王太子エイドリアン視点。
「エイドリアン! お前は何ということをしでかしてくれたのだ!」
怒れる父陛下に呼び出された。
理由はわかっている。
聖女ハルカを婚約破棄した件だろう。
叱られるのは覚悟の上だが、私は一人っ子だ。
どうあっても私を王太子から外すことはできない。
「申し訳ありませんでした」
「報告を聞き、すぐさま聖邦教会に使いを走らせたが遅かった。聖女ハルカは魔物退治の遠征に出た直後だった。もう取り消すことはかなわぬ……」
知ってる。
長期休みに入ると大体聖女ハルカはすぐ地方に行くから。
私と会って親睦を深めようなど、これっぽっちも考えていないやつなのだ。
「……お前は何故、聖女ハルカとの婚約を破棄したのだ?」
「いくつか理由はありますが、まず第一に無礼だからです」
聖女であろうと、王族に対してあの態度はない。
「まだ理由があるのだな?」
「はい。婚約者である私のことを蔑ろにしていました。それに聖女であることを除けば、特に優れたところがあるようにも思えません」
父陛下の生気が失われ、老け込んだように見えた。
「……お前がここまで愚かだったとはな。わしは王位を退こうと思う」
「えっ?」
どうして私が愚かだと父陛下が王位を退くんだ?
私が王になる?
「聖女ハルカは世界中に強い影響力を持つ聖邦教会で崇められている存在だ。一国の王家などを敬わねばならぬ理由はない」
「えっ?」
そ、そんな大それた存在だったのか?
あの聖女ハルカが?
威厳の欠片も感じないじゃないか。
「聖女ハルカの頭脳は大変に優秀だ」
「しかし私よりも成績は下ですよ?」
「お前に気を使ってくれていたからだ。お前より一点下のスコアにしておいてくれと、教師陣に頼んでいたことを知らぬのであろう?」
「ま、まさか……」
「聖女ハルカは遠征に外交に大変忙しい。お前と時間をともにすることができなかったのは不幸なことであったが、仕方のないことであった」
「……」
聖女ハルカが優秀?
私に気を使ってくれていた?
そんなことが……。
「まだ高位貴族の令嬢を婚約者に据えようというのならわからなくはない。しかしリンジー・カーソン男爵令嬢とは何者だ?」
「わ、私と大変気が合うものですから」
「バカが」
吐き捨てるような言葉が頭の中をリフレインする。
「王家の支配力が低下していると、幼き頃から教育してあったはずだろうが! どれほど優秀であろうと、男爵家の令嬢に王妃など務まらん」
「で、ですが、私は王家の支配力が低下していると感じたことはないんです!」
どこへ行っても、誰と話してもレートハイム王太子として遇してもらえる。
不快な目になど遭ったことがない。
そう、それこそ聖女ハルカと話す時以外は。
「だからバカだというのだ。まだ気付かんか」
「な、何をでしょう?」
「聖女ハルカの婚約者だからお前は一目置かれていた、ということをだ!」
そ、そんなことが?
いや、私よりも聖女ハルカが注目を集めることは知っていたが、あの特異なキャラクターのせいだと思っていた。
「……たまたま聖女ハルカは我が国に生まれた。首尾よくお前の婚約者とすることができた。これで王国も安泰だ、と思ったものだが」
「も、申し訳ありません」
「……いや、考えてみれば、王家が影響力を失ったこと自体はお前のせいではない。運命だったのかもしれんな」
「……」
つまり王を退くというのは、家臣に下るということだったのか。
「『彼の少女、聖女たるべし。王妃となる時、王国に空前の繁栄をもたらさん』という、聖邦教会の預言があるのを知っておるか?」
「いえ、知りませんでした」
「さもあらん。敬虔な聖邦教会の信徒は知っておるのだ。預言の少女が聖女ハルカだとな」
「与太話に過ぎぬのではありませんか?」
カビの生えた預言などにどれほどの信憑性があるというのだ。
「かもしれぬ」
「でしょう?」
「しかし侮れぬ。その預言に謳われた聖女ハルカがお前の婚約者で、王妃として国を栄えさせることが既定路線と思われていたからこそレートハイムは治まっていた、という現実がある」
「……」
現実なのか?
いや、私は確かに聖女ハルカを見誤っていた。
父陛下は支配が揺らぐのを敏感に感じ取った。
だから退位の決心をした……。
「預言の真否がどうであろうと、信じている者が世界中にいるということがこの際重要なのだ。彼らはレートハイムそのものを見ていない」
「……はい」
「まあ気に病むな。わしも退位せねばならぬと覚悟を決めた時は寂しさを感じたが、今は肩の荷を下ろしたようなサッパリした気分だ」
おそらくレートハイム王家は直轄領の大部分を新しい王家に返納し、伯爵くらいの貴族として生き長らえることになる。
サッパリした気分と笑えるほど、王の座とは重いものあったのか。
『バカが』と言われた先ほどに比べると、ひどく優しい目をした父陛下がいる。
「お前とはもっと話をすべきだった。忙しさにかまけてしまい、つい機会を設けるのを怠ってしまったな」
「いえ、そんな……」
「お前に王位を譲り渡すことのできない、父を許せよ」
「陛下!」
「父、だ」
「……父上」
溢れそうになる涙を堪え、別の話題を探す。
そうだ。
「父上が退位すると、次の王はどなたになるのでしょう?」
「知らん。が、聖女ハルカが決めるのだろう」
「聖女ハルカが?」
確かに聖邦教会の影響力は強いのだろうが、あくまで信仰においてだろう。
絶対者たる神が王を決めるのはまだわかる。
しかし神の僕に過ぎない聖女が俗世において直接王を指名するほどの決定力を発揮しては、神の権威を侵すのではないか?
「……聖女ハルカが出過ぎたことをしては、信仰との乖離を生ずるのではないでしょうか?」
「ん? 意味がわからんか?」
「はい」
「預言だ」
「『彼の少女、聖女たるべし。王妃となる時、王国に空前の繁栄をもたらさん』ですか? あっ!」
正確には聖女ハルカが王を決めるわけではない。
聖女ハルカが王妃になるためには、彼女の選んだ者が王となればいい。
さすれば空前の繁栄が待っていると、預言を信じる達は考えるわけか。
実質聖女ハルカに王の決定権があるのと同じだ!
「何故私は聖女ハルカの重要性に気付けなかったか……」
「婚約者だったせいかもしれんな。いや、やはりレートハイム王家の役割が終わったということなのだろう」
私のせいだ。
しかし父はもう私を責めない。
「リンジー嬢もお前が選んだほどの令嬢なのだろう? のんびりしようではないか」
◇
――――――――――聖女ハルカ視点。
楽しい楽しい魔物退治をしてたら、王都から急使が来たわ。
今年一杯で王様が退位するから、早くあたしが旦那決めろって。
どゆこと?
王様が辞めることとあたしの旦那に何の関係があるん?
次いで到着した聖邦教会大司教のじっちゃんからの手紙によると、あたしがエイドリアン王太子の婚約者じゃなくなっちゃったから、後ろ盾が弱いんだって。
そーかなーとは思ってたけど、王様が退位するだけじゃなくて、王家が臣下の列に降りるってことみたい。
何とビックリ予想外。
とっとと帰って来いって書いてあるわ。
一応こっちもあらかた片付いたから、遠征軍の司令官に後は任せて、飛行魔法でびゅーんと王都へ戻った。
「ただいまー」
「おお、ハルカか」
「じっちゃん、あたしもう一つ状況がわからんのだけど?」
大司教のじっちゃんは見た目好々爺だ。
まあでも海千山千の悪いやつなので、信頼はしている。
「縁談がたくさん来とるでな。選ぶがよいぞ」
「えっ? 適当に選んどいてくれるっていう話じゃなかったっけ?」
聖女たるあたしが自由に相手を決められる立場じゃないことくらい、わかってるつもりだったんだけど。
「遠征前はその予定じゃった。状況が変わったのじゃ」
「つまり王様が辞めるって話?」
「そうじゃ」
「王家が統治者から降りるってとこまでは理解した。あたしの縁談とどう繋がるのかがわかんないの」
「預言があるじゃろう?」
「預言?」
えーと、何々?
あたしが王妃になると国が栄えるとゆー、聖邦教会の古い預言がある?
「初めて聞いたわ」
「む、そうじゃったか? 今まではハルカが知らんでも影響はなかったからの」
つまりあたしが王太子エイドリアン殿下の婚約者で、王妃になるのが既定路線だったから。
預言を信じている人達には、レートハイム王国が繁栄すると思われていたってことか。
「あれ? そーするとあたしが婚約破棄された今の状況は?」
「レートハイム王家を中心とする結束は急速に失われつつある。貴族達が動揺しとるの。まあハルカとの婚約がパーになったのなら、遅かれ早かれ空中分解だったわい。混乱を極める前に王位を返上するとした、王の決断は正しい」
「その預言って有名なん?」
「敬虔な信徒や支配者層の間ではの」
急いで帰ってこいっていう理由がわかった。
モタモタしてると外国まで含めてあたしの争奪戦になっちゃうってことか。
モテる女はツラいわ。
もしあたしが外国に嫁ぐことになると……。
「ハルカは生まれ育ったこの地がいいのじゃろう?」
「うん」
支配者のいなくなった旧レートハイム王国領はガタガタになる。
だからあたしが有力貴族の令息を誰か一人選び、新王国を作れってことだったのか。
「預言を信じるなんてバカだねえ」
「まあの。エイドリアン殿下も似たようなことを言ったらしいが」
「そーだ、殿下とリンジーちゃんどうなった?」
「正式に婚約するそうじゃぞ」
新しい王家に恭順を示す意味でも、高位貴族から婚約者を得ることはできないだろうな。
リンジーちゃんのカーソン男爵家はちょうどよかったとゆーことか。
お互い好き合ってたみたいだし、結ばれてよかったね。
「何が幸いするかわからんなー」
「ハルカも早う相手を決めねばならんぞ」
「ギルフォード君から婚約の申し込み来てる? ソールロセット侯爵家の」
「お? うむ、来ておるぞ」
「じゃあギルフォード君にする」
あたしも婚約者のいる身だったから、そう絡みがあったわけじゃない。
でもギルフォード君が優秀で実直で芯の強い人だとゆーことは知っている。
殿下はギルフォード君の爪の垢を煎じて飲めばいいとも思っていた。
「また随分簡単に決めたの」
「ギルフォード君はいい男なんだ」
「ふむ、ソールロセット侯爵家の令息か。問題ないの」
そりゃあたしだって空前の繁栄を期待されてるとあっちゃ、ちょっとでも楽できるパートナーを選ぶわ。
ギルフォード君がいい男だったのはたまたまだわ。
「では王家とソールロセット侯爵家を交えて、早急に話を進めるぞ」
「りょーかいでーす」
◇
ソールロセット朝となった新王国は王太子ギルフォードの婚約者である聖女ハルカを前面に押し出し、極めて順調なスタートを切った。
あえて目を引く新政策を打ち出さず、税の微減と貿易振興のみに絞ったのが守旧派に大変喜ばれたのだ。
新王国は多国間貿易の中心となり、預言通り空前の繁栄が訪れようとしていた。
旧王家は伯爵に叙任された。
混乱をもたらさなかった賢き旧王家として、それなりの尊敬を集めている。
「ねえ、ギルフォード君」
「何だい?」
王太子ギルフォードと聖女ハルカは大変仲がよかった。
「今世界的なネットワークっていうと、商人さん達の貿易網と聖邦教会の二つじゃん?」
「うむ」
「もう一つ、冒険者の世界的組織が欲しいねえ」
ハルカは国という枠組みに囚われない組織で国家間に複雑な関係が構築されるほど、世界の平和と安定に寄与すると考えていた。
一国家の思惑で勝手な行動を起こしづらくなるから。
「魔物の脅威を分散したいということか」
「そうそう。あたしばっかり魔物退治に借り出されるのは割に合わない」
というのはハルカの冗談だったが、魔物退治のノウハウは分かち合うべきだと考えていたのだ。
同時に魔物由来の素材の流通も盛んになる。
「王国の発言力がもう少し強くなったら、各国に提案したいものだね」
「そうだねえ」
新王国の勢いは目覚しいものがあったが、まだ新興国という目で見られがちだからだ。
時間が必要だった。
「来年には僕らの結婚式だけど。本当にハルカの希望はないのかい?」
「特には」
「ふうん?」
「ギルフォード君が旦那になってくれることが嬉しいんだ」
「正面から言われると照れるなあ」
アハハと笑い合う。
幼い頃から婚約者を定められていた聖女ハルカは、自分の裁量でギルフォードを選んだということ自体に満足していたのだ。
「何を考えているんだい?」
「んー? 前の婚約者のことかな」
「妬けるね」
「あたしを捨てた殿下なんて幸せになってしまえ、と思う」
「セリフが聖女っぽいね。僕も殿下なんだけど」
「そういえばそうだった。ギルフォード君もお幸せに。相手あたしだったわ」
再び笑いに包まれる。
二人は幸せ。
平民聖女は婚約破棄されても全然動じない uribou @asobigokoro
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