先生、村人はテンプレに入りますか?

@tetotettetto

お話の終わりは、お約束(ハッピーエンド)が王道です

 目が覚めたら異世界だった。

 なんて始まる一文は、むかしむかしあるところに。くらいに、最近流行りの小説で馴染み深いものに違いない。

 ……まさか自分の身に起きるとは思っていなかった。の下の句まで、きっとセットテンプレだ。そこまで考えて、まともに動かない身体に諦観しつつ、

 やっぱり夢じゃないんだなぁ。異世界。

 と、母らしき人に抱えられながら、あぅ、と喃語が漏れた。



 赤子からお年寄りまで含めて、三十人居るかいないかの村の中で、はいはいも、つかまり立ちも、よちよち歩きもどうにかこなし早三年。幼年期の感情やその他諸々も、かつて読んできた小説のテンプレをきっちりとこなした。

 主に下の世話や言語や身体の動かし方エトセトラエトセトラ、要は割愛だ。恥を思い出して何になる。未来だけ見て生きていかせてくれ。派手な失敗なんてしていないんだから自分の過去(三年分)に振り返ることなど何も無い。


 過去と言えば、小説によって、前世の自分を覚えている派か、覚えていない派かに分かれていたと思う。

 ちなみに俺は覚えていない派だった。

 うろ覚えだが、人の記憶は思い出の方の記憶と意味を覚えている方の記憶があるとかなんとか。

 物の概念、知識、普遍的な常識のようなものは記憶があるが、思い出の方の記憶はさっぱりなので、生まれてくる際に母親のお腹の中か、天界とか元の世界とか、取り敢えず何処かその辺に置いてきたんだろう。

 そう考えると、お決まりのテンプレやお約束を意味として覚えるくらいに、そういう類の小説を繰り返し読んできたのだなと感慨深く、はならないな。

 思い出に関連する記憶が無いので、ゲームや小説、漫画の内容に関する記憶は、名前の一欠片も出て来ない程に全く無い。だから、転生先が何かの創作物の世界なのか、何の関係性もない異世界なのか全然判別がつかない。

 まぁ、どちらにせよ俺の立ち位置は村人Jくらいのものだろうから、家業継いで、気ままに農作物育てて生きていくか。



 なんて思っていた時期は三年足らずで終わりを告げたけどな。



 ……俺の隣の家には、同い年の、とても元気な女の子がいる。関係性に名前を付けるならば、幼馴染が妥当だろう。

 元気過ぎてよく振り回されているが、何処か憎めないので渋々付き合っている。

 ……俺の向かいの家には、一つ年上の、これまた元気な男の子がいる。関係性に名前を付けるならば、友人が丁度良いだろう。

 兄貴風を吹かしながらよく連れ回されているが、何故か仕方ないなという気分にさせられるのでまぁまぁ付き合っている。

 村には年が近い子供が居ないので、俺達三人がセット扱いになっていて、毎日遊んで遊ばれてをしていたが、最近気付いてしまった。


 もしかしてこいつらひょっとして、美少年と美少女だな?


 違う、妬んでいる訳では無い、断じて違う。そうじゃない。ちゃんと理由があるんだ。

 村の人達は何処か似通った平均的な顔で、俺も例に漏れず埋没する感じの顔だ。

 だがこいつらと来たらどうだ、前世で言うシャンプーやら、ヘアオイルやら、顔や身体に塗る保湿の為のクリームなんて物は無く、上から下まで石鹸だけなのに、潤いたっぷりの髪の毛、つやつやの肌。光増量中かと言わんばかりに輝く瞳に、すっと通った鼻筋、ぷるぷるの唇。

 こんな村でこんな逸材が育つなんて、もう、何かしらの重要人物です。と世界が吹聴しているようなものだろう。

 それにこの前、村外れの樹の下で待ち合わせをした時、先に来ていた二人の手の甲に紋章みたいなのが浮かんでいたのを慌てて隠されたのも見たし、ちょっと前には、村の隣りにある森で果物を探していた時に、木の枝に止まっていた鳥が「ほぅ、あの二人が……」なんて意味深に囀っていたのも聞いた。

 これは何かある。あいつらには確実に何かある。

 主人公格の、こう、重い過去を背負いながらも世界を救う為に旅に出るタイプの、そう、あの、よくあるあれだ。


 やだなー、絶対重い過去の味付けに村焼かれる感じのイベントある可能性高いよー。俺の立ち位置、村人Jじゃなくて『故郷の村には、仲の良いやつが居たんだ』って画像なし台詞テキストのみで語られるタイプかもしれない村人Eくらいかもしれないねー、あーやだやだ。

 こちとら平和に生きたいし、なんだかんだで友達を続けているあいつらにも辛い目にはあって欲しくない。

 じゃあどうするか。と考えるも、たかだか六歳未満の子供に何が出来るかって話だ。

 まず世界の危機が起きるという前提条件が、本当に起こるとは断言出来ない。


 小説やらゲームやらファンタジーやら、前世でよく見た創作に関するテンプレと、あいつらを取り巻く状況から繋ぎ合わせて、なんとなく起きるかも。くらいのものだし、そんなの周りの大人に言っても怖い夢を見たのねで一蹴されると思う。俺が大人でも、子供の空想だと思って軽く流すわ。

 魔物が一斉に襲い掛かってくるのが村焼きの定番であるが、正直、ないなと思ってしまうのが本音だ。RPGお決まりの様に村の周りには魔物がいるが、今の俺でもそこら辺で拾った棒で倒せるレベル。攻撃を受けたとしても、子犬がじゃれるレベルのダメージしか無い。なんなら子犬が噛んできた時の方が痛い。だから、将来、魔物が村を襲うんだから気をつけて。っていう言葉は信憑性が無いんだ。

 けど、備えるだけなら損はしない。避難訓練も大事とは思うけれど、避難する為の訓練という概念自体がこの世界に存在しないので、村の人達を巻き込むのは難しい。

 個人的に地図を用意して逃走経路を確保して、物資も溜め込んで。あ、やることいっぱいあるな。

 お約束通りなら、だいたい主人公格の年齢が十五前後に何かしらのイベントがあるだろう。

 ざっくり見積もってあと九年。九年の間にどれだけの事が出来るかは解らないけれど、目指せ老衰えいえいおー。



 そんなこんなで数年が経過し……この文章もあれだ、小説で見たな。まぁいいや。

 正しくは七年と少しが経ち、十三歳になった。

 もう毎日が大変だった。何が大変かって地図作りだ。地図が高級という概念は定番だったから覚悟はしていた、していたけども。

 ちょうど二回に分けてうちの村へ訪れる用事があったらしい行商の人に、将来の為に色んな勉強をしたいのだ。と、無理を言って付いて行ったのに。

 隣街でも、地図らしきものが無いのは流石に誤算だったとしか言いようがない。

 道標が無いのにいつもどうやって旅しているのかと、帰りの馬車に揺られながら聞けば、こうして各拠点を結ぶ街道があり、国境を渡る様な商売をしていないから特に困っていないとのこと。

 そうだよなぁ。困っていないなら作る必要性を感じないもんなぁ。

 だけど今のままでは、街道が隣街までの最短経路かが解らない。馬車が通れる道を繋いでいるのだから、人のみの移動だけであればもっと早いルートがあるかもしれない。

 ――この七年、地道にレベル上げをしつつ(なお、よくあるステータスオープンは使えなかったので、上がったかどうかは勘頼り)活動範囲を広げていった。

 ……後ろで幼馴染が回復魔法が発動できる様になり「なに、この力……」とか、友人が何かに目覚めた様に激しい雷を呼び寄せ「なんだよこれ……」と呟いていたのなんか知らん。俺はこれっぽっちも知らん。


 ロープを使い、木の枝を杭もどきにして目印に。紙は貴重なので、村で貰った木切れへメモをしていく。その間も幼馴染と友人は順調にテンプレを歩んでいるようだ。絶対に後ろ振り向かないからな。

 毎日ロープと木切れを持って村の外に出る俺の行動は、やっぱり他の人からしたら奇異に映るらしく。両親含め、何をしているのか聞かれる度に、自分だけの地図を作るんだ。と、子供らしく答えておいた。

 冒険に憧れる年頃なのね。と、微笑ましいものを見るような目で見られたのは心外だったが、今はもうそれでいいやと開き直っている。

 いやしかし、魔物が弱くて本当に良かった。でなければ、こんな子供が村の外に出ることを許してくれはしないだろう。

 懸念点を上げるとすると『ゲームのお約束に則るならば、始まりの村の周りの敵は弱い』が鉄則。つまり、より一層あいつらが主人公な可能性が高まった訳だ。

 そんなこんなで地図の方はどうにか見通しが立っていたが、物資の方は順調とは言い難い。俺が理想としているのはあれだ、防災リュック。最低でもそこそこ日持ちのする保存食、身体を冷やさない為の毛布、水の三点セットが欲しい。

 逃げる側としては身一つの方が動きやすいけれど、いきなり三十人も押しかけられたら、隣街からすると普通に困るだろ。だから安全が確保できるまでの間、隣街の外で過ごせるだけのものが欲しい。


 ……あ、そうだ。なんで気付かなかったんだ。魔物が村人を追い掛けてくる可能性も当然あるだろ。

 村自体に恒久的な目眩ましや結界みたいなものが設置出来れば、村焼きとかもなく一番平和に過ごせるだろうが、この世界でそんな事が可能な存在を、人含め、物含め、俺は知らないし知る方法が解らない。

 ゲームなら中盤から終盤あたりに、エルフが張った結界やら目隠しやらを不思議な道具を使って晴らし、隠れ住んでいるところへ訪れる話がある。

 協力を仰ぎにエルフを探してみるというのも手段の一つだが、この世界に人以外の種族がいるかどうかが不明だ。今住んでいる村と隣街しか知らず、よしんば居たとしても、だいたいのファンタジーで閉鎖的というイメージが付いているから協力してくれない可能性の方が高い。


 皆の逃げる方角が解らないように、一時的に目眩ましさえ出来ればそれで良いんだが。何かいい感じの方法が無いだろうか。

 防災リュック作成と並行してこっちも考えなきゃなぁ。ちくちく針仕事をしていると、興味を持ったのか幼馴染と友人も並んで、俺と同じ様にリュックを作り出す。

 幼馴染が端切れにうっかり零したお茶のシミが、天使の羽のように広がったのなんて、本まつり縫いをするのに夢中になっていたから見ていないし、友人が針を布に刺そうとした瞬間、切れ味の良い剣の如く裁断されてしまったのなんて、玉止めをするのに集中していたから何も知らない。

 ……この世界の村人にもスキルが付与されているとしたら、それに対してレベルの概念があるとしたら、スルーする能力だけが無駄に上がっている気がする。



 ――さて、前世で散々読んだと思われる小説には、内政チート、生産チートという言葉があった。

 知識を活かして自分の身の回りを豊かにし、きゃーすてきーかっこいいーとハーレムを作ったりなんやかんやお決まりのそんなあれだ。

 俺も小説の主人公達みたいに、村を豊かにし、楽したいと憧れたことがもちろんある。少しだけ、ちやほやされたい、という気持ちもある……いや、正しくは、あった。だ。

 ちょっと考えて、真っ先に思ったのが、面倒の二文字。内政に口出しして、それが上手く行ったとして、貰える名声とか名誉とか面倒だ邪魔だ要らん。責任を負うのも嫌な小心者だ。

 生産チートも正直、肥料とか作り方知らないし、よく二毛作で畑を回そうとかいう話も出てくるが、生まれてからこの方、土が痩せたところを見たことが無い。RPGでは各地の村にいつ何時訪れたって、育てている作物一緒だもんな。ある意味、土にも強制力とやらが働いているのかもしれない。

 それにこの世界、魔法という概念はあるが、選ばれた人しか使えないというのが常識だ。

 え、すぐ隣で、友人がこさえた傷を幼馴染が回復魔法で治療している? きっと気の所為か、幻覚の類と思う。

 だから俺は魔法が使えない。創作魔法や魔力が強すぎて俺すげーも出来ないし、実は剣の才能が開花して! ということもない。

 神様から「この世界を頼みました」みたいなことも生まれる前に頼まれた記憶も無いので、本当にチートらしきチートの欠片も無い。

 無い無い尽くしでどうしようもないし、それにもしチートがあったとして、村が目立って、あいつらがっ見つかって、早いうちから魔物に目を付けられ村ごと潰されたらどうするんだ。だから考えるのは一旦やめておいた。


 行商人に頼んで仕入れてもらった皮の水筒をせっせと買い集め、布切れを縫い合わせて薄く綿を入れて毛布を作りにお願いし、お肉屋さんに弟子入りして干し肉の作り方を教えてもらい保存食を確保した。

 地図もなかなかに精度が高いものが出来たと思う。思いたい。思わせてくれ。

 魔物に追われた時の目眩ましについても、あの村の付近は弱い魔物しか出ないのでは……? と怪訝そうな顔をしていた隣街のギルド(最近出来たらしい)のお姉さんに依頼し、強力な魔物避けのお香を発注した。

 使用期限も特になく、十年後でも変わらない効果を発揮。魔物が忌避する匂いだけでなく、派手に煙幕が吹き上がるとのことだったので、勢い余って言葉を被せるように即購入を決めたのはちょっと恥ずかしい思い出である。

 ……テストの為に一度村の外で使ったら、一ヶ月ほど魔物を見かけなくなったのも、うん、思い出の一つである。




 色んなことを試していれば、あっという間に一年が過ぎ去っていく。

 陽射しが眩しいなと思いながら目覚めた朝。少し寝坊したのか、家の中には誰も居なかった。軽く伸びをし起き上がれば、家の外が何やら騒がしい。

 気になったのでささっと着替えて家の扉を開けると、馬を後ろに下がらせて、真っ白な鎧を身に纏う兵士達の姿。一糸乱れぬ動きで、相手を敬うように跪いて頭を垂れているのが見えた。

 兵士達の前で狼狽えているのは、もう当然というか、幼馴染と友人の二人。

 低く落ち着いた声で「神よりお告げがあり、聖女様と勇者様を迎えに参りました」という口上が聞こえてきたことから、なるほど神託のパターンかと察する。

 あいつらが旅立つきっかけがトラウマ案件の方じゃなくて良かった。まだまだ油断は出来ないが、俺の未来の為にも本当に良かった

 王宮の兵士が二人に対して丁寧に話している光景を眺めつつ、二人とも頑張れよーと他人事ながらに思っていたのに。

 何故か息ぴったりに並んで方向転換、此方へ向かってずんずんとやってきて、俺の両腕をそれぞれがしりと掴んできて、

「彼が」「こいつが」

「「行かないなら絶対行かない!」」




 ――結局巻き込まれ三人で旅に出ることになり、ダンジョンのトラップやら魔物やらのせいで何度か死にかけたり、故郷が村焼きにあったが全員無事に逃げられたと伝令を受け取り、自分のしてきたことは無駄じゃなかったと泣きたくなったり、流れで四天王に楯突くことになって殺されかけたりしたのは別の話だし、どうにか生きて魔王と対峙し平和条約を結んだのは、ある意味王道パターンだし、


「セイ、ユウ、お前ら早すぎだろ!」

「ジェイが遅いのがいけないんだよ!」

「ほら、早く来いよ!」

 登場人物の名前が解りやすいのも、まぁ、テンプレってことで。

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