第45話 紫苑祭(5)
紫苑祭一日目、各所での午前の催し物は終了し、十二時からの昼休み時間に入っていた。もちろん出店等は関係なく続いているが、午前と午後でメニューや出し物が変わるところも少なくない。来場者も午前よりも増えてきている。
「なんかめっちゃ炎上してるんだけど」
中等部の校舎屋上、他の生徒のいない中、校庭の屋台で買ってきたフランクフルトを頬張りながら、片手で携帯電話をいじるハルが声を上げる。
「何がよ」
同じく高等部の出店で買ってきたたこ焼きを頬張りながら、ウララが画面を覗き込む。
インターネット上の学校公式のSNSを見ているようで、紫苑祭に関連する書き込みが多数されていた。問題はその中のエーテライズ教室関連だ。
アクシデントに対する賛否だけならまだしも、魔法司書反対派の妨害工作が行われたという書き込みに端を発し、魔法司書そのものへの是非に議論が発展、様々な感想や意見、憶測が書き込まれていた。中にはかなり感情的なものも含まれ、場は荒れていた。
「えっ? これって……」
焼きそばをむしゃむしゃ食べながらトワも覗き込むと、その最初の書き込みには、第一回でハルが見つけたエーテル妨害装置の画像が写っていた。
「あんた言ったの?」
「いーや。これがそうだとわかるとは思えないけどなあ」
ハルはあの時、携帯電話の電源をオフにしてくださいとだけ言った。観客には妨害工作の原因はわからないはずだった。
「でも二回目でわたしがたくさん持ってきたから……」
「うん、でもこの書き込み時間見て。二回目が始まる前だから。ハルのを見てそうだとわかったってことになる」
「ふむ、誰かが焚き付けてるな」
ハルが指を顎に当て、探偵ばりにわざとらしく考え込む仕草をする。
「まさか神社本局自ら――?」
トワはアヌビスが事前に知っていた件と、高等部に向かう途中、八咫ソウガと会ったことを二人に話していた。
「アヌビーのことだから知ってて泳がせてると思うけど」
「そうね。魔法司書を危険視している団体を表舞台に引っ張り出すのが目的なのかも」
「そんな――」
そのためにエーテライズ教室を囮に利用されているとしたら、トワは納得がいかなかった。彼女が展示を見た時の反応は本心だと思いたかった。
『九重がまだ見つからないのも気になる』
そんなトワの不安そうな顔を見てイツカが口を開く。
「それな!」
「園田先生からもまだ見つかってない、職員室にも戻ってないとのことだし」
「うーん」
三人は悩みつつ黙々と昼ご飯を食べるのであった。
「とにかく! 午後の部は三人でいこ! また妨害あるかもだし」
「そうね。大学図書館は広いから、またたくさん設置されてたらまずいし、もう行きましょ」
「はいっ!」
食べ終わり、三人が立ち上がったところで、携帯電話の着信音が鳴り響く。
「あっ、わたしだ」
トワが着物の帯の中から携帯電話を取り出す。番号は九重からだった。
「! 九重先生からだ!」
「なぬ!」
「早く出て!」
二人もトワの側に駆け寄る。
『あーもしもし、彩咲か?』
「オリヒー!」
「先生!」
トワがスピーカーモードで受信し、九重の声が聞こえるや否や、二人が叫ぶ。
「――えっと、はい。彩咲です」
『お前らもいたか。ちょうどいい。あーまずは午前の教室お疲れさん。トラブルもあっただろうけどよくやった。行けなくて悪かったな』
九重の声は落ち着いていた。周りの音はせず静かなため、屋内から通話していると思われた。
「どこにいんの?」
「どこにいるんですか!」
二人が同時に尋ねる。
『えーと――(っせえな、わかってるよ)げふんげふん、ちょっと偉い人達の接待で席を外せなくなってな。午後も行けそうにないわ』
途中誰かに怒鳴ったように聞こえたが、九重は続けた。
『というか午後もやるのか? 中止になったりしてない?』
「はい。今のところはそういう話は出てないです。予定通り大学図書館で二時からになります」
トワが答えた。何故そんなことを聞いてきたのか少し疑問だった。
『おっけ。偉い人が聞けってうるさく――(ってえなあ、いいだろこれくらい)ごほんごほん、じゃあ頑張れや』
側に誰かがいる状態で話しているのは間違いなかった。
「……」
ハルとウララは腕を組んで黙って聞きながら、お互い視線を飛ばし頷き合う。
「オリヒー。待ってるから」
「先生に見てもらわないと意味ないですから」
そして静かに声をかけた。それは本心から出た素直な願いだった。
『…………わーったよ。努力します。そうだ彩咲――』
その言葉を聞き、九重は長い沈黙の後、何かを決意したようだった。
「はい」
『初めて俺にエーテライズ見せた時のこと覚えてるか?』
「えっと、はい――?」
『その時のことを思い出してやれば大丈夫だ。後は悪いけど任せる。頼りにしてるぜ』
そこで通話は突然ぶつりと途切れた。
通話の終わった携帯電話を三人は黙って見つめながら、しばらく誰も口を開かなかった。紫苑祭の喧騒の中、午後の出し物を告げる校内放送が流れ始める。
「これは――」
「拉致られてるわね」
ハルとウララが確信にも似た表情で断言した。
「ええっ?」
トワは驚きの声を上げ、さすがに冗談だと二人の顔を交互に窺うが、真剣だった。
「エーテライズ教室をアタシ達だけにして妨害したかったんだと思う」
「狙いは魔法司書委員会への牽制か、魔法司書そのもののイメージダウンか」
冷静に分析する二人を見て、トワは言葉を失う。
「問題はオリヒーがどこに捕まっているか」
「最後に言ってたことが気になる。トワさん心当たりない?」
「えっと、先生に初めてエーテライズ見せた時って――あっ!」
トワは思い出した。九重が用意した修理本を治した時のことを。
「おっ?」
「何かわかった?」
「イツカくん!」
『もうやってる』
そして何かに気づいたトワは走り出した。
「二人は先に図書館に行ってて! わたしとイツカくんで探してくる!」
呆気に取られた二人は、あっという間に階段に消えていくトワを呼び止めることもできなかった。
「ちょ、トワッチ!」
「あの子達なら大丈夫だと思うけど、仕方ない。ハル、あなたは先に図書館でみんなに注意喚起して。私ももう一度先生達に掛け合ってくる」
二人は覚悟を決め、それぞれの役割を確認する。
「おっし、じゃー反撃開始といきますかー」
「私達に喧嘩を売ったことを後悔させてあげないとね」
そして三人はそれぞれの戦いを始めるのだった。
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