第70話 美しくも濁った予約
ピクリと世奈ちゃんの身体が跳ねる。それと同時に耳は一気に赤く染まった。
本当に可愛い。絶対に渡したくない。私が名前を呼べば世奈ちゃんはゆっくり首元から顔を離す。
「「……」」
自然と私達は見つめ合う。沈黙による気まずさとか、顔を合わせる恥ずかしさなんてどこにも無かった。
お互いがお互いのことで頭がいっぱいになっている。
無理矢理でも良い。体勢が辛くても構わない。私は少し顔を傾けて世奈ちゃんに近づこうとした。
「……あっ、ごめんなさい!」
しかし唇は重なることなく遠ざかって行く。
世奈ちゃんはようやく私に痛いくらいの力を込めていたことを自覚したようだ。
すぐさま腕を解き、慌てて離れて行った。
「ごめんなさい!痛かったですよね?」
「大丈夫よ。それより」
「何で気付かなかったんだろう…。凛奈、ただでさえ痩せているのに」
「気に病む必要は無いわ。私は平気だから」
それよりもキスをしたい。
けれど世奈ちゃんは気まずそうに椅子に座り直してしまう。
赤く染まる顔は変わらないのに、世奈ちゃんから続きをねだられることは無かった。
「さっきも言ったけど、世奈ちゃんに壊されるのは大歓迎よ」
「ダメです。あたしが壊したくありません」
「そう?好きな人に壊されるのは本望じゃない?」
「まぁそれはそうですけど」
世奈ちゃんは小さく唇を尖らせながら目線をキョロキョロと動かしている。
全ての言動が可愛くて私は口角が上がるのを耐えられなかった。
「世奈ちゃんって凄いね」
「どうしたんですか?急に」
「私はアイドルをやっていたから色んな人達と関わったわ。ファンの人も芸能界の人も。でもこんなに私を幸せにしてくれるのは世奈ちゃんだけ」
そう、これは本心。私が心の底から想っている本心だ。
綺麗な人も可愛い人も、垢抜けない子もイケメンな人とも出会ってきた。
もし私が卒業後に再会したのが世奈ちゃんじゃなかったらどうなっていただろうか。
きっと人生最後の利用はさせてもらっても、深い関係になることは絶対に無かったはずだ。
「この先も世奈ちゃんには敵わないのでしょうね」
世奈ちゃんは私の運命の人。大袈裟って言われても、すぐに決めつけるなと言われてもそれは揺らぐことはない。
だから離れたくないのだ。
『凛奈の、貴方の人生に世奈さんは必要なの…!?』
離れたくない…はず。
なのにお母さんから放たれた言葉が嫌になるくらい脳内を彷徨う。そして私を納得させるように染み込み始めていた。
「凛奈?疲れちゃいました?」
「ううん。ねぇ世奈ちゃん」
「はい」
「世奈ちゃんが18歳になったら結婚する?」
「え…」
私は離れてしまった世奈ちゃんに手を伸ばして頬を触る。距離を埋めるように。そして知らない何かに焦り出す私の意識を保つように。
出会った時から変わらない細い首へ手を伝わせば世奈ちゃんは鳥肌を立たせる。
次の瞬間、私の手には温かい涙が落ちた。
「嫌だった?」
頷きも横に振ることもしない世奈ちゃんはただ涙を流している。視線は私に向けられることはなく、自分の膝を見つめていた。
突然過ぎだと思っている。でも今言わないとダメな気がした。
私は手をそのままにして涙を受け止める。
「私は離れないから。だから世奈ちゃんも離れないで。来年誕生日が来た時に、プロポーズして良い?」
世奈ちゃんから溢れ出る涙の量が多くなる。同時に首に伸ばす私の手を優しく握りしめてくれた。
これは“はい”と受け取って良いのだろうか。世奈ちゃんは静かに泣いて返事も出来ない状態だ。
それでも私は強引に世奈ちゃんの顔を上げて目を合わせる。赤く染まる目からは止めどなく想いが結晶となって出ていた。
「好き、大好き。愛してる」
やっと触れられた唇。涙のしょっぱさが私にも感じられた。
幸せだ。この幸せは絶対に手放したくない。
唇を重ねている間、私はずっと世奈ちゃんの存在を自分の中に閉じ込めた。
ーーごめんね。洗脳みたいに愛を伝えちゃって。
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