第54話 恐怖と不気味

 冬の鋭い寒さがより強く感じられて肌が痛い。


 久しぶりに会った叔父さんは記憶の中よりもやつれていて、目の下に隈が出来ていた。


「ほら」

「…ありがとうございます」


 叔父さんは近くの自販機で買ったコーンスープを手渡してくる。あたしは受け取った後、座っていたベンチの端に置いた。


 ここはスーパーからそれほど離れていない公園。周りには買い物ついでに訪れた子連れの家族が居る。


 誰も居ない路地裏とかではなく人が居る公園に連れて来てくれて助かった。


 人は怖いけど、こういう時は安心感が凄まじい。


「ちゃんと飯食ってっか?」

「はい…」

「そうか。なら良い。とりあえず飯食って寝ていれば人は生きていられる」


 面倒臭そうに話す態度は以前と変わっていない。一応これでもこの人は高校教師をやっている。


 それを父親から教えられた時、最初は信じられなかったっけ。


 あたしは俯きながら冷える両手をいじくる。叔父さんは何を言うつもりなのだろう。


 「連れ戻しにきたわけではない」の言葉は信じて良いのか。あたしは無意識のうちに歯を食いしばっていた。


「俺は世間話するの苦手だから本題入って良いか?」

「どうぞ」

「ああ。そんじゃあとりあえず言うべきことは……世奈のお父さんとお母さんの現状か。一言で言えば2人は壊れた」

「壊れた?」

「単純に精神崩壊さ。今は病院と警察にお世話になっている」

「……そうですか」


 別に驚くような内容ではない。今まで人生を賭けていた娘が居なくなればそうなるのもおかしくはなかった。


 しかし両親のことよりもあたしは気になっていることがある。


 それが顔に出ていたのか叔父さんは納得したように声を出した。


「あ〜まずあれか。何で俺がここに居るとか教えるべきか」


 流石教師。ちゃんと相手が思っていることを瞬時に把握している。見た目や態度は全然教師っぽくないけど。


「順を追って説明しよう。兄貴達が精神崩壊したって情報を得たのは10月の中旬だ。通信制の後期が始まってから世奈が学校に来ていないって理由で担任が家に連絡したらしい。でとその時の2人は既に頭パーの状態だ」


 叔父さんはユーモアを含めたいのだろうか。頭付近で手のひらを閉じたり開いたりと精神崩壊を表す仕草をする。


 しかしあたしは笑えず、ただ無表情で流した。


「んで、家庭訪問で接触したけど話は通じずに学校側は警察に通報。そうすれば自然に親族である俺に話が来るわけだ」

「あたしの捜索願は出さなかったんですか?その時はもう東京に居ました」

「本来なら出すべきなんだろう。でも世奈のことを考えたら出せなかったなぁ」

「どういうことですか?」

「そもそも世奈は出して欲しかったのか?」

「……いえ」

「だろう?警察には世奈が何処にいるか目星は付いているって誤魔化したんだ」


 何だか悔しいけど、叔父さんが捜索願を出さなかったことには感謝している。


 もし出していたら凛奈は完全に誘拐犯扱いになってしまっていた。


 叔父さんがどこまで把握しているかはわからない。でも凛奈のことを考えるとその決断に助けられた。


「とりあえず兄貴達は精神崩壊していても子供の虐待の疑惑があるから社会的に終わるだろうな。まぁ疑惑なんかじゃなくて事実なんだろう?」

「そう、ですね」

「ちなみに虐待されている自覚は?」

「…東京に来てから」

「なるほどな」


 あたしは無意識に自分の脇腹を撫でる。


 凛奈に連れられてからしばらく経ったお陰で、あたしの身体からアザは消えていった。


 若干の変色している所はあるけれど目立つようなものではない。


 しかしお風呂に入る時にそれが目に入ってしまうと、あれは本当に虐待だったのだと強く実感する時があった。


 その度にあたしは凛奈に縋るようにくっ付いている。そうすれば全てが凛奈で満たされるから引きずることも無くなった。


 けれど、過去の記憶が消されるわけではない。


「あの」

「ん?何だ」

「連れ戻しに来たんじゃないなら帰って良いですか?」

「まだ全部話したわけじゃない」

「……苦しいんです。あたしはそこまで話を聞ける余裕はないので」


 正直言って良くここまで話を聞けたと思う。叔父さんに会った時から吐き気や恐怖が止まらないというのに。


 だから早く離れたかった。


 ここはみんなが使う公園だ。子供や大人の声が少なからずある。


 なのにあたしは叔父さんの声しか聞こえない。それはまるで、洗脳する獣のように。


「早く帰らないと同居する女が心配するか?」

「は……?」


 あたしは本能的に立ち上がって叔父さんから離れる。


 叔父さんはベンチに座ったまま呆れた様子であたしを見ていた。


「世奈、まさか俺が適当に探してやっと見つけたと思っているのか?」


 ポリポリと頭を掻きむしりながら「超能力者じゃあるまいし」と叔父さんは呟いた。


 確かに適当に探し回るのは無謀だ。でも叔父さんなら教師としての繋がりが広いのではないだろうか。


 けれもそうだとしたら何故凛奈のことまで知っている?


 先程まであった恐怖という感情が一瞬で不気味に塗り替えられた。


「探偵を雇えば世奈が何処に居るか。誰と居るか。何をしているかなんて丸わかりだ。多少金額は掛かったけどな」

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