EP16 少女の名前

「はぁあああい!」

眠たそうな声と伴にドアが開き、その奥から右目の眼帯が特徴的なダブダブのパジャマ姿の少女が出てくる。


「すまない。仮眠中だったかな?」


「いや。ようやくあの子が眠ってくれたとろだっぁわぁああ」

そう言いかけた少女が大きなあくびを零してして瞳に浮かんだ涙を拭う。


「まあ厳密に言えば薬で眠らせたってほうが近いけどね。それよりも・・・・」

そこまで言って少女の清みきったアクアブルー色の瞳が私の顔をじーっと覗き込んでくる。


「なんですか?」

全てを見透かされている気味の悪い視線に耐えきれなくなり少女を瞳を睨みつける。


「いいや?だた気になっただけだよ。君が本当に噂通りの〈ストゥルトゥス愚者〉かおね。。。。どうやら噂はただの噂に過ぎなかったみたいだけど」

残念そうな声をあげながら眼前の少女は身を翻して部屋の中へ消えていく。


「入っていいよ!あの子はベットの上だよ」

少女の張り上げた声を合図に車いすがゆっくりと前進を始め、部屋の敷居をガタンと乗り越える。


「いつ見ても散らかっているな。この部屋は。まったく、少しは片付けたまよラケシス特務士官。これでは足の踏み場もないではないか」

ティムール准将が呆れたため息を零してしながら少女、もといケシラス特務士官と呼ばれた少女に文句を垂れる。


ただその文句もあながち間違いじゃない。


ケシラス特務士官に招き入れられた彼女の自室はお世辞にも綺麗とは言えない、壁には何かどこかの部族のお面がひしめき合い、天井からは風鈴のようなよく分からない飾り物が大量に吊り下げられており、その中の幾つかが大量の儀式道具?のような何かが大量に転がってる床の上に落下している。


唯一綺麗な場所などベットの上ぐらいだ。


何とか床に撒き散らされた地雷を踏破して、ようやくベットの元までたどり着く。

唯一綺麗なベットの上で小さな寝息を零しながら死んだように眠っている少女の骨ばった頬を優しく撫でる。


「それにしても〈ストゥルトゥス愚者〉何て名前。よく思いついたな」


「別に、その名は私が考えたんじゃないよ。考えたのは二日前にその女を拾った連中さ」


「二日前?それはいったいどう言う意味だ?」

少女に頬を撫でていた手がピタッと止まり、部屋の隅の机の上でカードをくっているケシラス特務士官を見上げる。


「あれ?知らなかったのかい?君は保護された時から二日間、ずっと昏睡してたんだよ」


「二日間も?」


「そう。丸々二日間。あ、そうそう言い忘れてたけど、そこで眠ってる少女。その子も二日間ずっと起きてたんだよ」

ケロッとした顔でとんでもないことを言い始めたケシラス特務士官に何も言い返せなかった。

天井に吊り下げられた棒状の風鈴が風もない室内で小さく音を音色を奏で始める。


「何かに怯えるように部屋の隅で縮こまってたよ。けど、それと同時に誰かを待っていたのかな?視線は常にドアの方を見ていたしね」

ケシラス特務士官がそう言ってベットで眠ってる少女を一瞥する。

その視線を辿るように、まるで死人のような表情で眠っている少女の顔に目を向ける。

顔の半分近くまで伸びた長い前髪、その隙間から覗いているこの子の右目の上を走っている大きな縫合跡が痛々しくて髪の流れに沿って優しく撫でる。


「そう言えば、その子の名前をまだ聞いてなかったよ。良ければ教えてくれないかな?〈ストゥルトゥス愚者〉さん?」

そう言われ、戸惑ってしまう。


「すまないな。実は私の彼女の名前は知らないんだ」

ベットで眠っている少女の頭を撫でながら、重苦し沈黙に耐える。


「はあ?全く信じらんないわ~。本気で言ってるの?」

ケシラス特務士官の射貫くような鋭く冷たい眼差しに耐えながら、口を開く。


「しょうがないだろ?こっちだって色々あったんだ」


「ったく。これじゃあ本当に〈ストゥルトゥス愚者〉だね」

心底軽蔑するような表情を浮かべながら手元でくっていたカードを机に広げながらケシラス特務士官がそう唸る。


「そ、それじゃあ!お名前、考えてあげないとですね!」

今まで黙り込んでいたアリサ看護師が険悪な空気を祓うように陽気な声でそう言い放つ。


「どうですか?カラミラさん!何か良い案g「そいつに聞くだけ無断さ。そこの〈ストゥルトゥス愚者〉に決めさせるなら、うちのティムール元帥に決めさせたほうがよっぽどましさ」


「私はパスだ。なんせ私のネーミングセンスの無さには定評があるからな」

部屋の壁に背中を預け、端末を叩いていたティムール准将はこちらを一瞥しそう返してくる。


「それじゃあ、ケシラスさんは」

期待に満ちた眼差しでケシラス特務士官を見つめるアリサ看護師。


「私もパスなか~。人様の人生を左右するほどの事に関われるほど、私は出来た人間じゃないんでね」

そう言ったケシラス特務士官は机に広げられた獣の骨と睨めっこし始める。


「ぇええ。自分から言っておいて。じゃあ。私が決めましょうかね。なにが良いかな~~」

そう言って、顎に手を当ててうーんと唸り馴染めるアリサ看護師を横目に枕の下から裏返ったカードが一枚、不思議な雰囲気をかもし出しながら覗いていた。


「なんだ?これ?」

好奇心には逆らえず、思わず手を伸ばしカードを枕の下から引き抜いた。


大理石を思わせるような滑らかな手触りと確かな硬さ、それでいて金板よりも軽い純白のカード。

その表面には糸のように細い黄金色と白銀色の細く美しい曲線が多様に交差し描き出す幾何学模様が描かれていた。


悪魔?いや天使か?


よく見れば、幾何学模様が描かれてない場所がだまし絵のようになっており、見る角度を変えると天使とも悪魔とも見える


「凄いな」

思わずそう零し、湧き上がってきた好奇心を満たすべく恐る恐るカードを裏返す。


「・・・・・・」

そこに描かれた精巧な絵に思わず息を呑んだ。

歪んだ木製の杖を手に持った小さな少女が一人、沢山の小鳥たちに囲まれて立っている。

右側では白い鳥が夜空に輝く星々めがけ飛んでゆき、やがて星へと還元され左側では光を失った黒い小鳥たちが少女の元へと降りていく。

少女は微笑み、黒い小鳥へ手を差し伸ばし再び白い小鳥へと姿を変える。

カードの中心には大きな黒い雲が広がっているがその隙間から確かに青白い月光が差し込み少女を淡く照らし出し、確かに導いている。


「へぇ~~~。『』じゃないか?そんな所にあったのか」


いつからそこに居たのか、ケシラス特務士官が私の真横に立っており、カードの絵柄を横から覗き込んでくる。


「導きのエリス?」


「そう。『導きのエリス』エリスはその絵の中の少女の名前。カードの意味は『純潔や導きを授けし者』それから『運命の円環』もしくは『因果の循環』」

そう言ったケシラス特務士官はカードから目を背け、ベットで眠っている少女へと視線を移す。


それに釣られて私もベットで眠っている少女へと目を向ける。


「整いました!その子供のn「」はい?」


突然声を上げたアリサ看護師を言葉を遮るように思わずそう呟いてしまった。

自分でもなぜ、その言葉が出てきたのかさっぱり分からない。ただベットで眠っている少女を見ているとどうしてもその名を呼びたくなった


「折角考えていただいたのに。申し訳ありませんがこの子の名前は『』です。今決めました」


「ちなみに、そう名付け理由を聞いても?」

先ほどの陽気な声とは打って変わって、真剣な面持ちでそう聞いてきたアリサ看護師の顔を正面から見据え口を開く。


「誰かの運命を指し示せる。そんな立派な大人になってほしい。そうこのカードの少女のように」

そう言って、手に持っていたカードをクルンと裏返し、アリサ看護師の鼻先へと差し出す。


「そこまで深く考えたのなら、私は何も言いませんよ」

そう言ってアリサ看護師は再びニコニコの笑顔に戻る。


「そろそろ行こうか。カラミラ大尉」

開いていた端末を懐にしまいながら、ティムール准将がそう言って部屋の戸口に目を向ける。


「ああ。エリスのことは心配するな。そこにいるケシラス特務士官が当面の間、面倒を見る」

そう言って机の上で色のついた石を転がしているケシラス特務士官に目を向ける。


「ま。そう言うことだから、心配しないでよ。〈ストゥルトゥス愚者〉さん。いやこれからはカラミラさん、と呼ぶべきかな?」

そう言ったケシラス特務士官は机の上から目を離し、コバルトブルーの隻眼を向けてくる。


ストゥルトゥス愚者〉でもなんでも好きに呼べ、だたし」

ケシラス特務士官が向けるコバルトブルーの隻眼を正面から見据える。


「エリスに何かあってみろ。ただじゃおかないぞ!」

そう言って持っていたカードをケシラス特務士官めがけ投げつける。

「おっと!ハイハイ。分かりましたよ」

呆れ果てた声を上げたケシラス特務士官は早く出ていけとでも言わんばかりに手を払う。


車いすが軋みをあげながら地面に転がっている物を踏破していく。

人の動きに合わせて巻き上げられた僅かな風が吊り下げられた風鈴をゆらしチリンチリンと音を奏でる。


「ようやく出ていったか」

エリスと名付けられた少女を一瞥したケシラス特務士官がそう呟き、投げつけられたカードを机の上に置きカードの山から一枚、引き抜く。


「へ~~。まあこれ出てくるよね~~」

引いたカードには燃えさかる大地に剣を突き立ている騎士の姿が描かれていた。

カードの名は『アルゴアの誠騎士せいきし


確か意味は『永遠の忠誠』や『不屈の闘志』だったかな?あの〈ストゥルトゥス愚者〉にしては出過ぎたカードだと思ったがまああながち間違いなじゃないか。。。


おおかた予想していた通りの占いに満足し大きな背伸びを零して椅子から立ち上がる。


「いったぁぁぁあ」

床に転がっていた儀式用の長杖に椅子の足を引っ掛けて、机の縁に勢いよくお腹をぶつける。

痛むお腹をさすりながらダボダボのパジャマを着た少女が今度はゆっくりと立ち上がる。


「!」


先ほどの衝撃でカードの山の一部が崩れたのか、めくったカードの隣に新しいカードが流れ落ちていた。


カードに手を伸ばし、裏返す。


「『リーパーキング』」

純白の修道服を身につけた修道女の首に巨大な鎌を背後から据え当てる、笑顔の死神。そのカードの意味は。。。


「『死を振りまく者』又は『死への救済』そして。。。」

そこまで零してハッと我に帰る。

カードの込められた最後の意味を掻き消すように首を左へ右へ振り払い、滑り落ちたカードを再び山の中に投げ入れて、エリスが眠っているベットへと身を投げる。

襲い来る睡魔に身を任せ、エリスを抱きしめ瞼を閉じる。

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