EP5 森の中での小さな出会い

雷鳴がとどろき、初めはぽつぽつと降っていた雨がすぐさま滝のような音を響かせながら森の木々の葉を揺らし、森全体に恵みの雨を降らせていく。


銀色の風防で守られた小さなガスコンロ

がボウボウと青白い火を炊き上げその上に載せられた金属製のやかんを過熱し雨水を過熱していく。


やかんの口から白い蒸気を吹き上げたのを確認したマーサさんが、やかんを取り上げ地面に置かれたスチール製のコップへ熱湯を注いでゆく。


適当に折ってきた木の枝に火を移し、持ってきた小型カンテラに火を移してカチッとつまみを音が鳴るまで回してガス栓を開きカンテラに火を灯す。


三本足のランタンスタンドを素早く組み上げ、カンテラを吊るし洞穴の内部を明るく照らし出す。


「はい、どうぞ」


そう言ってマーサさんが笑顔でコップをこちらに手渡してくれる。


「ありがとうございます」


白い湯気をもくもくと吹き上げている熱湯に息を吹きかけ少し冷まし、コップに口をつける熱々のお湯を飲み干す。


「まだまだあるわよ?」


冗談混じりの声でそう言ってくるマーサさんに首を横に振り返し、コップを彼女の元へと返却する。


「今はいいですよ。それより外の様子を少し見てきますね」


そう言って地面に立たせたバイクの脇をすり抜けて洞穴の入り口へ歩みを進める。


”ザーーー”と昔聞いた無線機のノイズ音にも似た雨音が洞穴内を反響し、未だ雨が止んでいないことを教えてくれる。


打ち付け冷たい雨が頑強な岩肌を着実に少しずつ削りとっていき、森全体に多すぎる水を張り巡らせてくれる。


洞穴の入り口から少し顔を覗かせて、ドンよりとした灰色の雲の流れを観察する。


このペースならあと10分、14分ぐらいで止むだろうな。


そう考えてひと眠りでもしようと踵を返した刹那、何処からか僅かに雨水の湿った空気に混じって薄い鉄の臭いが鼻腔を撫でる。


咄嗟に鼻に手を当てて確認するもどうも鼻血ではないようだ。


「まさかな?」


不意に頭をよぎったのは町を出る直前で聞いあの兵士2人の会話だった。


「それでよ~~どうもここ最近でる熊。あいつに賞金が掛けられるらしいぞ」


「マジかよ!じゃあ狩りに行くか?」


「止めとけ止めとけ!もう3人も喰たって話しだ。お前まで喰われちまうぞ」


その会話が妙に鮮明に思い出されその場から動けなくなってしまう。


もしさっきの会話が事実なら、この近くで熊が狩りでもしているのか?


不味いな、早急に確認しなければ。


駆け足でバイクの元まで戻り、サイドケースを乱暴に開いて防水ポンチョを取り出して首に巻き付けフードを被るりバイクに括り付けてある紐を外し肩に掛ける。


「マーサさん。少し出ます。ここで待っていて下さい、何かあればこれを」


そう言ってお湯とクッキーをお供に優雅なティータイムとしゃれ込んでいるマーサさんに笛を投げ渡し駆け足で洞穴を飛び出す。


雨がポンチョを打ち付け煩わしさ雑音を奏でるなか鼻をすすり、冷たい空気に紛れ込んでいる血の臭いを頼りに茂みを掻き分け進んでいく。


川があるのか?


雨音のドラムの合間に微かだが水が流れる音が聞こえてくる。


どうやら血の臭いもその川の方角から流れて来ているようだ。


身を低くし余計な音を立てないように茂みを掻き分け、川辺の様子を確認する。


「人間か?あれ?」


思わず小さく呟いたそれはすぐさま雨音に吸い込ま消えてゆく。


川辺に転がっている流木のすぐ側、小さなボロボロの布のような『何か』が漂着しており、黒い帯?なのかよく割らない物がそこから生えている


周辺をくまなく見回して、手近な木にロープを括り付けラペリングの要領で慎重に崖を下っていく。


「ほんとになんだ?」


ベルトに掛けられたカラビナを外し慎重に近づいていく。


「ぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


「人間か!」


雨音に掻き消されながらも確かに聞こえた小さくて弱々しいうめき声を聞き咄嗟に駆け寄る。


「大丈夫ですか?しっかりして下さい」


声をかけるも反応がなく、急いで首筋に手を当てて脈を確認する。


まだ息はありどうやら気絶しただけらしい。


ひとまず安全な場所へ移動させるか。


ポケットから携帯用防水シートを取り出して、小さな体を少し持ち上げその下に防水シートを滑り込ませシートで優しく包んであげる。


やけに軽いが子供か?それにしても軽すぎだな。まさか?


少し申し訳ないと思いつつも、容赦なく着ているボロボロの一張羅の首元を引き裂き右鎖骨周辺を確認する。


「・・・・・・奴隷か」


この子の容態からも大体想像は付いていたが右鎖骨の上に刻まれた焼き印の跡。

一生消えないように何度も何度も高温の焼き鏝を押しつけて、焼き入れられた消えない印、斜め線と蛇と髑髏。


「いつになったら、こんなこと止めるんだか」


そうポロリとそう零し、ちらりと見える首回りにちりばめられた小さな丸い火傷の跡や殴られて色素定着し変色した箇所を優しく押し、骨が折れていないかを確認する。


幸いな事に骨は折れてはおらず安堵のため息を付いて、この子と自分の体を紐で縛り上げ落ちないようにしっかりと縛り上げる。



ベルトにカラビナを着け、背負った子供が落ちないようにしっかりと確認し、先ほど降りてきた崖を今度は登っていく。


背中にもう一人背負っているとは思えない程の軽く、難なく真ん中までたどり着いた刹那、激しい耳鳴りと伴に視界が閃光に閉ざされ思わずロープが手から外れてしまう。


「っ!」


カラビナがロープを締め上げ落下する体を押し止めてくれる。


「ッチ。こんな時に!」


そう吐き捨てて歪む視界の中、気合いでロープを掴み上げ、これ以上症状が酷くなる前になんとか腕を動かしてロープを登り切り、近場の木陰で息を整える。


「がぁあああ!」


頭が割れそうな激痛が体の中を駆け巡り、咄嗟にその場にしゃがみ込む。


ギュイーーーーーーーーーー


耳鳴りとは違う、鼓膜を激しく引き裂く用な騒音が耳鳴りを打ち消し、辺りの木々の枝を激しく揺らしていく。


「な、んだ? まさか、ジェットか?」


鼓膜を引き裂く騒音が何処から懐かしいジェットエンジンが奏でる騒音に聞こえ思わず、閃光が治まった視線を上げ空を見上げる。


「なっ!PMTFか!」


ジェットエンジンの轟音を轟かせながら自身の愛機より二回りほど小さくなったPMTFと呼ばれる人の形を模した機械仕掛けの機動兵器が青白いジェットを吹かしながらゆっくりと降下してくる。


辺りの大地から黒い煙が噴き上がり、ジェットが巻き上げた気流に抗うように真っ黒な機体配色のPMTFへ飛び込んでいき、丸い球形を機体の外周へ形成しその表面に流れを描いていく。


酷くなる手脚の震えを抑えながら咄嗟に木の後ろへ身を隠す。


キーンと響く耳鳴りにもだいぶ慣れ、息を吐き呼吸を整え木の陰から身を乗り出し降下してきたPMTFを監視する。


〈やけに小さいな。新型か?〉


真っ黒い機体の周りを流れる砂鉄たちが雨を遮り、僅かに抜けてきた雨水でさえ磁場により過熱され、白い煙となって機体表面から蒸発していく。


〈磁場強度は低か。いったいどこの国の機体だ?〉


真っ黒な機体には通常刻印されている所属国家を示すマークが一切無く、どこか異常な雰囲気を漂わせている。


「っ!」


強風が木々を揺らし再びジェットエンジンの騒音が雨を切り裂き空から眼前の機体と同型の機体がもう1機、降下してくる。


2つの機体が互いに頭部ユニットに装備されている光学通信機を、光をチカチカと点滅させながら通信する。


記憶の彼方から公用暗号表を取り出して光のタイミング、色そして長さを照らし合わせ紡がれた言葉を読み取っていく。


「『目標物は見つかったか。いやまだだ。もっと下流へ流されたのかもしれない。本部へ探索範囲の拡大を要請しろ、こちらはさらに川を下っていく。』ザッとこんなもんか」


光の点滅が終了し、後から遅れてやってきた機体がどこかへ飛んでいき次いで2機目の機体が機体の磁場フィールドにへばりついた砂鉄を振り払うように青白いジェットを吹かし、急速に高度を上げどこかへ飛んでいく。


途端に今まで響いていた耳鳴りが治まり、再びあの煩わしい雨音が鼓膜を優しく打ち鳴らす。


「何だったんだ?」


そう呟き、周囲に降る黒く濁った雨が背中の子供に当たらないように余った防水シートの端を頭に被せ木に縛ったロープを解き、周囲を警戒しながら茂みを掻き分けバイクを止めた洞穴へ歩いて行く。

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