対世界樹決戦用人員教育機関学級日誌

あq

第1話

 それは世界にとっては偶然によって生まれた偶然のひとつに過ぎなかったが、人類にとっては最悪の分岐点だった。

 始まりはたんぽぽの種だった。車道の端に生えていた控えめなたんぽぽが瑞々しい花弁をすぼませ、一旦寝そべって綿毛とともに起立した。その綿毛は、風に乗り様々な場所へ届いた。多くはすぐ近くの土へ着地し、あるいは遠くの川へ着水したが、ひとつは大あくびをしていた人間の口の中へと侵入した。

 彼は吐き出そうと咳き込み唾を吐き散らかしたが、種は彼の内部まで到達した。若干の気持ち悪さを覚えながらも、彼は特に気にすることもなく、床に就いた。

 翌朝彼を起こしに来た母親は、彼の姿を見て街全体にひびき回るような悲鳴をあげた。彼の肌は樹木のようにごつごつとして煤けた色になっており、彼から無数に伸びた根っこのようなものがベッドに癒着していた。

 彼はすぐさま救急搬送された。無数の《種》を撒き散らしながら。

 その種は圧倒的な速さで分布を広げた。数日でヨーロッパを、数週間でユーラシア大陸、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、オーストラリア周辺に到達、繁殖した。

 比較的到達の遅かった日本ではこれを「植物魔」と命名、鎖国に近い管理政策を打ち出し、感染者を特殊ケースに入れて運搬、火葬することで撲滅を目指した。

 完全な成功とは言いがたかったが、ある程度の功を奏し、日本は世界で唯一国家の体裁を保つことのできた国であった。日本以外の国がほとんど破滅するまでの期間はほんの一年と少しであった。

 この間に植物魔は圧倒的な速度で繁殖、種を増やした。その中でも特筆すべきは「世界樹」と呼ばれる樹木である。高さはおよそ2000mを超えるほど巨大であり、その樹木から無数の種の植物魔が生み出された。

 日本では、国をあげてこの世界樹の打倒が目標とされることとなった。

 そして全国で参加強制の試験を実施、能力が認められたもの総勢120名が3年間行動を共にして世界樹決戦チームを結成するための学校を設立した。これが対世界樹決戦用人員教育機関、通称「樹決」である。

 樹決に最も邪かつ浅はかな理由で進学した男の名を、久留米灰人といった。彼はもとより前線に立つつもりなど全くなく、後方支援すら望んではいなかった。できれば何らかの理由でチームを脱退し、樹決に合格したという実績だけ自らの履歴書に書ける状態になることが、彼の最も望ましい未来だった。

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