これを恋と呼ぶのなら

結城ヒカゲ

第1話

 これを恋と呼ぶのなら、私は齢一六にして初めて恋をした事になる。

 相手は同じクラスの女の子。


 気が付けばその姿を目で追っている。声を聴くと心が弾む。

 彼女はたまに学校を休む。彼女のいない一日は退屈だ。


 彼女の名前は秋風紅葉あきかぜもみじ。明るく人懐こい性格で友達が多い。勉強は苦手だけど、運動は得意。ポニーテールが良く似合う元気っ子。

 身長は一五〇センチくらいで、私より五センチ程小さい。だから、秋風は私を見る時いつも上目遣いだ。ずるい。


 秋風は女の子で、私も一応女の子。世間一般ではこういうのをレズビアンというのか。或いは百合とか?

 呼び方なんてどうでもいい。要は、私はマイノリティという事だ。


 普通は恋をして、告白して、彼氏彼女になって、その先も関係は続いていく。


 だけど私は恋をして、おしまい。その先なんてない。その先を求めてはいけない。


 最近はLGBTだの、多様性だのという言葉が流行っているけど、そんなのは他人事だから言える事だ。綺麗事を吐いている奴らも、当事者になれば手の平を返すに決まっている。


 この思いは胸の内に秘めておかないといけない。だけど、思いというのは抑えようとして抑えられるものではない。

 

「どったの? 難しい顔しちゃって」


 教室で物思いに耽っていた私の顔を、秋風が覗き込んでくる。


「恋について考えてたんだよ」

「何それ? 哲学?」

「いや、倫理」

「ふむ」


 腕を組み右手を顎に当てて考え込む秋風。大きくはないが小さくもない胸が、両腕に挟まれて形を変える。

 そこに視線が行ってしまう自分に嫌気がさす。


 何やら考え込んでいた秋風は、ハッと何か思いついたようだ。


星乃ほしの、まさか、好きな人でもできたのか?」


 心臓が跳ねる。

 秋風は上目遣いで私を睨む。


「私というものがありながら! くっそー、どこのどいつだ! 私の親友のハートを射止めた馬の骨は!」


 秋風の中で私は親友というものにカテゴライズされているらしい。友達の多い秋風が親友と呼ぶのは私だけだ。

 その事が嬉しくもあり、悲しくもある。親友というのは、恋人に最も近く、最も遠い存在だから。


「さあ、誰だろうね」

「ヒントをくれ!」

「そうだなー」


 お前だよ、と言ってやりたい。けど、だめだ。それを言ってしまえば、全てが壊れてしまうから。


「うるさくて、ばかで、デリカシーのない奴、かな」

「それって——」


 やば、ミスったか? つい、本音がでてしまった。


 秋風は僅かに目を伏せる。長い睫毛が宝石のように輝く瞳を隠す。


「最低な奴じゃないか。お前、もうちょっと人を見る目ってやつを養った方がいいぞ」

「うっさい、ばか。お前はデリカシーってやつを養え」


 うん、知ってた。これくらいでバレるなら、もうとっくにバレてる。

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