第6.5話 初デート前の私たち(渋谷絢音視点)


 久しぶりに料理をすることになった。


 こうなることは、あらかじめ予測はしていたが、心の準備というものがまだできていない。


 正直、不安だ。先ほどからずっと、今晩は何を作ろうか、ちゃんとできるかとかそんなことばかり考えている。


 前世の経験はあるけども、前世では結局おいしいたまご焼きは一度も作れなかったし、あてにできない。が、今世では、実家でハウスキーパーとして長年働いてくれていた清水さんに小学生のころから料理を教えてもらっていたし、一人でも大丈夫なはずだ。デジャヴを感じるような気がするが、今回は、教えてもらっていた年月が違う。あのときの数時間の練習とは比べ物にならない。

 

 それに、オーソドックスな家庭料理のレシピだって、何度も確認した。料理下手が料理を失敗する原因のほとんどは、レシピを守らない、要するに変なアレンジを加えるからだ、と誰かが言っていたのを覚えている。小学校か中学校の家庭科の先生だったかな。多分。


 とにかく、自分が事故防止のために尽くせることは全部したつもりだ。だから、大丈夫だ。今回はきっとうまくいく。とにかく、今は、目の前の冬理くんとの初デートに集中しよう。


 私は、そう自分に言い聞かせ、鏡で自分の姿を確認する。


 ――よし、完璧!


 鏡に映る自分の姿を見て、私は、笑顔を作った。


 これなら、今世の冬理くんとのデートで恥をかくことはないだろう。


 そう思ったところで、前世の彼との初デートの記憶が頭をよぎった。私は、慌ててぶんぶん、と頭を横に振る。前世での私の彼との初デートがどんなものだったかは、思い出すだけで死にたくなってしまうため、思い出さないに限る。


 一瞬、思い出しかけた自分の黒歴史を頭の隅に追いやる。


 ――今日のデートは、絶対に成功させよう。


 といっても、一緒にお買い物に行くだけだし、成功も何もあるのかという感じだけど。まあ、そこは、良い印象で終われるように、という意味にしておこう。


 私は、支度が終わるのをリビングで待ってくれている冬理くんのもとへ向かう。


「お待たせしました」


 私は、リビングのドアを開けながら言った。瞬間、思わずその場に立ち尽くしてしまった――。


「いや、全然。僕も思ったよりも、時間がかかったから」


 なぜなら、そう言って、ぬくっとこたつから出るかのようにゆったりとした様子で立ち上がる冬理くんの装いは不審者のそのものだったのだ。


「それは、時間がかかって当然です」


 私は、思わず真顔で言う。


「変装してみたんだけど、どうかな? 僕ってわからないかな……?」


 それはもう、完璧な変装だった。冬理くんは季節外れのニット帽にサングラス、そして、マスクをつけていて、もはや誰かわからない。さらに、全身黒コーデときた。これでは、警察が見かけたら間違いなく職質するだろう。


「ええ……。まあ、わからないですが……」


 なぜそんなことをするのだろうか。


 私がそんな疑問を抱いていると――、


「いやあ、よかった……。友達に見られたら困るから……」


 冬理くんがこめかみのあたりを押さえながら小声で独り言を呟いた。


「……」


 ――なるほど。


 あいにく私は地獄耳なため、全部聞こえていた。


 冬理くんもまだまだ多感な時期の男子であるし、女子と一緒にいるところを友達に見られたくないと思ってしまうのは仕方ない。――とはいえ、さすがにそんな扱いを受けるのは傷つく。何せ、今世での初デートだ。デート中に冬理くんの顔を見れないのは悲しすぎる。


 近場の商業施設に買い物に行くつもりだったが、プラン変更としよう。


「なるほど! そこまで気が回りませんでした……! ごめんなさい……! でしたら、少し遠くのショッピングモールに行きましょう!」


「……」


 冬理くんは、無言で立ち尽くしている。その表情はサングラスとマスクのせいで見えない。


「近場だと、私と一緒にいるところをお友達に見られるかもしれないから恥ずかしがっているんですよね……? でしたら、遠くに出かければその可能性はぐんと下がりますので、ご安心ください! まあ、見られることがないとは言い切れませんが……」


 そう言って、私は、ドアの前から一歩引いて、部屋で着替えてくるように促した。


「……」


 動こうとしない冬理くんに、私は、ニコッと笑顔を向ける。


 すると、彼は、ビクッと肩を上げて、のそのそとした足取りでリビングを出て行った。わかってもらえたみたいで何よりだ。


 芸能人じゃあるまいし、デートは堂々と楽しみたいものだ。でも、今後は近場にデートに行くとき、軽く変装するのは彼の気持ちを考慮して仕方ないとしよう。今日の変装は、やりすぎだったから止めただけだ。うん、そうだ。決して、私が一緒にいて恥ずかしい存在みたいに扱われて怒ったとかそういうことではない。


 私は、ふうと息をついた。


 ――さて、近場がダメとなると、今日は、どこまで出かけましょうか。


 私は、二階で響いているバタバタとした音を聞きながら、これから始まるデートに胸を膨らませた。

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