第3話 解剖

 お花の隣に源三郎がいる。そんなお花の解剖を見るために多くの同心達が集まっており、中には奉行らしき人まで見えた気がした。


 お花は手にメスを持ち焼死体の喉を切開した。外ではなんと恐ろしきことやという言葉が聞こえてくるがそこは聞こえていないふりをする。


「目視で確認できる状態としては気道内に煤などは入っておらず、反応としては生前ではなく死後に焼かれた物と考えられる」


 そのお花の説明を聞いた奉行所内がざわざわとざわめき始める。華麗な手つきでメスを操りお花はつい癖で言ってしまった。


「啓介さん鉗子」

「け、啓介?」

 啓介とはお花が大学の法医学教室で遺体を解剖する時に居た助手のことである

 隣に居た源三郎は何回か目を瞬かせた後にあんぐりとした表情で言った。

「け、啓介とはなにものだ」

「す、すみません。人違いです忘れて下さい」

「う、うむ……」


 そうお花が誤魔化すように言った後、熟練の法医学者のように胸を切開する。そんなお花のメス裁きを見て源三郎が唸った。


「なんという凄きことよ、人の喉の奥や胸の中などこんな風になっているのだな」

「はい、左様でございます」


そう言った後にお花は隅々と肺を調べていくと断言した。


「肺の中にも煤などがなく、煙を吸った様子すらない。これを見るに死後に焼かれた物と考えられる」


 通常焼死の場合はボクシング体勢になり、気道内や肺に煤などが入る。そして他殺後に焼かれた場合気道内や肺には煤が入らず、ボクシング体型にもならない。こうして他殺と焼死を区別する訳だが、おそらくこの犯人はそんなことはわかっておらず、何らかの方法で大城屋の親子三人を殺害した後に火を点けたのだろう。


「間違いなく死後なのだな」

「間違いありません。犯人は今ものうのうと息をしています」


 お花のメス裁きを見た奉行所の面々はなんだか芸術的ななにかを見たかのような表情をしている。本来ならばここで歯形照合とDNA鑑定をしたいところだが生憎江戸時代にそんな高尚な技術はない。


 お花は再度合唱をするとメスと鉗子を元の仕事道具の場所に戻した。脂や不純物などが付くために後から徹底的に処理をしなければならない。その後手早くお花は切開した後を糸で縫合した。こうすることで少しは報われるだろう。


「今日私が出来るのはここまでです。後は永井様や他の皆様に掛かっています」

「うむ。かならず下手人の尻尾を掴んでやる」


 それを聞くとお花は扉を開け奉行所の中から外に出る。水場に行きしっかりと手を洗った後に空を見る。太陽が照りつけて暑かったが興味本位の熱気あふれる観衆よりもこちらの暑さの方が気持ちのいい物だと思うのだった。


 それから数日経って源三郎が情報を持ってきた。


「やはり出火元は大城屋で間違いなく、そして父母娘の3人暮らしだったようだ」

「他に何か情報は」

 そこで源三郎は顎に手をやって少し考えるそぶりをした。

「つい最近縁談の話があったそうだが、大城屋の方から一方的な断りを入れて破談になったそうだ」

「破談ですか……」

 

 まず怪しむのはその破談になった男だろう。源三郎は既に籠を用意してあり男の元へ行けるようになっている。


 お花は次郎の了承を取るために医院へ戻ると次郎から相も変わらず頼もしい返事が返ってきたので早急に源三郎とお花は男の元へ向かうことにした。

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