第2話 検屍
暫く籠に揺られると本所石原町付近の空き家に辿り着いた。空き家には長岡紀三郎配下の勇次が待っていた。
勇次は屍に纏わり付こうとする蠅を真剣に追い払っている。
「ご苦労様です」
「いえ、あっしのようなものにそんな言葉もったいないです」
勇次は蠅を追い払いながらそんな言葉を返した。案外長岡紀三郎という人間も出来た人間なのかもしれないとお花は思う。
「勇次、長岡は例の事件をまだ追っているのか」
「へい、もう真剣なものです」
お花はあくまで検屍官であり民間の一般人だ。なんの事件を追っているのか聞けないなと考えた。お花をちらりと見て勇次と源三郎は申し訳なさそうな表情をした。
「すまんな検屍に水を差した」
「いえいえ、とんでもございません。それでは遺体いや屍を見てみましょうか?」
お花は蠅がたかっているのにも構わず屍の所へ進む。源三郎が法の侍なら、お花は検屍の侍と言っても過言ではないだろう。
「それではまずは屍を下ろしましょうか」
源三郎と勇次はお花に屍を見て貰うために遺体をそのままにして現状保存しておいたわけだ。その気遣いがお花には嬉しかった。
弥七と勇次が二人がかりで紐を切り、そして屍を床へと下ろした。お花は屍に向かって両手を重ねて合唱すると見ていくことにする。
「相変わらずお花は屍を生きているもののように扱うな」
源三郎の感心したかのような声にお花はきっぱりと言った。
「以前も言いましたが、この人になにがあったのかわかりません。でも死んでも一人なんて可哀想じゃないですか」
「ふむ……我々も見習わなければならないことかもしれんな」
源三郎は深く思慮した後にそんな言葉を言った。お花は注意深く屍を観察していく
「顔面は巨人顔になりつつあり。蛆の成長具合、角膜混濁は強濁していて、腐敗網の形成、腐敗網は下腹部に緑青色が認められその後一部は血管の走行に沿って腐敗網を形成している。死後硬直は足に集中しており押しても消退しない。それと死後硬直から見るに死後3日は経ってますね」
そう言うとお花は銀の簪を口の中に入れる。
「毒の反応もなし」
次にお花は頭部、頭頂、側頭部、後頭部を調べる。
「釘も打たれていないが、打撲痕が後頭部に見受けられる」
そこでお花は再度屍に合唱すると首を見る。
「顔面の赤さ、そして顔面の溢血点、今回の件を考えると、絞殺が疑われます」
そこまで言うとお花は屍が着ている服を脱がし、裸の状態にする。屍の股を開いて陰道と陰裂を調べる。陰道と陰裂を調べたが特に異常はない。レイプ的な何かではなさそうだ肛門も調べたが、性的虐待は見受けられない。
肩を見るとグッと強いなにかで握られた生活反応が認められた。
「ふむ、肩も強く掴まれてますね。となると他の生活反応痕も見たいので薬を使ってみますか永井様」
「うむ」
源三郎はお花の意見を太助に、御用箱から数種類の薬を持ってこらせる。薬をお花は受け取ると薬を煎じたり混ぜたりしてから屍のもとへ戻ってくる。
「今回は頭部以外全てです」
屍の上半身と下半身に白梅、葱白、塩、山椒を塗り、その上を糟酢で覆う。それから暫く待ち薬の効能が現れてくるのを待つ。
充分時間が経ったところで屍の体から糟酢を取って明るい日差しの中で様々な角度で見ていく。
「腕にも赤く浮かんでますね。これは絞殺と考えた方がよろしいでしょう」
お花は仮説を言った。
「犯人はこの屍の腕を強く掴み、振り向かせた。そして強く肩を握り、倒して後頭部を打撲させた。後頭部が命を失うレベルまで損傷したか、それとも気絶をしたのか抵抗を試みなかったのかこの屍は絞殺されたと言ったところでしょうか。殺された地点はここです」
お花は吊られていた場所から少し動き小便で濡れている場所を指さした。更に糞は吊られたときに落ちたのだろう。吊られた場所の真下にあった。そこでお花は気がついた。
「この屍、念入りに白粉と紅をしていますね。それと簪も上質なものです」
「ということは男と会っていたということか」
「それも相当大事な男と言ってもいいでしょう」
お花はここまでいうと紙で手を拭き、女の似顔絵を作成していく。それを源三郎に渡すといつもの決まり文句を言った。
「今日の私が出来ることはここまでです。後はこの似顔絵からこの屍を探し出して下さい」
「うむ、本当にごくろうであった。すまんな」
「だからそれは言わない約束ですよ」
「うむ」
お花はそれだけ源三郎に言うと源三郎は頷き、そしてお花は籠に乗って医院に帰っていった。
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