第5話
その煙突は目に見えて脈動し、大猪の鼻息の如く、都市の濁った空気を吸い込み、そして臭気と怨念に満ちた蒸気を噴き出す。屋根材は奇妙に捩れて、無数の触手を生やし、それは頭髪さながらに振り乱されている。通りに面した窓はまぶたの無い眼窩となり、血走った巨大な眼球がその奥から外を睨みつけている。戸口は縦に裂けた大口、扉は人間をも噛み千切る巨大で残酷な歯列──
その家屋は、いうなれば生きている巨大な晒し首となり果てていた。それもおぞましく不均衡で、歪んだ建材からなる奇形の頭部だった。それは今まさに肥大を続けており、密接した両隣の家屋を圧迫し、押し潰している。生じた瓦礫はつぎつぎと触手に絡めとられ、扉の大口へと取り込まれていく。
ぎょろりと、窓の奥の巨大な眼球が目の前を見下ろした。
この醜い頭だけの巨人の周囲に、恐ろしいもの見たさの市民たちが集まってきているが、治安兵たちが一定の距離で立ちふさがって群衆たちをなんとか遠ざけている。
そんな中、二人の男が人混みをかき分けて颯爽とあらわれた。その正体を包み隠す黒い外套と、王権への隷従を表す金糸細工の仮面──すなわち審問官である。
「気色わりいな。なんだあれ。どうなってんの」と審問官ロスは毒づいた。
「防衛機制が暴走しているんだろう」と審問官ブレイクスリーは淡々と述べる。「魔術の能力に目覚めたばかりで制御ができていないんだ。その上、身の危険を感じて無意識下で周囲の空間をあのように歪めている」
「ふーん……」
ロスはおもむろに剣を掲げる。
その剣先からは放たれた魔術の稲妻は、雷轟とともに壁に大穴を開けた。──しかしその痕は肉が盛り上がるようにしてあっというまに塞がってしまう。
突然の魔術に群衆は悲鳴を上げたが、ロス本人はまったく悪びれない。
「あらら。ぶっ壊して終わりってわけにはいかないのか」
「勝手な行動をするな! ……しかし、魔術師本人をあの家から引きはがす必要がありそうだな。ついてこい」
二人は、襲い来る触手を捌きながら、その内部へと侵入するべく戸口へと近づいた。
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