第31話 湖宮さんが消えた

 文化祭当日かやってきた。

 クラス内の展示はそこそこに俺の気持ちはステージ発表に傾いている。


(姉ちゃんによると昨日無事にレコーディング終わったって言ってたな。一夜漬けで動画編集もして、この文化祭が終わったらすぐリリースできる状態になっているって)


 作曲したのは俺なのに、いつの間にか蚊帳の外に追いやられている。いきなり梯子を外された気分だ。解せない。


「仁科くーん、校内展示見て回りませんかー? 湖宮さんも一緒に行きたいって」


 支倉さんが湖宮さんを引きつれて押しかけてくる。


「ああ、いいよ」


 湖宮さんと目を合わせることができなかった。


 三人で校内を回ることになったが、正直気まずい。支倉さんとしては俺たちが二人きりでいるとあらぬウワサが立つのではと気を遣ってくれているのだろうが、これならぼっちの方がマシだ。


 それでも何も話さないのは逆におかしいからと、気を遣ってみる。


「……レコーディング終わったんだってな。お疲れ」


「うん、仁科くんの作曲と彩子さんのアレンジのお陰ですごくいい曲になったよ。バンドの人たちも感心してた」


 そりゃどうも。

 作曲した本人はまだ完成した曲を聴いてないんだけどな。


「怒ってるよね、仁科くん」


「そりゃ……不満って言うか、正直、気分は良くないよ。爪弾きにされているみたいだ。ほんとうは俺の曲がイマイチで、大きく手を加えたから聴かせられないとかじゃないよな」


「そんなことない! 歌詞に合わせてテンポが変わっているところはあるけど、一音一音、ぜんぶ仁科くんが作ってくれたままだよ」


「だったらどうして俺には完成した曲を聴かせてくれないんだ? 今日のステージで歌うっていうけど、ちょっとくらいいいじゃん。関係者なんだし」


「それは……」


 口ごもって下を向いてしまう。

 俺に隠しておきたい何かがあるんだろなと想像がつく。


「もういいよ。俺は所詮観客の一人でしかないってことだろ、用が済んだらお払い箱だ」


「ちがうよ、仁科くん……」


 苦しそうな湖宮さん。

 そんな顔するくらいなら聴かせてくれれはいいのに。




「あの――……一年三組の湖宮さんだよね?」


 気まずい雰囲気で歩いていると後ろから声をかけられた。

 見たことのない男子生徒が「ちょっと話があるんだけど」と手招きしている。もはや恒例行事と化している告白だろうか。


「湖宮さん、俺たち先に行ってるよ。支倉さん行こうぜ」


「え? あたし? じゃあ湖宮さんまた後で。午後にクラス合唱あるから遅れないようにね」


 さみしそうな湖宮さんを残して俺たちは先に進んだ。

 支倉さんは訳が分からない、といった顔だ。


「なんですさっきの。ケンカでもしたんですかー?」


「ケンカじゃない、認識の違いだ。俺は”さぷれ”の新曲を作ったことで身内になった気でいたけど、向こうはそうじゃなかったって話」


「ふぅん。どんな曲なんです?」


「恋愛ソングだよ。俺を仮想相手に見立てて、恋する女の子の心情を描くラブソング」


「ラブソング!?」


 ぎょっとしたように立ちすくんだ支倉さんは、


「仁科くんを外すのも当然ですよ。だって公開告白みたいなものでしょう?」


 と大声を上げた。


「――公開告白? だれが? だれに?」


「湖宮さんが、仁科くんに」


「なんでだよ。ただのラブソングだぞ」


「湖宮さんの態度見ていたら分かるじゃないですか。前々からあれだけ熱烈アピールされてまさか、自分じゃないどっかの男に向けたメッセージだと思ってるんですか?」


「え……?」


「やだ、本当に分かってなかったんですか? 鈍いにも程がありますよ?」


 たしかに、支倉さんの言うとおりだ。

 恋する相手への心情を歌ったラブソングは、言い換えれば告白とも言える。

 それを大勢の前で歌うということは、つまり、公開告白も同じ。


(じゃあ湖宮さんが俺をステージから降ろしたのも、顔を見ながら歌いたいから?)


 伴奏で後ろにいるとなかなか顔を合わせることができない。

 だから敢えてひとりで歌うことにしたのだろうか。


(俺、そんなこと分からずに拗ねてたのか……!?)


 顔から火が出る、とはこのことか。穴があったら入りたい。


「もうすぐクラス発表の時間ですけど、顔赤いからちょっと外の空気吸ってきた方がいいですよ」


 支倉さんがニヤニヤしている。

 そんなに赤いのかと自覚すると、ますます頬が熱を帯びてきた。



   ※



『えー、これより各クラスによるステージ発表を行います。心のこもった合唱をお聴きください』


 教頭先生による司会進行のもと、各クラスが順にステージにあがって曲を披露していく。正直なんの意気込みもない、単なるノルマだ。だがここで参加しておかないと後に控えた個人エントリーのライブパフォーマンスに出られない。


(あれ……そういえば湖宮さんは?)


 クラスごとに並んで座っているが前にも後ろにも湖宮さんの姿が見えない。

 斜め奥の支倉さんと目が合った。焦ったように両腕でバツ印を作った。


(いない? なんで――……)


 湖宮さんはサボるような人間じゃない。

 そもそも合唱への参加が必須だと理解しているはずだ。


「湖宮のやつサボりか」


 くく、と低い笑い声を上げたのは高阪だ。


「彼女はそんな人じゃない。くそ、どうなってるんだ」


 『いまどこにいる?』とMINEを打つが既読がつかない。

 一体なにがあったんだ。不安が募る。


「湖宮のことだから誰かに呼び出されて合唱のことすっかり忘れてるんじゃね?」


 ――呼び出されて?

 なんでコイツが知ってるんだ?


「高阪まさかおまえ!」


 思わず胸倉をつかんだ瞬間、周りの視線が一斉に向いた。


「静かにしろよ、発表中だぜ。退場させられてもいいわけ?」


「くっ」


 この状況じゃ問い詰められない。

 ゆっくり手を放すと高阪は襟元を直して取り澄ましていた。


「調子に乗りすぎなんだよ、おまえも、湖宮も。マジうぜぇ」


 刃物みたいな目でにらんでくる。



『つづいて一年三組の皆さんお願いしまーす』



 無情にも三組の番がまわってきた。

 ぞろぞろとステージに上がって課題曲を淡々とこなす。声を出す気もなくて口パクで済ませた。


 講堂の扉が開いて湖宮さんが姿を見せることを祈っていたけど、期待は打ち砕かれ、湖宮さんが現れないまま伴奏が終わってしまった。



   ※



「湖宮さんどこだー!!」


 発表が終わってステージから降りるのと同時に講堂を飛び出した。

 必至にスマホを鳴らすが出る気配がない。


「くそっ、くそっ、くそっ!」


 なんであのとき先に行ってしまったのか。

 少し待ってやれば良かったのに。一緒に講堂へ向かえば良かったのに。

 ちくしょう。


「仁科くん! 湖宮さんいた!?」


 支倉さんが駆けてきた。

 ひとりじゃない、クラスの女子も何人か一緒だ。


「いや、まだ手がかりも見つかってない。みんなはどうして?」


「アンナたちも探すの手伝ってくれるって。湖宮さんのライブ楽しみにしていたのは仁科くんだけじゃないんだよ」


 湖宮さんの歌声の魅力は確実に広がっていたのだ。


「ありがとう。敷地内を出たとは考えにくいから、どこかスマホが通じないところにいるんだと思う。たぶん、身動きとれない状態で」


「さっき湖宮さんに声かけてきた男の人、卓球部だったはず。あたしたち職員室で鍵借りて部室棟に行ってみる」


「分かった。俺は体育館とか倉庫回ってみる」


 手分けして捜索に取り掛かる。


 湖宮さんがいない――そう考えるだけで目の前が暗くなる。

 もうライブなんでどうでもいい、生きてさえいてくれれば。


(たのむ、無事でいてくれ)


 あてもなく走り回り、ひと気のない体育館裏にやってきた。


 ドンッ!

 と壁を蹴る気配がある。


「……湖宮さん!? そこにいるのか?」


 声をかけると一瞬音がやみ、ドンドンと立て続けに壁が鳴らされた。

 間違いない、湖宮さんだ。


 案の定施錠されていたが、足元に湖宮さんのスマホと鍵が落ちている。

 ここに閉じ込めたヤツの良心の呵責だろうか。まるで早く助けてやってくれと言わんばかりに。


 鍵穴に差し込んでガチャリとひねる。


「湖宮さ――!」


「陽人くん!」


 中から飛び出してきた人影にタックルされる。

 さらりと流れ落ちる長い黒髪。湖宮さんだ。


「湖宮さん、良かった、無事で」


 一気に肩の力が抜けた。

 湖宮さんの制服にはところどころ土埃がついているが大きなケガはないようだ。


「話があるからってここに連れてこられて、スマホ取られた挙句にいきなり閉じ込められたの。真っ暗で、寒くて、訳がわからなくて」


「こわかったよな。……スマホは外に落ちてたよ。電源切られてるみたいだけど」


「助けてくれてありがとう。――あ、合唱は!?」


 終わったよ、と首を振る。湖宮さんが悲しそうに瞳を伏せた。


(でも、このままじゃ終わらせない。犯罪紛いのことしてまでライブを阻止するなんて絶対に許せねぇ)


「諦めるのはまだ早い。先生に言って犯人を捕まえよう。そんで、ライブもちゃんと出させてもらおう。目にもの見せてやるんだ、湖宮さんの歌で!」


 強く手を握りつめると湖宮さんの瞳に光が宿った。


「私も、こんな目に遭わせた人をすっごく後悔させてやりたい。圧巻のライブパフォーマンスを披露して度肝を抜いてやりたい」


「好戦的だな、いいぜ、俺も同じ気持ちだ」


 そうと決まれば早く動かなくては。

 まずは支倉さんたちに連絡して、先生に説明して――。



「ふむ。なにやら声がすると思ったから来てみれば」


「「……あ!」」


 近づいてきたのは今回の大物ゲスト。ピンク髪の音々だ。

 ニッと歯を剥いて笑う。


「随分と楽しそうな話をしていたが、ボクも一枚嚙ませてもらっていいかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る