第24話 フェスへいこう
「陽人くん、支倉さんと仲良いんだね」
「そうか? 普通に話していたつもりだけど」
しまうま楽器でボイスレッスンを待つ間、湖宮さんは妙に機嫌が悪かった。
廊下の待合いスペースの椅子に座ってスマホを眺めていた俺は今朝のことだと思い至る。
「楽しそう、だった。……お似合い、だった……」
ぼそぼそと声が小さくなっていく。
足をブラブラさせて、まるで拗ねた子どもだ。
(湖宮さん、もしかして妬いてる?)
俺のこと意識しているのかな。ちょっとドキドキする。
「支倉さんとはただの同級生だよ。そんだけ」
「ほんとに……?」
上目遣いに顔を覗き込んでくる。相変わらずの美少女だ。
「ほんとほんと、傍から見ればレッスンに同行している俺と湖宮さ……いや望さんの方がよっぽど仲良く見えるんじゃないかな」
「……どれくらい?」
「え? 具体的な数値で?」
「私たちって周りからはどう見えるのかな」
「どうって……?」
座る位置をずらして距離を詰めてくる。
反対側は壁。湖宮さんが密着してくるせいで逃げ場がない。
「陽人くんはいま好きな人いる?」
いつになく顔が近い。
ぐいぐいと迫ってくる。
「私、とても感謝してるの。助けてもらったこともだけど、こうやって話せるようになったのも、さぷれとして頑張れるのも全部あなたのお陰。この前のプレゼントだって、すごく嬉しくて毎日つけてる」
シャツを開いて音符のネックレスを見せてくれる。
チラ見えする鎖骨の白さが眩しい。
「こんなに沢山のもの貰って、正直、貰いすぎだと思うけど、まだ足りないって思ってる自分がいるの。それがなんだか分かる?」
「いや……」
「特別なカンケイ――。たとえば恋人みたいな」
目が合った瞬間に「あ」と思った。
本気の目だと分かってしまった。
「いまは曲作りに集中しなくちゃいけないけど、曲が出来たら終わりじゃなくて、その先のことを考えてほしいの。私とのカンケイ」
それって――付き合いたいってことだよな?
「――コホン」
近くで咳払いがした。
「お取込み中のところ申し訳ありませんが、レッスンの開始時間が過ぎていますよ湖宮さん?」
ボイストレーニングの先生が渋い顔して隣に立っていた。
「はっはい! すみませんでした!」
湖宮さんは顔を真っ赤にして部屋に飛び込んでいく。
俺も慌てて立ち上がった。
「じゃあ俺もこれで! 失礼します!」
先生に会釈してその場を走り去った。
一部始終を聞かれていたかと思うと恥ずかしくて顔から火が噴きそうだ。
下行きのエレベーターに乗り込んだところでフゥと息を吐く。
(湖宮さん……マジか……)
後戻りはしないと決めた目だった。
薄々感じていたが湖宮さんはどうやら俺を異性として意識しているようだ。
(嬉しいはずなんだけど、なんだろこの微妙な
湖宮さんは誰もが認める美少女だ。歌もうまいし性格もいい。彼女になってくれたら嬉しいし幸せだ。
でも自分の中で腑に落ちていない部分がある。
(湖宮さんも言っていたけどまだ曲ができてないのが大きいよな)
まだやりかけのことがある。
付き合う云々を考えるのはその先だ。
(湖宮さんの鼻歌を参考に作ったサビのサンプルはいま三つ。あと五つ……いや十は増やしたいな。その中から湖宮さんと姉ちゃんに候補を選んでもらって、歌詞とあわせながらイントロ・Aメロ・Bメロを考えていく。アレンジや編曲は姉ちゃんに任せるとして、レコーディングを済ませてPVを準備する。初披露は来月の文化祭の個人ステージだ。M音にも同時刻にリリースする)
学校のステージで披露する以上、顔バレは必至だ。
湖宮さんも俺も覚悟を決めた。
「陽人、いいところに来た。MINEしようと思ってたの」
一階に降りると姉ちゃんが待ち構えていた。
にやにやしながら近づいてくる。
「さぷれ、やったわよ!」
どや顔でブイサイン。
「……? なんのこと?」
「フェスよ。さぷれが再来週開催される野外音楽フェスで歌えることになったの」
「???」
話が見えない。
「毎年しまうま楽器協賛の音楽フェスがあるのは知ってるでしょう?」
「あれだろ、なんとか公園ってところに複数のステージを作って、プロからアマチュアまで、いろんな
「それそれ。サブステージはインディーズの歌手もステージに立つことができるのよ。随分前に申し込みして、M音での実績を元にふるいにかけられた結果、さぷれはここ最近の活動が評価されて『ネクストジェネレーション』枠で選ばれたの。アンタに話してなかったっけ?」
「フェス……ネクストジェネレーション……!? 全然聞いてないんだけど!!」
「ごめんごめん、言い忘れてたw」
「湖宮さんは知ってるのか? 無許可なら大問題だぞ」
「もちろん! あ、あのときよ。あんたが湖宮さんを初めて家に連れてきたとき。締切直前で時間なかったからMINEで説明して了承もらってすぐ申し込んだの」
なんて手が早い。
だがこれは良い機会かもしれない。
「フェスってことは相当な客が来るんだよな?」
「万単位よ。ただしお客さんの目当てはメインステージに登場するメジャーなアーティストたち。さぷれが立つサブステージはメインステージに向かう通路の途中にあるから足早にスルーされる可能性も高いわ」
「……でも音楽好きな観客たちの目に留まる可能性がある」
「そう。どれだけの客の足を止められるか、さぷれの実力が問われるってわけ」
自然と顔が近くなる。
俺と姉ちゃんの利害は一致している。さぷれをM音のランカーに押し上げることだ。
「姉ちゃん、グッジョブ!」
「そうでもないけどぉ? もっと褒めていいわよぉ?」
耳に肥えた観客たちに気に入られればさぷれのファンが増え、知名度もあがっていくはずだ。しかも湖宮さんが望んでいた客前での歌唱。これはチャンスだ。
「ちなみに開催地は地方だから泊まりになるわ。あたしはイベントスタッフとして参加するけど、いい旅館押さえてあるからあるから期待しててね」
「さすが姉ちゃ――……ちょっと待て、いまなんつった?」
姉ちゃんはにっこり。
「泊まり。確保したのは一部屋のみだから三人で布団並べて寝ることになるわ。……なんか文句ある?」
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