第19話 今日はひとりじめ。
次の土曜日。
駅に向かう道すがら、大きな虹を見た。思わず自転車を停めてスマホに収める。
端から端までこんなにくっきりと映る虹は初めてだ。なんだか縁起がいい。
早速湖宮さんに送ろうと文章を打っているとピロリン!とスマホが鳴った。
相手は湖宮さん。
『二時だよ!!!』と一言。
(二時? 待ち合わせは10時のはずだけど)
首を傾げていると、やや遅れて空にかかる大きな虹の写真が送られてきた。
「あはは……なるほどね」
いまこの瞬間、同じ虹を見ている。当然だ。同じ駅で待ち合わせをしているのだから数キロしか離れていない。ちなみに虹の奥にあるビル下の信号はいままさに俺の目の前にある。
(よっぽど慌ててたのかな? カメラに指が映り込んでる。漢字も間違ってるし)
それでもいち早く見せようと送ってくれた気持ちが嬉しくて、途中まで書いたメッセージを消して別の文章を打ち込むんだ。
『いま気づいた! 教えてくれてさんきゅー👍️』
『✧ド(*,,ÒㅅÓ,,)ャ✧』
『空からの誕生日プレゼントだな。湖宮さんの日ごろの行いがいいからご褒美くれたんだよ』
『褒めすぎ注意!』
むくれたようなスタンプが送られてくる。
『ごめんごめん。もうすぐ着くから待ってて』
再び自転車をこいだ。
もうすぐ駅が見える、という地点で自転車を下りてスマホを構えた。
『これは俺からのお返し。虹の下で待っているのは宝物、ですが……』
虹の向こうに駅の改札が映っている。
タクシー乗り場のすぐ横に佇んでいるのは湖宮さんだ。
写真を送ると即座にこちらに気づき、おーいと手を振ってくれた。
袖口が膨らんだ女性らしいシルエットのワンピースとゆるく巻いた髪。いつもとは雰囲気の違う湖宮さんだ。
今日は約束したデートの日だ。
※
電車に揺られること一時間半。隣の県までやってきた。
間違っても高阪たちに鉢合わせしないよう慎重を期したつもりだが、駅の改札を出ると人で埋め尽くされていた。
神社の秋祭りを開催しており、駅から参道まで続く道は歩行者天国。屋台がひしめいている。
「人、人、人。どこまでもいっても人ばっかりだ。ある程度は予想してたけど想像以上だな、はぐれたら大変だぞ」
「じゃあ、つなぐ?」
スッと差し出された手を二度見してしまった。
「手を? ここで?」
「迷子になったら、大変だから」
俺が迷う前提かよ。
(この前みたいに自然な流れでつなぐのは平気だけど、いざ手を握ると考えると緊張するな)
意識すると余計に手のひらが汗ばんでくる。
「ちょっ待って、いま手拭くから……」
湖宮さんの後ろをさっと人影が通り過ぎた。
どんっ!
「ひぁっ」
強く突き飛ばされて前のめりになる湖宮さん。とっさに手を広げて胸で受け止めた。
「あぶねっ!……ちょっと、おいアンタ!」
振り返りもせず足早に去っていく後ろ姿。人を突き飛ばしておいてごめんなさいも言わないとは失礼なヤツだ。
「だいじょうぶか湖宮さん」
「ん、ぅん……」
ゆったりと顔を上げる。すぐ間近で眼差しが交錯した。めちゃくちゃ近い。
「ね、大変、でしょ。だから、手……」
気がつけば両手を握られていた。
うるんだ瞳、困ったような
「分かったよ。転んだら大変だからな」
観念して優しく手を取った。
湖宮さんもきゅっと握り返してくる。
「ありがと!」
弾力のある柔らかな手触り。
まさか休日に女の子と手つなぎデートする日が来るとは。
いや、厳密にはデートじゃないな。誕生日の買い物に付き合うだけだから。
「んふふ、今日は、仁科くん、ひとりじめ。るる~♪」
子どもみたいにはしゃぐ湖宮さんを見ていると保護者にでもなった気分だ。悪くない。
まずは寺院へ参拝。
順番が回ってきたところで賽銭100円を投げて祈りを捧げた。
(無事にラブソングができますように。そんで、さぷれが人気になりますように)
隣を見ると湖宮さんは真剣な面持ちで手を合わせている。時間をかけてずいぶん熱心だ。
「よしっ」
ようやく顔を上げた時は何かを決意したような顔つきだった。
「なにお祈りしたのか聞いてもいいか?」
「がんばるから見ててねって、伝えてくださいって。お父さん、きっと、神様のところにいるから」
「そっか。神様ちゃんと伝えてくれるといいな」
「ん!」
「……よし、じゃあ甘いものでも食べに行くか! なにがいい?」
「くれーぷ! バナナチョコ生クリームとイチゴマンゴーカスタードとミックスベリーチーズケーキ!」
「食いすぎ(笑)!!」
自然と手をつないで歩き出していた。
それから湖宮さんとたくさんの屋台を歩き回った。クレープ、たこ焼き、今川焼き……湖宮さんはぺろりと平らげるから俺の方がびっくりしてしまう。でも「おいしい!」と幸せそうに笑う彼女を見ていると、心がポカポカと温かくなる。
「うみー!」
腹ごなししたあと砂浜に降りてみた。
オフシーズンなので海水浴客はいないが、波打ち際ではしゃいでいる観光客もちらほらいる。俺たちは砂浜の打ち上げられた木に座って海岸線を眺めていた。
「海、きれい」
眩しそうに目を細める湖宮さん。その目元には大粒の涙が浮かんでいた。
「なんで泣いてるんだ?」
「わかんない。いますっごく幸せだから、かなぁ」
「よく分かんないけど、悲しい涙じゃないならいいよ」
「うん。仁科くんのお陰」
こつん、と頭を乗せてくる。
どきっとして視線を向けると上目遣いの湖宮さんと目が合った。潮風になびく髪がこんなに間近に。
「今日はありがと、仁科くん」
「どういたしまして……って言いたいところだけど、まだ半日しか経ってないぞ。神社参拝して爆食いして海を眺めただけだ」
「じゃあ半日、ありがとう。また半日、よろしくね」
「まかせろ。今日は俺をひとりじめするんだろ」
「そ。仁科くん、私のだもん。今日は……今日限定……だけ?」
顔を上げて見つめてくる。
やけに切なそうな眼差しだ。
「明日も、明後日も、これからもずっと、ひとりじめしたいって思ったら、だめ?」
(それって……)
その時だ。
「海マジでかーい、やばーい」
「アンナ声でかいよ」
聞き覚えのある声がした。
すぐ真横の階段を駆け下りてくる女の子たち。
(やべぇ! 支倉さんと宮元さんその他クラスの女子たちだ。気づかれたらマズイ)
とっさに湖宮さんの肩を抱いて覆いかぶさった。
「あ、カップル! キスしてる!」
「アンナ、邪魔しちゃダメだよ。いこいこ」
「ひゅーひゅー❤」
声が遠ざかっていく。
「に……しな、くん?」
震える声で我に返った。
抱きしめた腕の中で湖宮さんが小さく縮こまっている。
「ごめん! とっさに! イヤだったよな。本当にごめん」
体を引こうとすると、背中に腕を回して引き寄せられた。
「ヤ、じゃない」
「え?」
「仁科くんだったら、イヤじゃない」
「湖宮さん……?」
「初めて、キスするなら、仁科くんが、いい」
潤んだ瞳には強い決意がにじんでいる。
乱れた髪が頬に張りついて妙に艶っぽい。
(湖宮さん、もしかして俺のことを……?)
パニックになりそうな一方で、やけに冷静に受け止めている自分がいる。
(俺も、女の子とキスなんてしたことないけど、湖宮さんが相手なら……)
自然に任せて体を傾ける。
周りの目なんて今はどうでも良かった。引き寄せられるように唇を寄せる。
湖宮さんもそっと目蓋を閉じたが、
「あ、待って!」
突然体を押された。
「へ?」
「待って、ごめんなさい、いま、は……っ!」
急に焦り始めた湖宮さんは、
「くしゅっ!」
と、くしゃみした。
「「…………」」
しばし見つめあったあと、
「ごめんなしゃい……」
と顔を赤くしたのを見て「ぷっ」と笑いが込み上げてきた。
「いまくしゃみ、湖宮さんのお父さんがちょっと待てー!って割り込んできたのかもしれないな」
「そうかも。好きな子ができたら紹介しなさいって、口うさるかったから」
湖宮さんも口を押さえて笑っている。
ひとしきり笑いあっていると、湖宮さんが本格的に体を震わせた。
「海風は冷えるから移動しようぜ。とっておきの場所知ってるんだ」
「どこ?」
差し出した手をとりながら湖宮さんが首を傾げる。
にやりと笑って人差し指を立てた。
「内緒。すぐに分かるよ」
とはいえ、内心穏やかじゃない。
もしかしたら俺はこのあと、湖宮さんに嫌われるかもしれないのだ――。
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