第11話 カラオケで本領発揮!

 高阪たちに連れられて近くのカラオケ店にやってきた。

 ドリンクバー付きの二時間コース。高阪とその取り巻きたちは部屋に入るなり早速曲を選び始める。


「ゆーと、例の歌ってよ。さぷれの『アイロン』」


「残念ながら曲のリストにねぇんだよ。インディーズなんじゃね? 仕方ねぇから『KOIBUMI』にしとくわ」


「音々のでしょ? それも好き!」


 イントロが流れ、音々の映像が映し出された。

 マイクを握った高阪が高らかに歌い出す。「はぅあんあんあ~」って即興スキャットで。



「ぶほっ」


 ウーロン茶を飲んでいた湖宮さんがむせた。


「大丈夫か!?」


 慌ててティッシュを差し出すとコクコクと頷きながら口元を拭いている。

 気持ちは分かるぞ。俺も昨日聴いたときはちょっとした衝撃を受けた。


「んだよ人が気持ちよく歌おうってときに邪魔しやがって」


 いつの間にか曲が停止し、高阪たちが一様に睨んでいた。慌てて言い訳する。


「ごめん、湖宮さん風邪っぽくて、たまたまタイミング悪くて、許してやってくれよ」


「ったく。また最初から歌い直しだ」


 再びイントロが流れ、高阪がマイクを握って構える。


「はぅあ~」

「ごほごほごほごほ!!」


 湖宮さんが盛大に咳き込んだ。またしても曲が止まって睨まれる。


「ごめん! うがいしてくる! 行こう湖宮さん」


 湖宮さんを促して慌てて部屋を出た。

 ああ背中に視線が刺さりまくり。




「ふぅ、危ないところだった」


 女子トイレの前で待っていると、うがいを済ませた湖宮さんが出てきた。

 俺の鼻先で申し訳なさそうに両手を合わせる。


「俺? 巻き込んだから? 気にしなくていいよ、あんなん聞かされたら笑っちゃうよな。俺もちょっとヤバかった」


 投稿された「歌ってみた」動画を聞く限り、高阪はとびきりヘタクソというわけではないが自分に酔いすぎる傾向がある。声量も技術もないのに「俺かっこいいだろ感」がにじみ出て鼻白んでしまうのだ。


「……ふっ」


 突然湖宮さんが距離を詰めてきた。

 肩口に顔をうずめ、小刻みに震えている。


「どうしたの? 具合悪いの?」


 ぷるぷると首を振る。


「……まさか思い出し笑いしてる?」


「っ……っ」


 口を押さえて必死に笑いをこらえている。余程ツボったらしい。


「部屋に戻ったらまた聴かされるだろうから、ここでいっぱい笑っておいた方がいいよ。またあんなの聞かされたら」


「……!!」


 とんとんと胸を叩いてくる。

 くしゃくしゃの笑顔が垣間見えて、少しだけ高阪に感謝したい気持ちになった。



   ※



 部屋に戻ってからは無難に過ごした。

 とっさの思いつきで、備え付けのタンバリンやマラカスで盛り上げて(振りをして)笑いを昇華する方法に切り替えたのだ。湖宮さんもノリノリでマラカスを振っている。


「残り十分か、あっという間だったなぁ」


 スマホで時間を確認し、ドリンクを飲み干す高阪。

 結局俺や湖宮さんにタブレットが回ってくることは一度もなかった。


「はぁー、のど痛ぇ。歌いすぎた」


 高阪や取り巻きたちは大満足。これでようやく解放される。

 こんな曲を聞くために金払うのは勿体ないけど。


「あ、そうだ、せっかく来たんだから最後になんか歌っていけよ。ほれ」


 俺たちの前にズイッとタブレットが押し出される。最後の最後で気を遣われてもなぁ。下手したら途中でフロントからタイムリミットの電話入るし。


「俺は歌わねぇけど……湖宮さん、どうする? 歌ってみる?」


 目が合うとウンと強く首肯した。


 そうこなくっちゃ。

 さぷれ以外の楽曲で湖宮さんの声質に合いそうなもの……『KOIBUMI』を選んだ。


「これ、いけそう?」


「ん」


「りょーかい。曲入れるぞ」


 おなじみのイントロが流れる。

 高阪たちは消化試合よろしくスマホを眺めていて聞く気なし。俺ひとりだけがワクワクしていた。


 立ち上がった湖宮さんがすぅっと息を吸い込む。




「Ohーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」




 圧巻の歌い出し。

 高阪たちがぎょっとしたように顔を上げた。



「――おはようおやすみいまなにしてる? メッセージだけじゃ足りないよ! 今すぐ飛んでいって抱きしめてキスしたいよ」



 あーやっぱりいいな。

 音々も十分上手いけど湖宮さんの歌い方はホントいい。五臓六腑に染み渡る。


 ちらっと高阪たちを盗み見ると石みたいに固まっていた。

 無口な湖宮さんが声を出していること、そんでめちゃくちゃ上手いことに思考が追いついてないみたいだ。



「――昼も夜も君への言葉であふれてる。でも一番大切なスキが言えないよ♪」



 サビが終わったころドアの向こうに人影が見えた。音漏れに誘われるようにほかの客が近づいてきたのだ。この存在感は無視できない。



「――ああ~ス・キだよ。あ、すき焼きのことだからね勘違いしないでよね♪ うそでーす!!泣」



 ジャジャン! 曲が終わった。


「さっすが湖宮さん!」


 パチパチと拍手しているのは俺だけだった。高阪たちは同じ姿勢のまま固まっている。


「すっげぇ良かった。あ、もう座っていいよ」


「ふー……」


 湖宮さんが満足そうに着席すると、硬直していた取り巻きたちが今更のようにため息をつく。


「ちょっ……うますぎ……んだけど」

「しゃべれるんだ」

「凄すぎて息するの忘れちゃった。もしかして湖宮ちゃん天才??」


 たった一曲で空気が一変。

 湖宮さんへの態度が明らかに変わった。ぼっちの美少女から歌うまの同級生へと。


 あまりの変わりように今度は湖宮さんが石みたいに固まっている。

 その手に握りしめたままのマイクを見て、あることに気づいた。


「マイクのスイッチ入れてなかったのか?」


「?」


 くるくるとマイクを回して電源スイッチに触れた。

 そうか、カラオケも知らなかったくらいだからマイクのオンオフも知らなかったのだ。悪いことをした。


「なにそれ! 素の声だったってこと?」

「全然気づかなかった!」

「すごいよ~!」


 周りは手のひら返して持て囃してくる。一躍人気者だ。


 そんな中、


「……帰る」


 高阪はカバンを担ぎながら荒々しく部屋を飛び出していった。

 ぽかんとしていた取り巻きたちも慌てて立ち上がる。


「ちょっと、ゆーと!」

「待ってぇ」

「ごめんなさい湖宮さん、またね」


 嵐のように走り去り、俺と湖宮さんだけが残された。


(自分と同じ選曲であれだけ実力の差を思い知らされたんだ。そりゃあ腹立つだろうな)


 どんだけもろいプライドだろう。付き合いきれない。


「湖宮さん、そろそろ時間だし俺たちも帰ろうか」


 腰を浮かせたところでくいくいと袖を引かれた。

 モニター画面を必死に指さしている。アニメーションが流れ、音程・表現力などの点数がつけられていく。


「オプションの採点機能がオンになってたんだよ。さっきまではなかったから、たぶん高阪がわざと設定したんだろうな、俺たちに恥かかせようとして。――ほら結果が出た」


 総合得点は……75点。

 まぁマイクオフだったし、上手い人の歌ってカラオケじゃ必ずしも点数に反映されないらしいから。


「……」


 湖宮さんの様子がおかしい。

 むーっと頬を膨らませていたかと思うと、再び曲を入れた。


「まだ歌うの? 一曲、二曲……そんなに!?」


 予約の欄がぎっしりと埋まる。

 どうやら75点という数字で闘争心に火がついたようだ。


 プルルル……室内の電話が鳴った。フロントからだ。


「はい、延長お願いします。二名だけ。時間? えっと……」


 湖宮さんはマイクを握ってスタンバイしている。これはもう止められそうにない。とことんまで付き合ってやるか。


「フリータイムで」

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