第二十三話

「ふあぁぁ、今日は寝過ぎちゃったなぁ……」


 寝癖でぐしゃぐしゃになった髪を解かす前に、水を飲もうと自分の部屋を出た。今日は土曜日なので学校はお休み。一昨日、ジェイクとキスをした反動なのか熱がぶり返して、学校を休んでしまったのだ。


「気分転換で外出して風邪がぶり返したら嫌だから、今日はゆっくり家で過ごそう」


 熱は下がったが、この土日はどこにも行かず、ゆっくりしようと決めている。また風邪がぶり返してしまったら、皆に心配をかけてしまうからだ。


 それに私には楽しみがあった。昨日、ジェイクがお見舞いに来た時に持って来てくれた、チュールトンホテルのマタタビケーキとマタタビティーの存在だ。


 楽しみがある時とない時とでは、雲泥の差がある。三時のおやつはそれで決まりだと、ジェイクがお見舞いに来てくれた時から決めていたのだ。


「ふんふんふ〜〜ん♡ あぁ、楽しみだわ♡」


 私は機嫌良く尻尾をくねくねと振りながら階段を降り、リビングのドアを勢いよく開けた。


「ママ、おはよう――ッ!?!?」

「おはよう、ステラ。よく寝てたみたいだな」


 私は思わず目の前の光景を疑った。ジェイクが自分の家にいるかのようにソファに座り、テレビのリモコンを持っていたからだ。


(どうして、ジェイクが家に!? 今日来るっていう連絡はなかったはずよね!?)


 もしかして、風邪がぶり返して幻を見ているのだろうか? ほんの少し眩暈がして、尻尾を束子のように膨らませながら、「な、なんでジェイクが家にいるの? 今日は土曜日のはずよね?」と恐る恐る聞く。


 すると、ジェイクはスミャホを取り出して、ニャインのメッセージ画面を私に見せてきた。


「……え、何これ。ママとニャインしてるの?」

「あぁ。ステラのお母さんに是非、うちにご飯食べに来て! って、誘われたんだ」


 ジェイクは嬉しそうに答え、テレビのチャンネルを変えた後、テーブルに置かれていたアーモンド&フィッシュに手を伸ばしていた。


(マ、ママが……ジェイクにご飯のお誘い!?)


 私は衝撃を受け、何も言えなくなってしまった。


(ママが手料理を男の子に振る舞うだなんて、初めての事だわ! よっぽどジェイクの事を気に入ったのかしら!? それとも、ジェイクが私の彼氏だと勘違いしてる……わぁ〜〜、どっちなんだろう!?)


 その場に立ちすくんだままグルグルと考えていると、キッチンからママがひょっこりと顔を出した。


「おはよう、ステラ! 気分はどう?」

「あ、おはよ……」


 私が振り返ると、ママが身に付けている愛用のエプロンで、手についた水滴を拭っているところだった。どうやら、キッチンで何かを調理している最中のようだ。


「マ、ママ……なんでジェイクが家にいるの?」

「あぁ! 昨日、ジェイク君とミラちゃんがお見舞いに来てくれたんだけど、ママが作った鰯のパイを気に入ってくれてね。だから、ステラが元気になったら、皆でランチ会をしましょう! って、誘ってみたの〜♡ ミラちゃんは用事で来れないみたいだから、また別日でやろうと思ってるわ」


 ママが尻尾を振りながら、珍しくはしゃいでいた。実はママは自分の容姿を褒められるより、手料理を褒められる方が好きなのだ。そして、自分の料理を褒めてくれた相手を家に招待する傾向がある。


 とはいえ……普通、病み上がりの娘がいるのに、初対面の男の子とそんな約束しちゃうかしら!?


「もう、いつも勝手に決めちゃうんだから……」


 疲れたように溜息を吐くと、ママは私の両肩に手を置き、ニコニコと笑いかけてきた。


「いいじゃない、もう熱は下がってるんだし。それより、ステラ。早く、そのぐちゃぐちゃの頭と格好をどうにかしてきなさい」


 ママに指摘され、改めて自分の格好を見てみる。パジャマ姿のままだったのをすっかり忘れていた私は、「き、着替えてくる!」と言って、慌てて自室へ戻っていった。


「せめて連絡さえしてくれてたら、髪を解かしてリビングに行ったのに! ジェイクに寝起きの姿を見られるだなんて〜!」


 私は階段を急いで駆け登った。


「うぅ……最悪。最悪、最悪、最悪〜〜! 家に来るなら連絡しなさいよ、馬鹿ぁぁぁぁ!」


 自室に入った瞬間、ベッドに横になって手足をバタつかせた。けど、本音を言うと休日なのにジェイク会えて嬉しくて堪らない。


 暫く枕に顔を埋めた後、私は寝返りを打ち、小さな頃から愛用しているイルカのぬいぐるみをギュウッと抱きしめながら悶え始めた。


「どうしよう……好き好き好き好き。私、ジェイクの顔をまともに見る自信ないよぉぉ……」


 一対一ならともかく、今日はママが側にいるのだ。なんとしてでも、ジェイクの事が好きってバレない様にしないと!


「別の種族だからって反対されても嫌だし、これは私の中でまだ秘密にしておこうっと」


 私は勢いよく起き上がり、着替える準備を始めた。クローゼットの中から、どの服が良いかずっと迷っていると、「ステラ、早くしなさい! ジェイク君を待たせちゃ駄目でしょ!」とママに怒られてしまったのだった。


◇◇◇


 結局、いつもの服装ではなく、カジュアルな装いに見えるロングのデニムスカートを選んだ。ミラのような女の子らしいフリルの付いた服装は、私にとってはかなりハードルが高すぎる。だが、私にしてみたらスカートを履いているだけで、かなり頑張った方だ。


(うぅ……どうか、ママも空気読んで! 一生のお願いだから、誰も私の服装に関して指摘を入れないで下さい!)


 何度もそう願いながら、私はリビングのドアをそっと押し開けた。


「し、失礼しまーーす……」


 静かにリビングに入ってきた私を見て、ママが嬉しそうに微笑みながら、こっちに来てと手招きしてきた。


「丁度、料理が出来上がったわ。貴方の大好きなうずらの丸焼きも焼いてる所だから、もう少し待っててね」

「え、うずらの丸焼き!?」


 私が目をキラリと輝かせたのを見て、ママは私の頭を優しく撫でてくれた。


「良いうずらが手に入ったの。出来上がるまで、二人で喋って待ってなさい。料理と食器は私が持って行くわね」

「うん! ありがとう、ママ!」


 私は笑顔でお礼を言い、ジェイクの元へ向かっていった。


 私達が仲良さそうに喋っている最中、ママがずっとニコニコと見守っている事に気付かないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る