世界一小さな猫科獣人と世界一大きな猫科御曹司の恋愛模様〜強気で男に免疫のない女の子は初めて一途に溺愛される〜

梵ぽんず

序章:絶滅危惧種族保護法案の立案

『世界最小の猫科はサビイロネコと言われていますね。サビイロネコや他にもクロアシネコを祖先に持つ獣人達は、とても小さな体躯をしていると言われております』


 ピクッ、ピクピク……。


 私の頭の天辺についている三角形の小さな耳が、ニュースキャスターの声をキャッチした。いつもはニュースの内容なんて、BGMのように聞き流す程度なのだが、クロアシネコを祖先に持つ私の一族――クロアシ一族の事になると、どうも敏感に反応してしまう。


「また物騒な事件でも起こったのかしら? はぁ……ほんと嫌になっちゃう」


 私はニュースを見つめ、食卓の椅子に座りながら、不機嫌そうに足をプラプラさせていた。


 もうすぐ高校三年生になる私が、クロアシ一族のニュースに敏感になるのは、十年くらい前に起こった希少種のみを狙った大規模な拉致事件があったからだ。


 実は私も被害者の一人で、クロアシネコを祖先に持つ私は拉致事件に巻き込まれた経験がある。まぁ、無事に生還を果たしているから生きてここにいるわけだけど。あんな最低な事件に、二度と巻き込まれてたまるもんですか。


「はぁ〜〜い、ステラ! 貴方の大好きなうずらの丸焼きが焼き上がったわよ〜〜!」


 ピンク色のフリル付きのエプロンを身に付けた私のママが、耐熱皿に乗ったうずらの丸焼きを食卓へ運んできてくれた。


 私のママは可愛い物が大好きな美人さん。本当に子持ちのママかと自分でも疑うくらい心優しい自慢の母親であるが、怒ると最強に怖い。


「ふわぁ……こんがり焼けた良い匂いがする♡」

「フフッ、そうでしょう? 残った骨はスープに使うから、残しておいてね」


 ママはテーブルの中央にうずらの丸焼きを置き、エプロンを脱いで椅子に座った。私は姿勢正しく座り直し、口内から湧き出てくる涎をゴクンと飲み干す。


 さぁ、ここで自己紹介をさせて貰いましょう。私の名前はステラ。ステラ・バーンズよ。身体は他の人達に比べてとても小さいけど、ねじ曲がった事が大嫌いな少し気の強い女の子よ。


 それ以外は普通の女の子と何ら変わりない。私以上に大きな身体の男の子と取っ組み合いもするし、投げ飛ばしたりもする、ちょっぴり力が強い女の子でもあるわ。


 あ……どうして、パパの話が出てこないのかって? ここよ、ここ! テーブルの上の写真たての中! 実はパパは私が高校に入学する前に他界してるの。でも、いつも明るくて料理が上手なママがいるから寂しくないし、パパもお空の上から私達家族を見守ってくれているから、平気へっちゃらよ!


「うわぁ……今日も美味しそう!」

「遅くなってごめんね。オーブンの調子が悪くて、焼き上がるのに時間がかかっちゃった。早速、いただきましょう!」


 私は難しい顔から一転、上機嫌に変わった。自然とお尻の部分から生えている尻尾がピンと天井に向かって伸び、ゆらりゆらりと左右に揺れる。


「今日も全ての生き物に感謝し、骨の髄までしゃぶり尽くします! それじゃあ、いただきまーすっ!」

「いただきます!」


 ママと食前の挨拶をしてから白いお皿に乗った大好物のうずらの丸焼きに手を伸ばし、小さな口で夢中でかぶりついた。


「はむ……むぐむぐ♡」


 はぁ〜〜、安定の美味しさだわ! 流石、ママッ! 塩と胡椒にママ特製のタレ! この香ばしい脂の焼けた香りに、カリカリの鶏皮……うぅ〜〜〜〜ん、たまんにゃぁぁぁぁいっ♡


 さっきまで気になっていたテレビの話題なんてそっちのけで、夢中でムシャムシャとうずらの丸焼きに齧り付いた。


 しかし、私は猫科の獣人。些細な物音さえ、敏感にキャッチしてしまう特性を持っている為、否が応でもニュースの内容が耳に入ってきた。


『しかし、サビイロ族もクロアシ族も見た目が小さくてとてもキュートですよねぇ〜』

『ほぉんとそうですわぁ〜♡ 彼等はとても可愛らしくて、ヘーゼル色のまん丸のお目目がチャームポイントの愛くるしい存在♡ 本当に羨ましい限りですわぁ〜ん♡ あぁ〜〜ん、可愛すぎて食べちゃいたいっ♡』


「むぐッ!?」


 にゃんですと!? わ、わわわ……私達を食べちゃいたいですって!?


「ブフッ、ゲボゲホ……!」

「ちょっと、ステラ大丈夫?」

「だ、大丈夫……」


 うぅ……思いっきり咽せてしまったわ。もう、誰よ! 食事中にあんな気持ち悪いコメントをする人は!?


「…………ひぇっ」


 今、発言したコメンテーターの容姿を見るなり、私はゾワワッ……と悪寒が走り、吐き気を催してしまった。


「この人、化粧濃すぎ。あの化粧が濃いオバさんってさ、今話題のコメンテーターAKKIアッキーよね?」

「そうねぇ……この人、本当に服装が派手よね。ジャガー族なんだから、服装はもう少し大人しめにしたら良いのに」


 私の率直な意見にママも同意した。


 真っ赤に塗られた口紅から覗く猫科特有の鋭い牙。濃い紫色のアイシャドウに鋭い目の周りをぐるりと囲んだキツイ印象しか与えない太めのアイライン。極め付けには、くるんと上げに上げたまつ毛にマスカラをたっぷり塗った、ケバケバしい目。


 美人なニュースキャスターを寄せ付けない濃い存在に、見るだけで胸焼けを起こしていた。


(服装も全身豹柄。目がチカチカして、趣味悪いったらありゃしない! 世の中こんなにもケバいオバさんがいるのね。私だったら、もう少し化粧を薄くするわ。ナチュラルメイクの方が自然で良いもの!)


 このAKKIというオバさんは思った事をズバズバと言うのが売りのコメンテーターらしいが、どうも私には性に合わないようだ。


 ちなみにAKKIというコメンテーターはジャガー族の女性である。ジャガー族の連中は目立てばナンボの精神を持っているから、見ていて不愉快極まりない。着ている服や小物にはトレンドマークである豹柄がどこかしら必ず入ってるから、ジャガー族っていうのが丸分かりなのだ。


「はぁ……つまんないからチャンネル変えよーっと」


 私がそう思い、リモコンを持った時だった。プロデューサーから話を変えるようにと指示が出たのか、突然、世界最大級の猫科・アムールトラを祖先に持つ獣人達の話題に切り替わったのである。


『さぁ、ここからはアムールトラを祖先に持つ獣人のお話です。世界最大の猫科はライオン族とトラ族が子を成したライガーだと言われていますが、彼等には生殖機能が備わっていなかったので、ライガーは我々の様に人型に進化し、一族として栄える事ができませんでした。なので必然的に、この世界で一番大きな猫科の動物はアムールトラと言えるでしょう。我々の住まうこの世界で、一番大きな体躯を持つ獣人は、このアムール族だと言われております』


 ふーん……アムール族ねぇ。確かに他のトラ族は見た事あるけど、アムール族は見た事ないや。私達クロアシネコを祖先とするクロアシ族と同じように希少な一族なの?


 私はモグモグとうずら肉を咀嚼しながら、頭の天辺にある獣の耳をピクピクとアンテナのように動かし、ニュースキャスターの声に聞き耳を立てる。


『実はアムールトラ、サビイロネコ、クロアシネコを祖先に持つ人獣達は今、絶滅の危機に晒さられております。そこで政府はこの絶滅危惧種族に対して、絶滅危惧種族保護法案を立案しようとしてるんですね!』


 ……うん? なによそれ? そんな法案聞いた事ないわよ?


「ねぇ、ママ。保護法案って何?」

「さぁ……そんな話、聞いた事ないわね」


 ママも私も思わず食べる手を止めて、テレビ画面に釘付けになっていた。テレビの中で、コメンテーター達が法案について解説しようと、絵が描かれたボードを立てている最中だった。


『政府が立案・制定しようとしている法案ですね。すご〜く簡単に言うと、同種族同士が結婚し、産めよ増やせよという法律ですねぇ。今は自由恋愛ですから、小型種も大型種も交雑が進んでますし、正統な血筋が少なくなってきてますからねぇ』


 深刻そうな表情で発言したニュースキャスターに対し、先程のAKKIは、『羨ましい限りですわ〜! 子供をポンポンとネズミのように産むだけで、多くの補助金が支給されるのですから! 羨ましい限りです。ジャガー族にも支給してくだされば、子供の一人や二人……いいえ、最低でも四人は産んでみせますのに! オーッホッホッホ♡』と私達を見下すようなコメントしていた。


 私が怒りでリモコンを強く握りしめた瞬間、不自然なタイミングでCMに入った。『新しくなった、またたび酒』でお馴染みの新人女優、ペルシャ族のミクルちゃんが美味しそうに、またたび酒を飲んでいるのを見て、少しは落ち着くかと思いきや、怒りは全く治まる気配がなかった。


「な、何よ今のコメント!? いくら希少種とはいえ、私達の人権はどうなるのよ! そんな法案、勝手に決めないでよっ! 本当にムカつくわね!」


 番組進行を担うニュースキャスターはさておき、私はジャガー族のオバさんの発言に激しい怒りを覚えた。それはママも同じだったらしく、尻尾を不機嫌そうに床に叩きつけるように振りながら、眉間に皺を寄せてウゥーー……ッと唸っている。


 CMが終わり、今度はニュースキャスターが画面一杯に映し出された。ハンカチでダラダラと流れ落ちる汗を何度も拭き、焦るように『詳しい事はまた政府から発表されるでしょう。時間がやって参りましたので、また来週お会いしましょう!』と早口で答え、番組は終了したのだった。


 ニュースキャスターとコメンテーター達が最後まで詫びる事なく、何事もなかったかのように笑顔で手を振っているのを見た私は、「ふざけんなッ!」と堪忍袋の緒がブチ切れた後、持っていたリモコンをソファの上に投げ付けてやった。


「ハァハァ……私、明日から三年生なのよ? 私の高校生活、どうなっちゃうわけ? ちゃんと、大学に行けるの? まさか、好きでもない人と結婚しなきゃいけないわけ? まだ好きな人もできたことがないのに?」


 今まで普通の学校生活を送っていた私にとって、波乱に満ちた学生生活の幕開けとなってしまったのだった。

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