私が死んだあとのこと 幽霊聖女は復活を望まない

第22話

　別邸に戻って来た私は、すぐにユリアナ様を探したのだが、みつけることができなかった。

　執事とメイドの会話から、２、３日はいらっしゃらないことが分かった。

　ユリアナ様がいない間にクリスティアン様が来たらどうしよう……。

　あと、私が話せる人といえばアルマス様だけだ。

「あまり話したくないな……」

　私はもう消えていく者だから、関わりたくないという思いが強い。

　それに――。

　死ぬまでに抱いていた、信じてくれなかったことへの怒りや悲しみが、アルマス様を見ていると薄れていく……。

　許したくないのに、許したくなってしまう……。

　私はまだ怒っているし……怒っていたいのだ。

　だって、私が牢の中で味わった一年は、地獄のような苦しみだった。

　聖女なのにこんなに心が狭いなんて、私は人としては未熟なのだろう。

　でも、今の私は『わがまま』だから許されたい……！

「こんな胸の内も女神様に聞いて頂きたいな……」

　女神様なら、はっきりと「だめ！」「許す！」と判断してくれるだろう。

「早くお戻りにならないかしら……」

　女神様が恋しくなってしまったが、今は私にできることをしよう。

　アルマス様に頼むのは最終手段にするとして、回復魔法以外で人に接触できる方法を探すことにした。

　結局その日は、ユリアナ様だけではなく、アルマス様も別邸には来なかった。

　※

　翌日——。

　朝に情報収集をするため、別邸の使用人や町の人達の会話を聞いてきた。

　カレン様と大神官様がいなくなった話は、大々的には報じられていないものの、知っている人が多いようでよく話題になっていた。

　カレン達を捜索しているのか、普段よりも多く町中で騎士達を見かけたので、人々も不穏な空気を感じ取っているようだった。

　私は別邸の屋根に乗って、通る人や訪れる人をチェックしながら、使える魔法を増やす練習をしているとアルマス様が帰って来た。

　手には赤い花束を持っている。

　屋敷に飾るのだろうか。

　……もしくは、誰かにプレゼント？

　少し気になった私は、見つからないようにこっそりアルマス様のあとを追った。

　アルマス様は着替えを済ますと、私の遺体が寝かされているユリアナ様の部屋に向かった。

　私は先回りして、隣の部屋の壁から頭を突っ込んでこっそり覗くことにした。

　この壁から生えている生首スタイルも、板について来たと思う。

　部屋に入ったアルマス様は、ベッドに眠る私のそばに赤の花束を置いた。

　赤とピンクの薔薇を混ぜた、華やかだが可愛い花束だった。

「エステル。こうして、自分で選んだ花を君に贈るのは久しぶりだな」

　子どもの頃は、アルマス様が自分で摘んできた花や、選んだ花を頂いていた。

　でも、大きくなってからは「公爵家の者が贈るにふさわしい花」を頂いていたから、誰かに任せていたのだろう。

　それが少し寂しく感じていたことを思い出した。

「城で見た今の君はとても素敵だった」

　…………っ！？

　女性を褒めたりするタイプではないアルマス様が、こんなことを仰るなんで……！　と驚いた。

　ここ最近で一番おったまげた。

　ドキドキで心臓を抑えながら、そういえば城で見られた時は、女神様に頂いたこの服装……この姿だったなあと思い返した。

「ネモフィラ様と同じ青を纏っていたけれど、エステルには華やかな赤も似合うと思ったんだ。……でも、青の花束の方がよかっただろうか」

　……そんなことはない。

　ネモフィラ様を象徴する青は特別だけれど、私は赤も好きだ。

　だから、この花束はとても嬉しい……。

　私の外見は華やかではないし、聖女は落ち着いた色合いを纏うことが多いから、あまり接してこなかった色だけれど……。

　だからこそ、憧れる色でもある。

「また、エステルの姿を見ることができるだろうか」

　アルマス様はそう呟きながら、横たわっている私の顔を見ている。

　……私はここにいるんだけどな。

　思わずそう零しそうになったけれど、見ていることがバレないように慌てて口を押えた。

　――コンコン

　一人で焦っていると、執事がドアをノックし、来客を告げた。

「アルマス様、クリスティアン様がいらっしゃいました」

「！」

　今、もっとも警戒しなければいけないクリスティアン様が、私の体のそばに来てしまう！

　どうしよう、今のうちにアルマス様に伝えておくべきだろうか。

　そう迷っているうちに、クリスティアン様が部屋に入って来た。

　……もう少し様子を見守って見よう。

「…………」

「…………」

　城で見かけたあとに何かあったのか、二人を包む空気は重い。

　しばらく無言で向き合っていたが、クリスティアン様がベッドサイドまで来て、置いている花束を見た。

「美しい花束だな。でも、エステルには合わないんじゃないか？」

「……今のエステルに似合うと思ったんだ」

　そう言葉を交わすと、二人の間にはまた沈黙が流れた。

　き、気まずい……。

　頭だけしか同じ空間にいないけれど、居たたまれなくなってきた。

　少しすると、ため息をついたクリスティアン様が何を取り出し、手に乗せてアルマス様に見せた。

「それは……魔法石か？」

　あれは……！

　カレンの蘇生に似た魔法を込めた魔法石！

　やっぱり、クリスティアン様はこの件でやってきたようだ。

「これはカレンから回収したものだ。これを使うと、エステルを生き返らせることができる」

　アルマス様は、目を見開いて石を見ている。

「今日はこれを使おうと思って来た」

「本当にそんな魔法があるのか？」

「ああ。カレンは赤い花の女神——アネモネ様の聖女らしい。そして、アネモネ様に蘇生の魔法を授かったそうだ。実際に、私の前で死んでいたネズミを蘇生させた」

「…………」

　クリスティアン様の説明を聞いて、アルマス様の表情が険しくなった。

「俺達はカレンによって大切なものを失ったじゃないか。同じことを繰り返すつもりか？」

「…………」

　アルマス様の言葉を聞いて、今度はクリスティアン様の顔が険しくなった。

「……私は生き返ったのをこの目で見たのだ」

「ネズミは生き返っても、人間は分からないだろう？　……というか、俺が問題点をあげなくても、クリスだって疑っているはずだ」

「…………」

「それに、ネモフィラ様が仰っていたじゃないか。生き返ることは『エステルが望んでいないと』」

「じゃあ、お前は……このままエステルが目を覚まさなくてもいいと？」

「……そうじゃない。ただ、体は亡くなっているけれど、エステルはちゃんと『いる』。だから、エステル自身が戻りたいと思ったら、きっと俺達に会いに来てくれると思うんだ。でも、来ないということは……」

　そこでアルマス様は言葉を飲み込んだ。

「…………」

　クリスティアン様も黙っているが、二人の表情を見ると、『今も私は生き返ることを望んでいない』ということを理解してくれているようだった。

　更に静寂が続いたが、先に口を開いたのはクリスティアン様だった。

「……お前はいいよな。エステルが見えたから――！」

　怒りをぶつけているようなクリスティアン様の声——。

　表情も段々と険しくなり……。

「私は早くエステルに会いたい！　謝りたい！　今すぐにでも！」

　そう言って手に持っている魔法石を振り上げた。