僕の女装OL物語

葉っぱふみフミ

第1話 プロローグ

―——今後のご活躍をお祈り申し上げます


 その一文で絞められたいわゆるお祈りメールを読みながら、中村奨吾はため息をついた。

 これで転職活動20連敗だ。

 

 3か月前、大卒以来5年勤めていた会社が倒産した。前々から給料が下がり、ボーナスが出ないなど怪しい兆候はあったが、ある日会社に行ってみると、「倒産しました」と貼り紙がしてあり、あっさりと失職してしまった。


 コロナ不況のど真ん中、景気がわるいのは僕がいた会社だけではなく、転職活動も上手くいかず面接にたどり着くだけでも一苦労だ。


「あ~、もうすぐ失業保険切れるのにどうしよう」


 床屋に行くお金も余裕もなく髪が伸び放題の頭を掻きむしりながら、パソコンに向かい次の応募先を探すが、夜勤のある工場勤務や工事現場など重労働ばかりしかない。

 営業職で特に資格がある訳ではなく、華奢な体つきの奨吾に向いている仕事はなかなか見つからない。


 そんな時、電話の着信音が鳴った。

 スマホの画面には、「沢村恵梨香」と表示されてある。


 通話をボタンを押すと、懐かしい声が聞こえたきた。


「奨吾、久しぶり」

「そうだね。大学卒業以来だから、5年ぶりかな」


 恵梨香とは卒業直前に二股をかけているのがバレてしまい、それが原因で別れて以来会ってもいないし、電話も初めてだ。


「奨吾の会社がつぶれて困ってるって聞いたけど、次の就職先見つかった?」


 転職活動が上手くいかず、大学の同級生など手当たり次第に連絡してツテを頼ろうとしたのが、恵梨香の耳に入ったようだ。


「いや、まだ」

「それでなんだけど、私って今、大学の先輩が立ち上げた事務所にいるんだよね。それでね、最近順調に業績伸びていて一人増やそうかという話になってるんだけど、どうかな?」


 嬉しい提案に興奮してしまい、思わずスマホを落としかけてしまった。


「すごく助かるけど、何の会社?」

「建築デザインの会社。会社って言っても今のところ5人しかいなくて、小さくて申し訳ないけどどうかな?」

「建築デザイン?そっち系、全然知識ないけど大丈夫かな?」

「大丈夫、大丈夫、事務系の補助作業だから。仕事としては、つまらないかも知れないけどいい?」


 仕事にやりがいを求めない今どきの若者代表である奨吾には、給料がもらえるなら仕事は何でもよかった。


「じゃ、明日社長に話しておくね。ちょっと今住んでいるところからは遠いから、借り上げ社宅があるけど入る?」

「ありがとう。それもお願い」


 それで恵梨香との通話は終わった。転職活動にも目星がつき始めた喜びで、冷蔵庫からビールを取り出し一人で祝杯を挙げることにした。


◇ ◇ ◇


 それから履歴書を送りオンライン面接を経て、失業保険が切れる寸前に正式に採用が決まった。

 あわただしく社員寮に移る引っ越しをして、初出社の日を迎えることになった。


 オフィス街の雑居ビルの3階に恵梨香の会社はあった。

 広くはないオフィスだが、従業員5人ということもあり手狭ではない印象をうけた。

 僕が入ってくると、恵梨香が作業の手をとめて立ち上がって迎えてくれた。


「今日からよろしくね」

「全員、女性なんだね」


 オフィス内には4つデスクがあり、それぞれ女性が座って作業していた。


「そうだよ。今から社長呼んでくるから待っててね」


 そういうと恵梨香は奥の方にある社長室へと向かい、数分後スラリとした長身の女性を連れてきた。


「社長の高橋です。よろしくお願いします」


 高橋社長とはオンライン面接では会ったことはあったが、実際見るのは初めてで思ったよりも身長が高かく、僕と同じくらいだった。

 そんな長身の高橋社長はストライプのパンツスーツをかっこよく着こなしており、明らかに仕事ができる風格を漂わせている。

 

「今日から働いてくれる、中村さんです」

「よろしくお願いします」

「それでは、中村さん、ちょっと手続きがあるから社長室にきてくれる?」


 社長がみんなに僕のことを紹介した後、僕は社長の後について社長室に入った。

 社長は封筒から書類を取り出すと、僕に渡した。


「こっちが社会保険加入のための書類で、こっちが労働契約書ね。こことここにサインと印鑑お願いね」


 僕は言われるがままにサインをして、捺印をした。


「サイン終わったら、あとは事務の井上さんに渡しておいて」

「はい」


 ドアをノックする音が聞こえ、振り向いてみると恵梨香だった。手には何か服のようなものを持っている。


「社長、制服持ってきました」

「ちょうどよかった。今契約が終わったところ」


 社長と恵梨香は楽しそうな笑みを浮かべている。


「じゃ、中村さん、さっそく制服に着替えてくれるかな?」

「はい、これが制服ね」


 恵梨香から制服を受け取ったが、黒のタイトスカートにベスト。それにピンクのブラウスに花柄のリボン、よくみる事務職OLが着ている制服だ。


「制服って、これスカートで女性用ではないですか?」

「スカートだからって女性用に決まってるわけじゃないよ。女性だってスカートとパンツ両方履くんだから、男性だって両方履いてもいいでしょ」


 先ほどまでにこやかだった社長の表情は一変し、眉毛をつりあげて怖い表情となった。


「それに、ほら、さっきサインした契約書にも、就労時間中は制服を着ることって書いてあるでしょ」

「そんな」

「嫌なら、いいのよ。辞めてもらって、その代わり違約金と転居費用建て替えていた分一括で返してもらうから」


 そんな金額を失業中だった僕に払えるわけはなく、受け入れるしか道はなかった。


「わかったんなら、早く着替えなさい」

「着替えるって、どこですか?」

「ここよ、あと3分以内ね」


 反論する余裕もなく僕は着ているスーツを脱ぐと、制服に着替え始めた。

 受け取った制服の中に、よくみるとブラジャーとショーツも入ってあった。


「下着も?」

「当たり前よ、下着も含めて制服。あと2分15秒しかないよ」


 慌てて着替えようとするが、焦るとブラジャーのホックが留まらない。

 見かねた恵梨香が背中のホックを留めてくれた。


「明日から一人で付けられるようにならないといけないから、練習してね」

「痛い!」


 恵梨香は僕の背中を強くたたいた。女性の力とはいえ、素肌にビンタは痛い。


「サイズはよさそうね」


 ようやく着替え終わった僕を社長と恵梨香は、蔑むような視線で見つめている。


「社長、そろそろ打合せの時間が」

「そうだった。じゃ、私は行くところがあるから出るから、仕事は斎藤さんに教えてもらってね」

「はい」


 社長はあわただしく荷物をまとめて社長室から出て行こうとしたが、部屋を出る直前で何か思い出したかのように足を止め、僕の方を振り向いた。


「あっ、言い忘れてた。社員寮、女性専用マンションだからバレないように気を付けてね。バレて退去になったら違約金だからね」


 それだけ言い残すと、社長は出て行ってしまった。


「そんなわけだから、このスーツいらないね」


 恵梨香はそういうと、僕が着ていたスーツをゴミ袋へと投げ入れた。


「恵梨香は知っていて、騙したのか?」

「騙したなんて人聞きの悪いこと言わないで。困ってる奨吾を助けてあげたの。それに浮気する方がもっと悪いんじゃない」


 5年前の二股交際を未だに根に持っていたようだ。

 こうして、僕のOL生活と恵梨香の復讐劇の幕を開けた。



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