死んだ恋人に会いにいく

青空野光

プロローグ

報せ

 盆休み初日の八月十三日。

 まだ夜も明けたばかりの部屋に、スマートフォンのけたたましい着信音が響き渡る。

 枕元で喚き散らすスマホの首根っこをむんずと掴むと、悪さをした飼い猫でも叱るかのようにその画面を睨みつけた。

 6インチのディスプレイに表示された『高畑浩二たかはたこうじ』という名前は、久しく連絡を取っていなかった高校時代のクラスメイトのそれだった。

 友人であることには間違いが、特に仲が良かったというわけではない。

 そんな彼がよりにもよってこんな時間に、いったい何の用事があるというのか?

 それも電話に出さえすればすぐに判明するのだから、あれこれと考えるよりもとっととそうするべきなのは自明だった。

「はい、中原なかはらです」

『あ、叶多かなたくん? 朝早くにすいません。高校の時に同じクラスだった高畑です』

 そういえば彼はこんな声をしていたなと、押し入れの奥から埃を被った玩具おもちゃを見つけた時のような懐かしさを覚える。

「久しぶり。高校を卒業して以来だから――」

 あれからもう、六年半にもなるのか。


 私は四方を山に囲まれた田舎の町で生まれ育った。

 小学校中学校と同じ顔ぶれのまま進学し、高校に入って初めて新しい友達ができたというくらいに。

 それだけが理由というわけではが、大学受験に際して持った希望はといえば、都会に出て一人暮らしをするという、我ながら随分と慎ましやかなことだった。

 第一志望に受かることはできなかったが、滑り止めで受けた私大が思いのほか合っていたようで、気がつけば他の学生より一年長く在籍し、卒業後はそのまま都会に就職し現在に至っている。

 最後に地元に帰ったのは、果たしていつのことだったか?

 閑話休題。

 そんな理由から郷里の人たちとの付き合いが断絶していた私のところに、こんな朝早くからさほど親しくもなかった旧友から連絡が入ったのだから、急を要する用件なのはほぼ間違いない。

「それで何か急ぎの用事なんだよね?」

 彼とて思い出話をするために電話をしてきたのではあるまい。

 不躾は承知の上で、率直にその理由わけを尋ねる。

『あ、うん。水守みずもりさん、っていたでしょ?』

「水守さん? 彼女がどうかしたの?」

『それが……亡くなったんだよ』

「え? 亡くなった? 水守さんが?」

『うん。一昨日の朝にその、自殺したらしい』

「自……」


 彼女――水守ゆいは、あまり目立つタイプの同級生ではなかった。

 勉強がよくできる優等生で、腰の上ほどまである長く綺麗な髪と、西洋人形のような大きな瞳と白い肌が印象的な美人でもあった。

 もっとも、当時の私と彼女との間にはこれといった交友はなく、スマホの連絡帳には連絡先こそ入っていたが、ただの一度も連絡を取り合ったこともない。

 言ってしまえば、限りなく他人に近い友人。

 それが私のとっての彼女だった――。


「……そうなんだ」

 たとえ親しくなかったとはいえ、半生を同じ学舎まなびやで過ごした同級生が、二十代も半ばの若さで亡くなったと聞けば色々と思う所もある。

 しかもそれが自らの意思で、というのだから尚さらであった。

『それでさ』

 きっと高畑からのこの電話は、彼女の通夜や葬儀に関するものなのだろう。

 だとすれば私はどうするべきか?

 この街から生まれ故郷までは、どんな交通手段を用いても数時間からの移動を要する。

 仮に今から支度をしてすぐ家を出たとしても、到着は早くても昼過ぎになってしまう。

 もっとも、通夜であれば宵の口から執り行われるのだろうから、時間的な心配はさほどないのかもしれないが。

 そもそものところ、私は参列すべきなのだろうか?

 それに亡くなり方から考えると、密葬という形をとるかもしれない。

 もしそうであれば、もともと親しくもなかった私の出る幕などは余計になくなる。

『もしもし叶多君?』

「……あ、ごめん」

『いや。こんな朝っぱらから電話を掛けさせてもらったのには理由わけがあってね』

 そう言われ初めて時計に目をやると、文字盤の5と6の間に短針が乗っていた。

『彼女のお母さんから昨夜の遅い時間に電話をいただいたんだよ。高校の卒業文集で調べたって言ってた』

「ああ。確か高畑って三年の時、クラス委員長だったね」

 高畑が水守さんの母親から聞いた話では、やはり葬儀は密葬かぞくそうで執り行われるのだという。

 ただ、どうしてもお悔やみをしたいという親しい人に限っては、通夜に来てくれる分には構わないとも言っていたそうだ。

 それにもうひとつ、娘のことでどうしても知りたいことがあるとも。

 高畑が早朝から私や他の同級生に電話で連絡を取っていたのは、むしろこちらためのようだった。


「それで、水守さんの親御さんが知りたいことっていうのは?」

『うん。彼女、自宅のポストに何通かの遺書を残していたそうだんだ。そのうちの一通に書いてあった文言が、自分たちでは解決できないからって』

 それならばと娘の旧友たちに解決の糸口を求めたのだとすれば、それは一体どんな内容だというのだろう?

「そこにはなんて書いてあったの?」

『それがね』

 彼女が残した遺書に書かれていたのは、たったの一言だけ、たったの十一文字だけの言葉だったという。

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