サードキル3
「まさか待ってるとは思わなかったよ!嬉しい!ありがとうお兄さん!」
私は運転するおじさんの左腕をバシバシ叩いた。おじさんは困ったように声は出さずに笑った。
「これからも私の言うことちゃんと聞いてね!」
自然と口調がルンルンとスキップしてしまう。おじさんはまた困ったように笑った。
「何してきたの?」
おじさんが真顔に戻って私に聞いてきた。
「パパを殺してきたよ」
おじさんは何も言わなかった。表情も変わらなかった。そして沈黙した。
しばらくしておじさんが「人を殺すってどんな気持ち?」と唐突に聞いてきた。
「どんな気持ち?うーん。すっきりする!気分爽快って感じ?殺したのは今まで散々私を傷つけてきたやつらだから、仕返しできて良かった!って感じ」
良かった!のときに私は両手を上にあげた。やったー!って本当に嘘じゃなくそんな気分だった。
「そうかぁ」とだけ言っておじさんは笑った。さっきみたいに困ってる感じじゃなくなっていた。私の言うことが面白いって思っている感じだった。
三十分くらい走ると大きなマンションがいっぱい建ってる所に着いた。そこの駐車場におじさんは車を停めた。
「着いたよ」そう言っておじさんはシートベルトを外した。
「このおっきいマンション中にお兄さんの部屋があるの?すごーい!」
私は素直にそう思った。
車を降りて、ずんずんとマンションに向かって歩いて行くおじさんの後ろを私はついていく。マンションに入ってエレベーターで十二階に登った。このマンションは十四階建てだった。
エレベーターを降りてすぐの所がおじさんの部屋みたいだった。外廊下から周りの景色が見えた。すっかり暗くなっていた。凄く高い。遠くの方まで光が見える。歌舞伎町はどっちの方角だろう。
おじさんが鍵を開けた。ドアを手で押さえて私を招いてくれた。
「お邪魔しまーす」
私は玄関に座り込んで厚底ブーツを脱ぐ。おじさんは照明をつけて、黙って脱ぎ終わるのを待っててくれた。
部屋に上がった。廊下を進むと正面に部屋の入り口があった。おじさんがドアを開けて照明をつけた。部屋は凄く広かった。白い壁に明るい色のフローリング。ベランダ寄りにソファーとテーブルがあって、向かいに大きなテレビがあった。部屋はとても片付いていた。物もあまり多くない。ポスターとか絵とか飾ってないし無機質な感じだった。
「お兄さんここ一人で住んでるの?」
「そうだよ」そう言っておじさんは車と部屋の鍵をテーブルの上のプラスチックケースにちゃらんと置いた。
私は適当に荷物を床に置いてソファーに座った。二人は余裕で座れる。私の横にはスペースがある。それでもおじさんはそこに座らずに、テーブルの横で床にお尻をつけた。
デリヘルや立ちんぼのお客さんならすぐに私の横に座って、体を密着させようとしてくる。すぐにいやらしく手を握ったり肩や背中に手を回そうとする。でもおじさんはそうしなかった。おじさんは少し他の男の人とは違うのかもしれない。私が殺人犯だから怖いだけかな?
「何も食べてないよね。お腹すかない?ウーバー頼もうか?」
おじさんが優しい口調でそう言った。確かに何も食べていない。色々と夢中でお腹が減ってることに気づいてなかった。
「いいの?お兄さん優しいね」
「何がいい?この辺だとハンバーガーか中華になっちゃうけど」
おじさんにお世話されてるみたいになって、私はマイナちゃんを思い出した。マイナちゃんは元気かな?
「どうする?」と聞くおじさんの言葉にすかさず私は「エビフィレオのポテトセットね!」と答えた。おじさんは楽しそうに笑った。
配達を待つ間、私はおじさんに色々と質問した。
おじさんは四十三歳の会社員で独身。彼女はいない。建設関係の仕事らしい。年収は五百万円。多いのか少ないのか私には分からない。ホストだったら仕事出来ないやつだけど。マンションは三千万円で買ったらしい。ローンで払ってる。今日は有給休暇を取ったそうだ。趣味は映画を見ることと読書。風俗はたまに行く。パパ活は何度かしたことあるけど、立ちんぼは買ったことがないらしい。
「お兄さんなんで家出少女を家につれてこようと思ったの?やらしいこと出来ると思った?」
私の率直な質問におじさんは困ったように頭を掻いた。
「下心は…まぁ…あったよ」
おじさんはギリギリ聞き取れるくらいの小声でそう言った。悪いことしてる自覚はあるみたいだった。私が次の質問を言いかけたとき、おじさんがそれを遮るように話し始めた。
「でもなんというか、若くて可愛い子に側にいて欲しいって気持ちがあった。風俗とかパパ活みたいなドライな感じじゃなくて、家族とか友達とか恋人みたいな感じを求めてて……」
おじさんが求めるそれが、家出少女なら手に入るかもしれないと期待するのは間違いだ。そんな会ってすぐの相手と家族や友達や恋人みたいになれるわけがないから。
でもおじさんの気持ちは少し理解できるかもしれない。私がホスト、リョウマに求めた物に似てる気がしたから。
リョウマは最初はとても優しかった。私の話しを私が気が済むまで聞いてくれた。私の考えを肯定してくれた。甘い言葉でお前は素敵だよかわいいよって沢山言って私の自己肯定感を高めてくれた。だからリョウマに夢中になった。私は愛を、愛みたいな物を金で買った。
愛は金で買えないって誰かが言った。本当だろうか。愛は金で買えるじゃん!あの時の私は本当にそう思っていた。愛を金で買えないならどうやって私は愛を手に入れたらいいのか、誰にも愛されたことがなかったあの時の私には分からなかった。私は愛を金で買うしかなかった。
男の人は出すもの出してすっきり出来たらそれでいいのかなと思ってた。でもおじさんみたいにホストに狂った私みたいな気持ちの人もいるんだなと初めて知った。
「お兄さんはなんでそんなに寂しいの?私みたいに虐待されてた?」
おじさんは首を横に振った。
「そんなたいしたことじゃない。ただ人付き合いが苦手で、人と上手く喋れなくて。性格も暗いし顔も良くないから、彼女も友達もなかなか出来なくて。気づいたら独身でこんな歳になってて」
おじさんはうつむいて溜め息をついた。私は「そうかぁ」とただ呟くしか出来なかった。
二人とも黙ったまましばらく時間が流れた。ふと、うつむいていたおじさんが顔を上げて、何か決意したみたいな眼差しで私を見て喋り始めた。
「君にお願いがあるんだけど。俺の事殺してくれないかな?もう生きてても虚しいだけなんだ。お願いします」
おじさんは頭を下げた。思いがけない言葉に私は戸惑った。三人殺すのも四人殺すのもたいした差はないかもしれない。でもなんか違う。おじさんを殺すのは違う。私はそう思った。
「お兄さんの事は殺せないよ。殺す理由がないもん。私はただ誰でも良かったって感じで人を殺してる訳じゃない。ちゃんと私が殺したいって思う男をちゃんと私の意思で選んでるんだよ」
おじさんは頭を下げたままだった。私は喋ってる間にどんどんと自分がヒートアップしてることに気づいた。
「そっちの都合には合わせないよ!男の都合に合わせて行動しないって私決めたんだ!私がお兄さんを殺したい、殺す必要があるって思うまで待ってろ!」
なんでこんなにヒートアップしてるのか自分でも分からない。でもこれをちゃんと言わなくちゃいけないって思ったんだ。
おじさんは顔を上げて「ごめんそうだよね。どうかしてた」そう言って苦笑いした。私は急に気まずくなってどうしようかとオロオロした。そんな空気を察したかのようにインターホンがなった。ハンバーガーが届いた。
おじさんがテレビをつけた。クイズ番組を見ながら二人で黙ってハンバーガーを食べた。美味しかった。
私はスマホを手に取ってSNSをチェックした。鬱鬱少女のアカウントがツイッターにライブ情報をアップしていた。
〈鬱鬱少女。歌舞伎町アゲアゲアイドルフェス急遽出演決定!会場は歌舞伎町タワー前広場特設ステージ。鬱鬱少女の出演は十四時から。有料前方エリア三千円。後方無料観覧エリアあり。当日券、ライブ終了後の握手会あり〉
そのライブは明日だった。どうせ捕まって死刑になるならその前に一度生でメルちゃんが歌ってるところを見ておきたい。そう思った。明日歌舞伎町に戻ろうと決意した。そしてメルちゃんにちゃんとやり遂げたよって直接報告したい。
ハンバーガーを食べ終わると私はおじさんに明日歌舞伎町に連れていってと頼んだ。おじさんはいいよって言ってくれた。
それからだらだらと過ごして、お風呂に入ったら夜の十時になっていた。おじさんがベッドで寝ていいよといってくれた。おじさんはソファーで寝るらしい。
「おやすみ」そう言っておじさんは照明を消した。おじさんは手を出してくるかな?と少し身構えてたけど結局来なかった。私は疲れていたのですぐに意識を失った。
翌朝、私はしまくらで買ったかわいいワンピースを着た。メイクもばっちり気合いを入れて、髪の毛をツインテールに結んだ。
歌舞伎町に行くなら、メルちゃんに会うならとびっきりかわいくならなくちゃいけない。
鏡の前で何度も全身をチェックした。よし。とってもかわいい地雷系少女の完成だ。
「お兄さんおまたせ!じゃあ行こう!」
マンションを出て車に乗った。おじさんの運転で歌舞伎町に出発だ。
バッグの中にはナイフも、そして熊のぬいぐるみもちゃんとある。
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