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東北道を北上すること約一時間。埼玉県の羽村インターチェンジを降り茨城方面に向かって十分ほど走ると南利根町につく。
南利根町は埼玉の北東部、利根川南岸にある人口約一万五千人の小さな町だ。利根川の橋を渡って北へ行けばすぐに茨城県という立地である。
南利根町は稲作が盛んだ。のどかな田園風景が広がっている。かと思えば、全国的に名の知れた企業の工場も入っている大きな工業団地があり、トラックの往来も多い。
茨城へと続く県道を走り、途中で横道に入る。
田んぼを取り囲むように十軒ほどの住宅が並んでいる集落がある。このあたりに被害者女児とその家族が暮らしてた家があったという。
集会所のような場所があり、そこのささやかな駐車スペースに車を停め、付近を歩いてみる。
住宅と住宅に挟まれたスペースに、太陽光発電のための大きなソーラーパネルが所狭しと並べられている場所があった。被害者家族が住んでいた土地はここではないかと勘が働いた。
しばらくその土地の前に立っていると、犬の散歩をしている高齢の女性が通りかかった。私はその女性に話しを聞いてみることにした。
昭和五十八年の事件について調べてる者なんですがと話しかけると、その女性は「まだそういう人がいるんだねぇ」と大変驚かれた。そしてこの目の前の土地が被害者家族が住んでいた場所だと教えてくれた。勘は当たっていた。
女性は七十代で、この集落に昔から住んでおり、事件の事も記憶しているという。
「忘れられるわけないわよ。本当にかわいそうな事件だったわねぇ。◯◯ちゃん(被害女児の名前)は本当に人懐っこくって可愛かったのよ。だから今でも胸が痛くなるわ」
そう言って女性は顔を歪ませた。
被害女児の事を知っているということはその家族とも交流はあったのだろうか。私は被害女児の母親、あの呪いの熊のぬいぐるみを作った秀子さんについても話を聞いてみた。
「秀子さんもかわいそうよね。やっと出来た子供だったのに」
秀子さんは長い間不妊に頭を悩ませていたそうだ。
「秀子さんとは同世代だし顔を合わせたらよく話しをしてたわ。田舎に嫁いだ女同士話が合ったのよ。秀子さんはお義父さんに子どもはまだか?ってプレッシャーをだいぶかけられてたみたいよ。どうしようって悩み相談されたりしたわよ」
そんな苦悩を乗り越えてようやく授かった我が子があんな事になるとは、秀子さんの胸の悲痛さは、いかばかりであったろう。
私は熊のぬいぐるみについても聞いてみた。
「手芸?ぬいぐるみ?どうだったかしらねぇ。覚えてないわ。秀子さんは家庭的な人だったからもしかしたら作ってたかもしれないわね」
ぬいぐるみについては覚えがないようだ。
私は続いて秀子さんが事件後精神に異常をきたし、義父を刺したことについて、女性にそれとなく水を向けてみた。女性は憤怒まじりにこう言った。
「そんなの事実無根のただの噂よ。確かに心が弱ってたのは確かだけど。秀子さんはただひっそりとお風呂場で……もう思い出したくないわ」
この女性にとっても辛い記憶なのだろう。申し訳なくなった私は女性に謝罪した。
「話しすぎたわね。じゃあこれで……」と言って立ち去ろうとした女性を引き留め最後に質問した。この土地で不思議な現象は起きていないですかと?
女性は早口で捲し立てた。
「不思議な現象って幽霊とか?そんなのあるわけないじゃない。やめてよ。一時期中学生とか高校生が肝だめしに来てたけど、迷惑だから近所の人みんなで学校に抗議したことがあるのよ。そしたらパタッと無くなったわ。じゃあ、もう私はこれでね」
そう言って女性はその場から立ち去った。
小田ヤスオ氏の取材によれば、秀子さんは事件後精神を病み、義父を刺した後、自らに刃を向け亡くなったとのことだった。そしてその傍らには警察から返却された熊のぬいぐるみがあった。女性が言っていた事とは食い違う。真実はどちらなのだろうか。
話しを聞いた女性は近所で被害者家族と交流があり事件当時の事もよく覚えている。小田ヤスオ氏が取材し、ぬいぐるみを受け取った人物は元警察官だった。
どちらにも信憑性はありそうだ。
私には現時点でどちらが真実か断定するのはとても難しい。
私はその後も道行く数人の方に話しを聞こうとしたが、すべて断られてしまった。
私は諦め、今度は遺体遺棄の現場となった建設会社の資材置場に向かった。
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