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クラブ維新は区役所通りを大久保方面に行き、最初の大きな交差点を右に曲がった先にあるビルの二階に店を構えている。
五階建てのビルの壁面には、ポーズをきめた若い男の顔写真が何枚も張られている。アイドルか何かと見間違えそうになるが全てホストだ。
エレベーターで二階に上がる。エントランスにはクラブ維新の売り上げ上位十人のホストの顔写真パネルがピラミッド方式で貼り付けられていた。そこに被害者であるリョウマの写真は無い。
自動ドアが開き中に入る。受付と思われる場所だ。そこでは白いパーカーを着た茶髪の男がなにやら作業をしていた。彼は私たち二人に気づくと「少々お待ちください」と言って店の中に入っていった。しばらくするとスーツ姿の男が出てきた。
「刑事さんわざわざご足労いただきありがとうございます。私、クラブ維新店長の木戸です」
木戸は三十代前半くらいか。現役のホストだと言っても通用するほどの若々しさがある。高級腕時計がスーツの袖口からちらっと顔を出している。
「こんな早い時間に申し訳ありません。警視庁捜査一課の常田と申します。こちらは新宿警察署の草間さんです」
常田が私を紹介すると木戸は私に向かって会釈した。私もぎこちなく会釈を返した。
「さぁこちらへどうぞ」
木戸に招かれて店内に入る。黒をベースにしたシックな雰囲気の店だ。壁には幾何学的模様が描かれている。
店内に入ってすぐの所にあるボックス席に二人の若い男がスマホをいじりながら座っていた。二人ともラフでカジュアルな格好で、いかにもオフモードといった感じだ。
「トシミチ、カイシュウ。刑事さんが来たぞ。リョウマのためにもしっかりよろしく頼むな」
木戸の言葉に二人はスマホをいじる手を止め立ち上がった。
「トシミチさん、カイシュウさんよろしくお願いします」
常田が頭を下げたのに合わせて私も頭を下げた。ホストに頭を下げるのは癪だが……。
トシミチとカイシュウも頭を下げた。二人とも眠そうな顔していた。明け方まで働く二人にとって本来なら昼の十二時は寝ている時間だろうから無理はない。
常田がテーブルを挟んだ二人の向かいに腰を下ろす。私も慌てて常田の隣に座る。革張りの黒いソファーの座り心地はとても良い。
私たちに合わせてトシミチとカイシュウも座る。どこからか丸い小さな椅子を持ってきた木戸も近くに座った。
「今日お二人に聞きたいのは、ミズキという女性についてです。お二人はミズキさんの事をよく接客なさっていたんでしょうか?」
二人が顔を見合わす。どちらが先に喋るのか探りあっている様子だ。
「えーと……お名前は」
常田が私たちから向かって右側の、黒いジャージを着た方に手を差しのべた。
「トシミチです」
「じゃあトシミチさんからお願いします」
トシミチは腰を上げ座り直すと話し始めた。
「リョウマさんと一緒にミズキさんの接客をよくさせて貰ってたのが僕とカイシュウです。リョウマさんが他の女の子の接客に行ってる間は二人きりになるので、その時に良く喋っていた方だと思います」
いわゆるヘルプというやつだろう。この二人はまだ駆け出しのホストなのかもしれない。常田が続ける。
「なるほど。どんな些細な事でもいいので、ミズキさんについて思い出せる事を話してください。例えばどこで寝泊まりしているだとかミズキさんから聞きましたか?」
トシミチが話し出した。
「寝泊まりしてるのはネカフェだって言ってました。アパートとかマンションには住んでなかったみたいです。ネカフェだと快速クラブが一番好きって言ってましたね」
快速クラブ。オレンジ色の看板が一際街中で目立つ所だ。
「あっ、でも快速クラブは高いから毎日は行けないって言ってましたよ。色んなネカフェを転々としてたみたいです」
グレーのトレーナーを着たカイシュウがようやく喋った。カイシュウはトシミチに比べると間が抜けているような雰囲気だ。
「そうですかありがとうございます」
常田はメモ帳とペンを取り出しテーブルに置いている。私も同じことをした方がいいだろうかと思ったが、紙もペンも持っていなかったので両手を腿の上に置いてただぼけっと聞いているだけだった。
その後常田が色々と質問したが、目ぼしい新たな情報は出てこなかった。
トシミチとカイシュウからは、ミズキが店内でどんな振る舞いをしていたかについても語られた。
最初のうちは人懐っこく、明るくかわいらしい印象の女の子だったそうだ。ただ次第に自分の思い通りにならない事があると、ヒステリックに泣き叫んだりするようになったという。店のグラスを割りそうになったのを自分が慌てて止めてなんとか事なきを得た事もあると、カイシュウが誇らしげに語った。
リョウマを指名する客の中で、ミズキが使う金額はランクでいえば中位くらいだったという。
金はあまり使わないのに、要求だけは高い、カイシュウが言うには「ちょっと痛い子」だったという。
だから次第にリョウマのミズキを扱う態度は雑になっていったそうだ。
ある日、ミズキはもう体を売るのは嫌だと号泣していたという。
若い女の子が体を男に差し出し続けるなんて、さぞかし心が疲弊したことだろう。心情を察するにあまりある。同じ女として胸が抉られる気持ちになった。
「ミズキさんの交遊関係で、何か思い当たる事はありませんか?」
常田の言葉にカイシュウとトシミチは顔を見合わせる。しばらく考え込んだあとトシミチが口を開いた。
「一回か、いや三回くらいかな?友達だっていう子と一緒に遊びにきたことがありましたね」
「それは女性ですよね?何かその女性について思い出せる事はありませんか?」
常田のその言葉の後に、今度はカイシュウが口を開いた。
「髪の毛はボブ?肩くらいまでの子だったような気がします。スカートじゃなくてジーンズを履いていて、銘柄は忘れたけどメンソールの煙草を吸ってました」
トシミチがカイシュウに続いて話す。
「名前はマイカ、マイナ……そんな感じだったような。その子も立ちんぼしてるって話してましたね」
これは有益な情報だろう。捜査素人の私でも分かった。
「その友達の事は、一緒に来てない日でも楽しそうに話してたから、凄く仲が良かった感じがしました」
トシミチのその言葉を受けて、常田は初めてメモ帳にペンを走らせた。
「草間さんの方からお二人に聞きたい事はありませんか?」
常田が私に振ってきた。何も考えていなかったので困った。
「ミズキさんと、そのお友達?どんな関係に見えましたか?例えば姉妹みたいだったとか、対等な友達関係っぽかったとか……」
しばらく考え込んだあと捻り出したのがその質問だった。
カイシュウとトシミチは黙って考え込んでいた。しばらくしてトシミチが口を開いた。
「姉妹みたいな感じでしたね。友達の子の方がお姉ちゃんって感じでした。色々お世話してあげて、ミズキちゃんが甘えてるみたいな。そんな気がします」
「よく思い出して頂いてありがとうございます」
常田はそう言った後、私の方を見てにこっと微笑んだ。どういう意味だろうと私は困惑した。
「それじゃあそろそろ私たちはこれで。最後にどんな些細な事でも構わないので言い残したことがあればお願いします」
「大丈夫です」
カイシュウとトシミチは二人同時にそう言った。
近くでずっと黙って聞き込みを聞いていた木戸が口を開いた。
「ミズキちゃんは最初は凄く頑張ってリョウマを支えてたんです。なのにこんな事になってしまって店長として責任を感じています」
その言葉を聞いた瞬間、怒りがこみ上げてきた。つい我慢できずに私は大声を出した。
「何が支えていただよ!何で女が体を売ってまで男を支えなけゃいけないんだよ!馬鹿じゃないの?ホストを支えた先に何があるんだよ!ただ女が心を磨り減らして捨てられておしまいだろ。お前がしてるお高そうな腕時計には女の涙が染み込んでるだよ!知ってるのか?馬鹿が!」
私以外の男たちはみんな呆気に取られていた。
やってしまった……。
引っ込みがつかなくなった私は、立ち上がるとそのまま何も言わず常田を置いて店を出ていった。
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