キリング・ノヴァの慎也と海児(七)
堂島刑事が右腕を前に突き出して慎也を指した。才の例のアレ同様に芝居掛かった仕草だった。
「渚慎也、あなたは14日の午前7時台から9時台まで、殺害された坂上健也さんの家に居たんです!」
刑事は断定した。
「その後は電源を切ったか電池が切れたのか、翌朝にあなたのアパートで再び電源が入れられるまで行動が不明ですが」
「何だよそれ!」
呆気に取られた私達の中で、最も早く我を取り戻したのは海児だった。
「慎也さんが健也さんを襲ったとでも言いたいのかよ!?」
「そこまでは申しておりません。慎也さんがあの家に居た、とだけ」
堂島刑事の澄ました態度は、海児の怒りの火に油を注いだ。
「ふざけんな、テメェ!」
「やめろ、海児!」
刑事に詰め寄りそうになった海児を、慎也がすぐにソファーから立ち上がって止めた。
元キリング・ノヴァの二人の絡みツーショット。ファンからしたら
「でも慎也さん、あんな風に言われて我慢できねぇよ!」
「警官に手を出したらしょっ引かれるぞ。家族のことを考えろ」
遠回しに犯人扱いされているというのに、慎也は感情をコントロールできていた。流石は聖良の父親だ。
「電話の件だけではないのですよ」
堂島刑事は一枚の紙を私達の前に提示した。
「坂元さんの自宅から、徒歩圏内に在る駅で撮影されたものです。時刻は14日の午前7時22分」
それは駅のホームに設置された、監視カメラの映像を一コマ切り取ったものだった。古い機種のカメラらしく写真は白黒だが、それでも判る明るい色の長髪と、派手な革ジャケットを着た男性が写り込んでいた。
「これって……!」
聖良が父親の顔を見つめた。サングラスをした写真の男は渚慎也によく似ていた。
「……お父さん?」
慎也は娘への言い訳より、堂島刑事に対峙することを選んだ。
「刑事さん、俺があの日あそこに居たとしても、時間がおかしくないですか? 健也が殺されたのは8時。スマホの信号が最後に確認されたのは9時過ぎでしょう。一時間以上も俺は殺人現場に留まったことになる。そんな馬鹿が居ますか?」
長く留まれば留まるほど、現場に自分の痕跡を残す危険が増す。目撃者も出てくるかもしれない。犯人ならば事後に早く立ち去りたいと考えるだろう。慎也の主張は正しいと私は思った。
しかし堂島刑事は言ってのけたのだ。
「居ますよ」
「えっ?」
「現場に長く残る者は居ます。金目の物が無いか家中を物色したり、中には死体の横で飯を食う不届き者も居ます」
「……どちらも、俺には当てはまらないですね」
傍観者だった私は、ここで我慢ができず刑事に反論した。
「そうですよ、坂上さんの家に荒らされた形跡は有りませんでした。あの日、刑事さんだっておっしゃっていたじゃないですか。物取りの犯行とは違うようだって!」
私の
「日比野さん、私が挙げたのはほんの一例です。現場に長時間留まる犯人も居る、ということを申し上げたかったのです」
「そもそも慎也さんには動機が有りませんよ! バンドが解散した後も、メンバーの皆さんを大切に思っていらしたんです」
自分でも不思議なのだが、私は盲目的に慎也を信じていた。芸能界にはさほど興味の無かった私だが、これが誰かのファンになるという感覚なのだろうか。
「落ち着いて下さい日比野さん。それにね、慎也さんを怪しいと思う点はもう一つ有るんです」
そんな。慎也にとって不利な状況がまだ有るというのか。
「玄関付近に残された、男物の靴跡です」
! スロープに残されていて、才が見つけたアレ?
「慎也さんのアパートで聴取させて頂いた折に、スニーカーの提出もお願いしましたよね? 鑑識に回した結果、採取した靴跡と、慎也さんの靴底のゴムの紋様が一致したんです」
何てことだ。監視カメラ映像、携帯電話のGPS情報、そして靴跡の一致。もう反論の余地が無い。
「俺が友を……健也を殺したと、本気で思ってるんですか?」
「それは今ここで判断することはできません。我々は慎也さんと沢山お話ししなければなりません」
「すみませんが渚慎也さん、署までご同行願います」
ほとんど空気だった佐野刑事が久し振りに発言した。
「任意ですので、拒否もできますが」
「……………………」
慎也は険しい目つきでしばらく両刑事を見据えていたが、
「いいでしょう、一緒に行きます。俺には後ろ暗いことなど無いんだから」
姿勢良く刑事達に向かって歩を進めたのだった。
「お父さん!」
「慎也さん!」
背中に娘と後輩の悲痛な呼び掛けを受けても、慎也は振り返らなかった。
「聖良、俺は無実だ。信じて待っていろ」
それだけを告げて、彼は四名の警官に囲まれる形で退室していった。
警察官に詰問されても取り乱さなかった慎也。キリング・ノヴァ時代の、テレビで観たクールな彼そのものだった。
だけれど今はどうか足搔いてくれと私は思った。無様でもいい、身の潔白を必死に訴えて下さい。周囲に助けを求めて下さい。
多くを語らない慎也は、これまでの人生でもきっと損をしている。バンド解散も彼の真意だったのか、今では疑わしく思えてきた。
「こんなことって……」
慎也と警察官が玄関から出ていった後、聖良が頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「私、私がお父さんを放っておいたから。あの日ずっと一緒に居れば良かった!」
「お姉さんのせいじゃないよ!」
そう。慎也が坂上邸に居たことが問題なのだ。
リビングのみんなで聖良を慰めようとしたが、上手くいかなかった。全員の頭に疑問符が浮かんでいたからだ。
刑事から聞かされた、慎也にとっての不利な情報は脳にこびり付いて、私の思考を悪い方向へ導こうとしていた。
どうして慎也はあの日、あの場所に居たのだろう。
坂上健也に会いたかったのなら、私達と一緒に行けば良かったのだ。
腹痛を起こして外出できないはずではなかったのか?
腹痛は動けないことをアピールする為の噓?
本当は私達よりも先に坂上邸に赴き、慎也は健也を殺害していたのだろうか?
自分が訪れた痕跡を消す為に、掃除か何かをして滞在時間が長くなってしまった?
私達が坂上邸に着く前に全てを終わらせて帰宅し、そして何食わぬ顔をして夕方、アパートを訪ねてきた娘を出迎えたのだろうか?
……いいや、仲間想いの慎也がそんな凶行に及ぶ訳が無い。
本当に?
ドラマへの出演経験が有る彼のことだ。全てが演技だったとしたら?
嫌だ、嫌だ、嫌だ。慎也を疑いたくない。頭を振って悪い考えを追い出そうと試みて、ふと隣の才の存在を思い出した。
才は押し黙っていた。推理の場面ならお喋りな彼が。
才、あなたは今何を思っている?
才も慎也が犯人だと考えているのだろうか。状況を照らし合わせて裏を取ろうとしているのだろうか。
もしも違うなら、慎也が犯人ではないと考えているのなら、どうか何か言って。風を通して。
私はリビングに充満している、哀しく重苦しい空気に圧し潰されそうだった。
助けてよ、才。
■■■■■■
(元キリング・ノヴァのメンバー二人、尊いお姿は⇩から見られます。どちらも五十代です)
https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16818023212071128929
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます