連続殺人と死神青年(五)

「才くんは、こういうことに慣れているの?」

「現場検証ですか?」

「ううん、人の死に立ち会うこと」


 ずっと私は才に対して、若くて今まで死が身近に無くて、だから恐怖心や道徳心が育っていないのだろうと思っていた。でも今の落ち着き払った彼を見ていると、まるで……。


「そうですね、慣れていると思います」


 才は携帯電話をしまい、私に向き直った。


「俺、よく死体を見つけるんですよ。初めての時は確か、まだ四歳かそこらだった」


 自分から振った話題なのに、私は才の答えにショックを受けた。


「俺が通う保育園のね、女性園長だったんですよ。あの時は担任に頼まれて、紙芝居を資料室に俺と友達で取りに行ったんです。そしたら、そこで園長先生が首吊ってました。後で聞いた話によると、園児の保護者と不倫してたそうです」


 死んだ魚のような目で才は淡々と語った。


「次が小二の時で、通学路沿いの家に住むおじいさん。雨漏り直そうとして屋根に登ったものの、足を滑らせて転落したっぽいです。第一発見者は上の学年の女子だったんですけどね、下校中だったもんで、たまたま近くを歩いていた俺も見ちゃいました。その次が小五で、側溝にはまってた酔っ払いの水死体だったかな?」


 才は指折り数えた。


「今に至るまで……、坂上さんでたぶん八体目です」

「そんなに……」


 ちょっと野暮ったい風貌の、何処にでも居る普通の青年に見える才。警察官や軍人でもない一般人の彼が、他人の死に遭遇する確率としては異常だろう。


「大変だったね。そんなに何回も見ちゃったら、死に対して鈍感になるのも無理はないよね」

「いえ、俺としては敏感なんだと思いますけどね」


 才は反対語で返した。


「今だって死体は怖いし、できれば避けたいと思ってますよ?」


 それは意外だ。


「そうなの? こんなに積極的に調べているのに?」

「仕方が無いんです。避けたくても俺は死体にっちゃうんです」


 才は自嘲気味に笑った。


「それにね、何も判らないままだとかえって怖いんですよ。初めの園長先生の時、周りの大人達は事実を詳しく話してくれなかった。不倫のドロ沼劇から子供達を遠ざけたかったんでしょうが……」


 そうだろう。私も自分の子供に木嶋友樹の事件のことを話せなかった。


「でもね、俺は園長先生の死に顔を見てるんです。前日まで笑って、一緒にお遊戯していた先生が死んだんです。俺にとって園長先生は、日常に関わる当たり前の存在だったんですよ。それなのに」

「……………………」

「どうして先生は死を選んだのか、何の説明も無く忘れなさいの一言だけだった。カナエさんが俺と同じ立場だったら、それで納得できますか?」


 できないと思う。納得することも忘れることも。


「俺はそれからほとんど毎晩、悪夢にうなされることになりました。暗闇の中で首を吊った園長先生がね、前後に揺れてるんですよ。ブランコみたいに」


 想像してはいけない。私は両手の拳に力を込めて恐怖に耐えた。


「眠れずにやつれた俺を見かねて、父が先生の不倫の話をしてくれました。父としては先生の自業自得なんだから、おまえは気にするなと伝えたかったんでしょうね。そんな父に母は怒ってました。子供に聞かせる話じゃないって」


 私には親御さん、どちらの気持ちも理解できた。


「でもね俺、園長先生が死を選んだ理由を知ってから、悪夢を見なくなったんですよ。きっと、少しだけど、彼女の死に納得ができたんです」


 才は笑った。今度のは自嘲ではなく素直な笑顔だった。


「先生のしたことは悪いことでした。だけどそれで、心底彼女が苦しんだことも解ったから」


 そうか、この子は……。


「納得したいから、調べるのね?」

「はい。どうしてこの人は死ななきゃならなかったのか。それを知ることが、死に立ち会った俺の義務だと思ってます」


 知らないままだと怖いから。それは本心だろう。そしてもう一つ、知らないままだと才は悲しいのだ。亡くなったことで、ただの過去になってしまった人達の人生が。

 私は彼に何と言うべきなのか。


「ごめん……」


 唯一出たのが謝罪の言葉だった。


「どうして謝るんですか?」

「嫌なことを聞いたでしょう?」

「ああ、まぁ、そうなるのかな」


 才は頭を掻いた。


「嫌だったのは俺じゃなく、むしろ周りの人の方かもしれないけど」

「?」

「二人目の死体発見までは同情してもらえましたけど、三人目を見つけてからは避けられるようになったんです。俺が死体を引き寄せているんじゃないかって噂が立って……。陰で死神って呼ばれてましたし」

「才くん、それは……」


 違うよと言い切れなかった。世の中には何故か不幸を呼び寄せてしまう体質の人間が、少なからず存在するのだ。そこには科学的根拠など存在しないが。


「実家は田舎町に在りましたから。醜聞と言うんですか? そういうのが広まり易いんですよ。だから俺、都会に出たくて必死に勉強したんです」

「六大学の内の一つに入ったんだもんね。才くんは凄いよ」

「正直言って、故郷のみんなを見返したいって気持ちが有りました。それで頑張れたんです」


 悔しかっただろう。自分には何も非は無いのに、忌み子として扱われるのは。


「大学に合格して東京での独り暮らしが決まった時、両親も姉もとても喜んでいました。そりゃあそうですよね、死神から離れられるんだから」

「そんなことは……」

「いいんです。俺のことで家族も周りからいろいろ言われてたみたいだから。俺が居なくなれば噂も下火になるだろうし、ホッとしてると思いますよ」

「それは違う!」


 私はついに言い切ってしまった。才が驚いた顔で私を見た。


「それは違うよ。ご家族は純粋に、才くんの大学合格が嬉しかったんだと思うよ?」


 私は才の家族の人となりを知らない。そんな私が意見するのは無責任だと解っている。それでも言わずにはいられなかった。


「ずっと見たくもない遺体を見てきて、陰で悪口言われて、才くんの精神はズタボロだった訳でしょ?」

「まぁ、はい……」

「そんな状態で大学に受かった才くんを見て、ご家族は安心したんだよ。離れられるからじゃない。才くんが少しは吹っ切れたんじゃないか、精神が安定したんじゃないかって。きっとそう思って、だから嬉しかったんだよ!」


 私の願望が多分に含まれた説だ。本当に私は偽善者かもしれない。

 才は目を丸くして私の意見を聞いていたが、不意に表情を和らげた。


「そうか……、そうだったらいいですね」


 それきり才は喋らなかった。私も何となく気まずくなって、通報によって警官隊が到着するまで黙って時を過ごした。

 才に付き纏われて面倒臭い、私はずっとそう思っていた。おまけに殺人事件に巻き込まれて、この疫病神めと、心の中で才をずっと罵っていた。

 気づいた。私も才の故郷の人達と同じだったと。

 才が何をしたというのだろう? 彼の何に対して私は怒っていたのだろう?


 就職活動に失敗してポスティングの仕事を始めて、彼がチラシを投函したアパートでたまたま殺人事件が起きていた。

 殺害現場へ強引に私を誘い、嫌がる私に一切の気遣い無く死体をつついた。

 後日に自分の推理力を認めさせようと、乗り気じゃない私をカラオケ店に誘い延々と仮説を聞かせた。

 勝手にサイカナ探偵団を結成していた。

 今日もやはり死体をつつき、おまけに撫ぜ回した。


 ……あれ私、けっこう彼に迷惑かけられてない?


 いいや、そんなことはない。私はすぐに疑問を打ち消した。社会経験が少ない才は、人との距離の取り方がまだ下手なだけだ。そこは大人である私が譲り、水に流すべきなのだ。

 そう。青年とは文字通りまだ青い世代だ。尻の青い若造なのである。あまり怒らず、少しでも才を理解できるように努めよう。

 とはいえ、私が才を導くなんて大任はとても果たせそうにない。だから今はただ祈ろう。彼の人生が輝くものになりますようにと。

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