新たな出会いとマングローブ(四)
「電気のコードで……おじさんは首を……」
美波は肩をブルブル震わせた。対照的に聖良は冷静だった。
「コードは部屋に元々有った物だったのかしら?」
「そ、そこまでは判りません」
「友樹さん、誰かに恨みでも買っていたの……?」
「あれ、そういえば」
何気に呟いた私に、全員の目が集中した。
「あ、いえ、争った形跡が無かったなぁ~って」
ビール缶が何本か床にも落ちていたが、それだけだ。殺されそうになった人間なら暴れて、そこら中の物を犯人に投げ付けるか、取っ組み合いの大乱闘になりそうなものなのに。
「まるで寝入りばなに首を絞められて、驚いたまま抵抗らしい抵抗もできずに、そのまま絞め落とされた感じだった」
「そうですね」
顎に手を当てて才も同調した。美波が食い付いた。
「じゃあ犯人はもしかして、友樹おじさんと親しい誰かだったの?」
「そ、その可能性は有りますね。友人の来訪なら歓迎するでしょうから。一緒に酒盛りをして、泥酔したところを襲われたのかも」
美波はしばし頭を傾けて地面を見据えた後、
「実は……」
驚きの発言をした。
「私のお父さんも、一ヶ月前に襲われているんです!」
「えっ、海児さんも!?」
一ヶ月前なら、木嶋友樹が殺されるよりも前の話になる。
「はい。都心で飲んだ帰りに駅へ向かう階段で、誰かに後ろからから突き落とされたそうなんです」
先程彼女が口走った、父の事件とはこのことか。
「それで、お怪我の具合は……?」
「幸い五、六段転がり落ちただけだったので、命に係わる怪我はしませんでした。でも腰を強打して、今は短時間しか歩けません。本当はお父さんもここへ来て、友樹おじさんのご冥福を祈りたかったはずなのに」
「お、お父さんは……、美波さんも聖良さんも、こちらのアパートにはよく遊びに来てたんですか?」
「いいえ。会う時はいつもどこかのお店でした。友樹おじさんは筆まめで、お父さんに年賀状が毎年届いていたので、その住所を頼りに私が代理で花を手向けに来たんです……」
ここでまた美波は泣き出した。聖良が美波の背中を擦った。
「私は美波ちゃんに誘われてきました。私の父は今、元メンバーの皆さんとの交流を全て断っているから。ここへ来るまで友樹さんがこんな……」
聖良は言い淀んだ。
「こんな、寂しいアパートで暮らしていたなんて知らなかった。昔はとっても気前の良い人だったんです。私にもいろいろ買ってくれて」
聖良は本当はこう言いたかったんだろう。羽振りの良かったあの人が、まさかこんな低所得者向けアパートで、と。
「お、お父さんは、背中を押した相手を見たのでしょうか?」
美波は目頭を押さえながら答えた。
「……夜で暗かったし、お父さんは階段の下だし、犯人はすぐに立ち去ったみたいで姿を見れなかったって」
「そうでしたか、大変でしたね」
「だから私、友樹おじさんが殺されたと知った時、思ったんです。お父さんの時と同じ犯人の仕業じゃないかって」
「それは……」
「だってこんな短期間のうちに、元キリング・ノヴァのメンバーが二人続けて襲われたんですよ!?」
身内を心配する気持ちは解るが、その結論はいささか短絡的だ。木嶋友樹の件は明らかな殺人だけれど、美波の父に関しては単なる事故かもしれない。千鳥足の酔っ払い同士がぶつかり合うことはまま有ることだ。
「他にも気になることが有ったら教えて下さい! 何でもいいんで!」
美波は私の右手を両手で握り、潤んだ瞳で懇願した。至近距離で見ると尚更可愛い。チッと、誰かの舌打ちが小さく聞こえた。才だ。
「俺も、何かを思い出したような……」
奴は明らかに美波の気を引こうとしていた。面倒臭い男だ。
「何かって、何ですか!?」
「ええと……」
才は左右の手の指を絡めながら考えを巡らせ、そしてピンと左手人差し指を立てた。
「木嶋さんが突っ伏していたテーブルの上に、マ、マングローブは原生林のCDが置いてありました」
「!!」
聖良と美波が息を吞んだ。
「マングローブのCDが……。そうですか……」
「おじさん、やっぱりキリング・ノヴァのこと忘れられなかったんだ……」
「再結成の話は無かったんですか?」
私はただの相槌のつもりで聞いたのだが、場の空気が一瞬凍った。あれ、マズイ発言だったのかな?
「それは……」
美波が遠慮がちに聖良を見やった。聖良は美波の視線を気まずそうに受け取った。
「再結成の話は何度も出ていたんですが、私の父、慎也が首を縦に振らなかったんです。マングローブに手を出したせいで、キリング・ノヴァの音楽性は死んでしまったって……」
確かにアイデンティティが崩壊しそうな楽曲ではある。
「慎也おじさんは芸術家肌なのよね。マングローブの曲を演奏することを凄く嫌がっていたって、お父さんが言っていたよ」
「ええ。美波ちゃんはまだ生まれていなかったから、当時のことはよく知らないよね? 父は硬派で融通が利かないロッカー。だからあのコミカルな歌詞を毛嫌いしたの」
自バンド最大のヒット曲を、渚慎也は嫌っていたのか。彼にとってあれは封印したい黒歴史だったのか。
言われてみれば思い当たった。当時の音楽番組でキリング・ノヴァは引っ張りダコだったけれど、慎也は司会者に話を振られても口が重かった。あれは無口な性格のせいだとばかり思っていたが、実際は不本意でいたたまれない心境だったのかもしれない。
「だけれど、硬派な曲ばかりじゃお客が付かないんです。キリング・ノヴァの従来の曲は娯楽性に欠けていました。それでマングローブの曲で、新しい客層を取り込もうと賭けに出たんです」
「賭け……ですか。マングローブで」
「はい。父は大反対したそうです。キリング・ノヴァの今までの活動と、少ないながらも付いてきてくれたファンのみんなを裏切る行為だって」
あの人を取って喰ったような楽曲の誕生と同時に、メンバー同士には
「結局、多数決でマングローブを演奏することに決まったんですが、当時の父は荒れに荒れていました。私は園児だったけれど、家で母に八つ当たりしていた父の姿をよく覚えています。何で急にマングローブが出てくるんだよ、意味が解らねぇ、って」
それはきっと、CDを買った180万人にも解っていない。
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