社畜をやめた。異世界で。
ぷろっ⑨
第1話 死んでしまった。現代で。
異世界。
獣人やエルフなどといった多くの異種族。冒険、絶景、そして自由。
世界を脅かす魔王たちと勇者の戦いが繰り広げられている。
そんな異世界の青空の下。
「お、焼けたっぽいぞ」
「私ねぎまで。利島は何飲む?」
青く美しく光る海。その浜辺のど真ん中で、七輪で焼き鳥を焼く男女がいた。
二人はシワシワのワイシャツに麦わら帽子を被った完全に
日本人ならではの夏の格好をしている。
「それでは異世界初の焼き鳥に〜?」
『乾杯!』
ビールの注がれたジョッキが海を後ろに交わされた。
この物語は、異世界に転生したある会社の社員たちが
異世界で遊んで暮らす生活を手に入れるまでのお話。
東京、池袋。
夜になっても狂騒の絶えないこの街のあるビル。
「…これで4徹目…生きてる?滝谷さん?」
「…そういう若月さんも目の隈酷いですよ。」
とある広告会社の制作部署に残る二人の社員がいた。
二人は横に並んで座ってひたすらキーボードの上と画面を
目で行き来させている。
彼らの居る部署は東京の会社の中でも労働環境が酷いことで有名であり、
有給が少なかったり、残業代が発生しないこと、更に先輩からのパワハラも
あって、この二人以外の社員は別の働き先を探しているくらいなのだ。
現在時刻は11時58分。あと二分で日付が変わってしまう。
自由な時間はどんどん減っていくのに仕事は次々に増えていく。
「…うまい飯が食べたいな…。」
「…酒も飲みたいよ…。」
二人がマトモな飯を食べたのは約八日前。会社の契約を取りに行った後の
移動時間だ。初めての駅そば。周りの客のすする麺を見ている間も無く、
自分の前に出された湯気と香りのアタック。
移動時間で食べた飯が最後というなんとも悲しい現実だった。
二人の作業していた手が止まる。
やっと3日前から今日までの日の溜まっていた仕事から開放された。
腕を思いっきり伸ばした後、それぞれ自身の腕時計とスマホを見る。
時計の時刻は8時。開始時刻までの時間は、あと1時間半。
二人は充分寝れないという苦しみと、今日もマトモな飯にありつけなかった
という悲しみによって、その場に倒れ込んだ。
「俺の…焼き鳥が…」
「私の…ビール…」
二人はそんな言葉を残して意識を失ってしまった。
ある番組のニュース。
「広告会社、ブラッサムで朝9時、作業用デスクで倒れている
社会人男性1人、社会人女性1人が亡くなっていたとのことです。
警察の調べによりますと、男性と女性、どちらも過度な労働による
過労死では無いか…」
「最近の会社は物騒だな…。」
「んあ…?寝てたのかって!そうだ今日中にあの資料渡しとかないとって…え?」
会社で意識を失っていた男、若月利島が目を覚ましたのは
先程までいた会社とは違う何か異様なモノを感じる空間だった。
何本も並ぶ黄金に輝く太い柱、ステンドグラスを床いっぱいに敷き詰めたかのように
様々な色で輝く美しい地面、宇宙の一部を切り取ったかのような神秘的に光る黒を
写し出した天井。
「…あれ。もしかして俺死んだ感じか何かか?…とまぁ言ってみたけど
いつもの夢だろうな。」
寝転がっていた体を起こし、辺りを歩く。どこまで行ってもただ同じ様な空間が
続いている。進み続けていくと、奥の方に扉が見えた。
扉の隙間から光が漏れ出しており、中から聞き覚えのある声がした。
「…滝谷さんもいるのか?変な夢だな。」
ギギギとドアを開けると、そこには海岸が広がっており太陽の光を反射して
キラキラ光る海が眩しい。
「なんで夢の中で海なんだよ…。どうせなら腹いっぱい食えるファミレスに
してくれ…。」
肩を落としながら歩いていくと、ビーチパラソルが立っており、会社のスーツのまま
体育座りをしてぼーっとしている滝谷の姿があった。
「…何があった?」
「あ。若月さん…いや、なんかね。眼の前に海がバーって広がってるじゃないですか。
夢のはずなのに私もう5時間も動いてないんですよね。」
波がザザァァと砂浜を打ち、近くにいたカニを飲み込む。
口を大きく開けたまま動かない若月と、目が完全に虚ろになっている滝谷達の沈黙が
続く。
「…やってられっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
黒いスーツを脱ぎ、利島が叫びながら海へとダイブした。
海水が跳ね、広い海の一部の水面がゆらゆら揺れる。やがて顔が海面からザパっと
飛び出る。その顔は、少年の頃に戻った気分の大人にはぴったりなモノだった。
「海サイコーに気持ちいい!あんな会社に居るくらいなら夢でもマシだ!」
ずぶ濡れになった服のままクロールで辺りをバシャバシャと泳ぐ。
それを見ていた滝谷も我慢がならなかったのだろう。
首から引っ提げているネームプレートを放り投げ、海へと飛び込んだ。
「ハハ!確かに最高かも!これなら別に今日くらいからサボっていいよね!」
完全に二人の丁寧な口調は砕け、しばらくすると水の掛け合いを始めた。
「えいッ!」
「あーやったな利島!それっ!」
キラキラ光る海の中で楽しのそうに遊ぶ二人は会社に居た頃の何杯も活き活きしていて、
とても楽しそうだった。
何時間がたっただろうか。ひたすら遊んで疲れたのは何年ぶりだろうか。
二人はビーチパラソルの下で休憩していた。
「滝谷って普段そんな口調なんだな。」
「利島だってそうじゃん。固そうなやつだなーとか思ってたのにさ。」
普段とは違う自分のことで喋り尽くした。
自分は何が好きだったり、会社のアイツが嫌いだったり、自分のしたいことだったりを
全部、1つ残らず。
「…ていうかどうやって帰ればいいの?ホントに夢?」
「知らん。まぁいつか夢からお迎えに来る先輩がいるんだよな〜。」
「ガチか〜。」
その時。
海が光り輝き、いきなり海面に神殿のようなモノが現れた。
『エッッ…。』
建物にある真正面の階段から、コツコツと何かが降りてきた。
「よく来てくださいました。私は地球の第98層を担当している神のカラマリウスと
言います。」
二人の前に現れたのは白い衣装に身を包んだ謎の女性だった。
印象的な青い髪、髪や首の周りに付けている金の装飾がよく目立っている。
((て、天国のほうからお迎え来ちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!))
眼の前に居る女は神と名乗り、そして一向に冷めない夢。
二人は顔を見合わせたあと、利島が震える手をあげて質問した。
「ぼ、僕たちは死んだ感じですか…?」
「はい。過度な労働環境での生活のせいで心臓が止まった後に臓器が破裂したそうです。」
恐ろしいことに、死んでしまったらしい。
「ですがお二方にはこれから地球の中心、異世界に飛んでもらいます。」
女神様から溢れた言葉、異世界。それは彼らに希望を与えるモノだった。
「い、異世界。」
「ていうか地球の中心って異世界なの?」
「地球の構造は私達が数々の高度な技術によって開発された生きた惑星なのです。」
女神が言うには
地球という惑星は何個も世界層という層を重ねており、
その中の1層に居るのが滝谷や若月達の第一層人と言われているらしい。
「じゃあ本来の地球にはもっと多くの国が存在しているワケで…」
「その通りです。死後の人間はこの地球とは違う月という惑星に転移して、
自分の魂がまた生まれ変わる日までそこで暮らしています。」
「…では何故我々はここに?」
若月達がいる場所は完全に海であり、空を見ると月も浮かんでいる。
そもそも月に居るならば海は無いはずである。
「それは…あなた達の死んだ後に問題がありまして…。」
『問題?』
「はい。過労死で亡くなられる方は少なからず居たのですが…
あなた達の死後に会社に来た社員達が滝谷さんと若月さんが死んでいることに気づいて
お二人の死体を会社の窓から投げたらしいんですよ。」
「…それと何の関係が…?」
「過労死した人間の魂を月へ送るのは条件がいりまして…その条件が
体が大きく欠損していないこと…なんですよね。」
そう、二人はそもそも過労死した直後、体が悪環境の中での限界を迎えて
臓器が完全に欠損。更にそれだけでは止まらず死体が突き落とされたことによって
完全に人の形を保たない肉塊になってしまったのである。
「そこで貴方達には異世界で真っ当な死を迎えてもらうためにこうして
一旦私達の領域、神世界へと案内させていただいたのです。」
女神が指をぱちんと鳴らし、二人を囲むように9つの扉が現れた。
「そして私の与える任務を完遂させるための駒として動いて頂きます。」
困惑する二人の前に光り輝く球体が女神から渡される。
「これは…」
「この9つの異世界からここ最近貴方達と同じ世界からきた第一層人が
問題を起こしていると聞きます。それを探ってもらいたいと思います。
そのために必要な力を授けましょう。」
二人の周りが光で包み込まれ、神世界から新たな自分たちの生きる世界へと送り込まれた。
そよ風が吹く大草原、太陽があたりをさんさんと照らし、その空の上をどんどん
鳥たちが通り過ぎていく。
「いちち…何だ…って、あ?」
「ハッ…!ビール!」
二人が次に目を開けたときには、そこは日本には無い、空想上と呼ばれる景色。
空には見たことのない大きい鳥が、あたりの草原には歩いている植物が。
「来たんだな…。異世界。」
「来ましたよ…異世界。」
二人の異世界での冒険が、ココに幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます